第20話 ロートパゴス(2/4)

「ロートパゴス……?」


クリスは、アーヴィンが食卓に吹き出した紅茶チャイぬぐいながら聞く。


「大昔の神話だよ。ロータスの実を食う種族を『ロータス食いロートパゴス』と呼んでいたんだ」


 アーヴィンは棚から白い陶器の器を取り、席に戻る。

陶器に指を入れ砂糖の塊を二つグラスに落とすと、ポットに残った紅茶チャイを追加した。

今度はこぼさなかったので、隣で見ていたクリスは胸を撫で下ろす。


 クリスは申し訳ない気持ちで、正面に座るファティマを盗み見ると、彼女の顔は困惑の色を浮かべていた。

落ち着かないアーヴィンの言動に気を張りつめ、可哀想なほど身を強張らせている。


 クリスとファティマの心情など、アーヴィンにはどこ吹く風だ。

彼は二人の様子をおもんぱかることなく、砂糖を入れた紅茶チャイを口にすると、舌が回り始めたように『ロータス食いロートパゴス』について語り出した。


*


 古代、ある英雄が戦地から帰国する途中、船が航路を外れ、未開の土地に漂着した。

英雄は仲間の二人を船から降ろし、現地の探索をさせる。


二人の仲間はロートパゴス族と遭遇し、友好的な彼らは自分たちの食糧である『ロータスの実』を勧めた。


 英雄は、いつまで経っても帰ってこない仲間を探すため、下船する。

探しに行った先で彼が目にしたのは、恍惚こうこつとした顔でロータスの実をむさぼるように食べる仲間の姿だった。

彼らはあまりのおいしさに乗船を拒否し、この土地に永住したいと言い出す。


 英雄は仲間を無理矢理船に戻し、泣き叫ぶ彼らを甲板に縛りつけると、他の船員がその実を食べないうちに、慌てて出航したという。


 伝承では、ロータスの実はナツメヤシに似た甘い果実と述べられている。


 後世ではクロウメモドキ科のデーツプラムジジフスロータス(マメガキ)、またはその効能から、イージェプタのナイル河沿いで見かける「青い蓮」から採れるロータスの実(阿片アヘンの原料)がモデルだったのではないかと言われている。


デーツプラムジジフスロータスは、日の沈む大地マグリブのバルバリア海岸を中心に植生する小さな落葉樹だが、採れる果実を食べたところでそんな効能は、ない。


*


「……ある」


アーヴィンの説明に、ファティマは言い切る。


「タシトゥール王家、……トゥアレグ族は王家になるずっと前から、ロータスの樹を守ってきた」


口を開いた彼女は、先ほどまでの気弱で顔を伏せがちだった様子とはうって変わって、アーヴィンを見据える瞳の中に強い光を宿していた。


「王家の女は、床入りの前にそれを食べるように持たされる。アイシャの時は持たされてた。……でも、私の時は無いと言われた」


「アイシャ?」


紅茶チャイにばかり気を取られ、肉詰めドルマが冷め始めている。

クリスはそれを、小皿に取り分けながら聞いた。


「私の姉。リクラフルスに嫁いだ。……亡くなってしまったけど」


「何年前の話だ」


アーヴィンは、クリスがよそった肉詰めの皿を手を取ると、面倒臭そうに聞いた。

そのぞんざいな様子に少年は鼻白み、彼の手を軽く叩くと、話しているファティマの前に皿を置いた。


「アイシャが嫁いだのは九年前。去年亡くなった。病気だと聞いた」


「びょうき……」とクリスが神妙に呟くと、ファティマは少年に目を合わせ、小さく頷く。


「私は、セルダニアのバルトロメウスに嫁ぐことが、以前から決まっていた。でも、アイシャが亡くなったことで、新たな王妃を寄こせと、リクラフルスから横槍が入った」


アーヴィンは眉根を寄せてクリスをねめつけていたが、叩かれてやり場に困った手を食卓の中央、パンエキメッキの盛り合わせに伸ばす。


「リクラフルスの王がタシトゥール王家の女を再び求めた。セルダニアは先約を主張した。……リクラフルスとセルダニアは今、水面下では緊張状態」


「三国同盟の維持に、タシトゥールの王族は必須なのか?」


ファティマの話に関心を示したアーヴィンが、パンエキメッキを右手に掴んだまま、食卓に身を乗り出す。

聞かれた彼女は一瞬目を泳がせ、何かを考える表情を見せると、首を横に振った。


「王家の女を要求してきたのは、建前だと思う。リクラフルスは、導火線に火を点けるきっかけを、求めている」


「……なんの導火線ですか?」


クリスが不安げな顔を見せる。

ファティマは一瞬だけ少年の顔を見ると、手元に置かれた皿に視線を落とす。

誰も手を付けずに置かれた肉詰めドルマは、とっくに冷めてしまった。

意を決したように彼女は顔を上げると、慎重に言葉を選ぶように、とつとつと語り出した。


「リクラフルスの王朝が変わったのは、五十二年前。現在でも安定しない財政を補うため、年々増加する徴税に国民の不満は膨れ上がっている」


 リクラフルスは多民族の寄せ集まった国家だ。

様々な民族が集まっている国は珍しくないが、紛争の治まらないカルティールと接する南の国境線には、常に難民が押し寄せ問題になっている。

 国内に古くからある宗派でも、立教当初の戒律を厳しく守る原理主義と、教義の解釈を時代に合わせて変化する主義、まったく異なる新興宗教などが乱立している。

『自由を重んじる風潮』と言えば聞こえはいいが、貧富の差も激しく、国民の意識がまとまりにくい。


「旧王朝の時代を引き合いに出す国民も多い。リクラフルスの現在の王――エルトゥール二世は、国の外に敵を作ることで国民の不満の矛先をそちらに向け、現王家の支持を高めたいのだと思う」


 今の新王朝を築いた初代エルトゥール王は、元は東方から移動してきた騎馬遊牧民の末裔だ。

 ユーラシア大陸西端にある皇国ボルニアや、山と海に囲まれて守りの堅い帝国セルダニアと比べ、国土が広く隣接する国も多いリクラフルスは、東西の異民族の交易の場として豊かな文化を育み発展してきた半面、侵略される機会も多く、息の長い王朝は少ない。

 どの王朝に変わっても、堅固な国防と国民の政治宣伝プロパガンダに力を入れざるを得ない。


「領土を拡大して国の収益を増やすため、隣国セルダニアを攻める口実を求めている」

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