見たかったなあ

 祖父母の田舎から自分の住む町へ戻ってきた僕は、さして好きでもない部活に残りの休みを割り当て費やした。

 もとよりバスケの才能など無かった人間がいくら頑張ったところで、チームに貢献できるような成果をあげることはなかった。

 ただ、誰よりも練習に打ち込む姿が顧問の目に留まったらしく、お蔭で翌年には非レギュラー選手にして副キャプテンを任されることになってしまった。

 もっとも、これまであまり頑張るということをしてこなかった僕なので、せっかく誰かに認めてもらったこの経験は大切にしたいと思った。


 そして、同じ年の冬。

 長らく闘病生活を送っていた祖父が彼岸へと旅立って行った。

 今にして思えばだが、僕たち家族が最後に会いに行った時、祖父は自分の余命が幾許いくばくもないことに気づいていたのかもしれない。


 伯父の家族と申し合わせて病院を訪れたのは、比較的冬季が温暖なその地域をして、今にも雪が降り出しそうに寒い日の昼下がりだった。

 祖父は泊まりで付き添っていた祖母の反対を押し切り、病院のエントランスで僕たちを出迎えてくれた。

 子や孫たちの姿を認めて力なく振る祖父の手は、まるで骸骨のように痩せさらばえてしまっていた。

 それを目にした従姉に腕を強く引っ張られ、祖父の目が届かないロビーの隅へと連れ込まれると、直後に彼女は僕の胸に顔を埋めると大声で泣き出す。

 そんな彼女の姿を見てしまっては、僕だって平気でいられるわけがない。

「……泣かないって決めてたのに。あっちゃんのせいで……ダメになっちゃったじゃん」

 人目も憚らずに抱き合い泣いていると、いつの間にかやって来た母が僕たちの背中を優しく擦ってくれた。

「おじいちゃん、たぶん、これでもう会えないから。あとで後悔しないようにふたりとも、今までのお礼とか、ちゃんと言いなさいね」

 母はそう言いながら、自らの目元を花柄のハンカチで拭った。


 涙を十分に出し切ってから病室へと向かうと、平静を装いながら祖父のすぐ横に置かれた椅子に腰掛を下ろす。

 それから三十分ほどの間、祖父は色々な思い出話を聞かせてくれた。

 中には耳を塞ぎたくなるような僕の失敗談も多々あったが、そのどれもが悲しいほど懐かしかった。

 祖父は最後に、たったふたりだけの孫の顔を交互に見なると、消え入りそうな声で言った。

「じいちゃんも明日那と夏生の結婚式に、出たかったなぁ……」

 果たしてそれは祖父なりの冗談なのか、それとも本気だったのか。

 それはわからないが、僕の背中で必死に涙を堪えていたあっちゃんはその言葉を聞くと、ふたたび大きな声を上げて泣き出してしまった。


 祖父はその翌週の昼過ぎ、僕たち家族に看取られながら静かに息を引き取った。

 数日前とは打って変わって雲ひとつ無い、見事な冬晴れの日だった。

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