ヒスてりしす


「うわあん! どうしよ? どうしよ、ひりゃのくんっ!?」

「おおお落ち着いてくださいクロくんっ!」

「これが落ち着いてられっかよ! 姉ちゃんは……姉ちゃんは、どうなっちまったんだ!?」

「だっ、大丈夫。大丈夫です。ヒッ、ヒッ、フゥウ~。落ち着いて、ヒヒッ、もう一度、フゥ~、確認してみましょう!」


 平野くんは一人で大きくうなずくと、ヒッヒッ言いながら小さなメモ紙を取り出した。現代日本のオレたちの部屋の、冷蔵庫に貼ってあったやつだ。それをキングベッドの上に置く。


「ええと。ロンドン・ヒースロー空港、十時二十分発……」


 オレも一緒にのぞき込む。平野くんの指先は「LHR」って文字に乗っていた。


 そうだよ。ヒースロー。そんで、右側の「HND」ってのが、羽田なんだ。昨日ニュースで言ってたやつ、ピッタリ一致してんじゃねえか。なんで気づかなかったんだ。


 姉ちゃんは、このメモの飛行機に乗るって言っていた。そんで、ニュースによるとこの飛行機に何かあったらしい。

 周りにコマゴマと書いてある数字とかは、よくわかんねえけど……まるで姉ちゃんの預言書だ。


 平野くんの指はメモを離れて、スマホ画面に移動した。


「緊急着陸したのは、ヒースロー発、羽田行きの……ああ、やっぱり! 間違いないですよ、便名も一緒だし。先輩が乗っているやつです。あわわわわ。どうしましょう!? どっどど、どどどど……」

「くっそう、ラクダが何かやりやがったんだ。絶対そうだ! あいつら、ぶっ倒す!」

「メッセージも既読つかないし。はわわ、しぇえんぱぁ~いっ!」


 平野くんが泣き出しそうになった、その時だった。


「ただいま~」

「「ひょえええっ!?」」


 ウワサをすれば何とやら。声に振り返ると、そこに姉ちゃんが立っていた。


「姉ちゃん……なのか? ホンモノ?」


 足は……ちゃんと生えてる。地面から浮いてるってこともねえな。

 なんだよ、ビックリさせんなよ。思わず平野くんとベッドの上で抱き合っちまったじゃねえか。


「しぇ、しぇんぱい? なんで、ここに」


 平野くんも若干涙声だ。はっはーん、さてはビビったな。オレはべつに、ヨユーだけどな!


「あたしがいて、何か問題でも? 平野くんこそ、どうしたの。今日は休みじゃないでしょ」

「え? あ、それは……。いやっ、でも……」


 平野くんは口をパクパクさせて、姉ちゃんの顔面とスマホ画面を見比べる。姉ちゃんが近づいてきて、手元をグイッとのぞき込んだ。


「ああ、それ。なんかニュースなってたみたいね。だけど、あたしはその便には乗っていないよ」

「えっ?」


 じゃあ、どうやって帰ってきたんだ? まさか、ほうきに乗って……


「オーバーブッキングがあったみたいでね。あたしは事前にチェックインしてたから大丈夫だったんだけど、日本人カップルがトラブってて。英語もあんまりできないみたいで困ってたし、代わりにあたしが便を変更してきたの」

「なんだ、そうだったんですか。よかったぁ~」

「どゆこと? 姉ちゃん、ビンで海渡ったの?」


 オレ知ってるぞ。手紙詰めて、海に流すやつだろ。飛行機って、アレの空飛ぶバージョンだったのか。

 そうだよなあ。オレも前から思ってたんだよ、海に流してドンブラコするより、ブン投げたほうが早くない? って。


「だいたい、それに乗っていたとしたって『乗客乗員に怪我はなし』って書いてあるでしょうが」

「あ、確かに……。だけど、先輩、昨日から全然既読にならないし。てっきりメッセージの確認もできないような状況なのかって、心配しましたよぉ」

「わかったぞ! ビンの蓋が開かなくて、メッセージ見られなかったんだろ。オレに任せろ、エクスプロージョンで一発だぜ!」

「ああ、まだフライトモードのままかも」


 ねえオレのハナシ、聞いてる?


「そんなことより平野くん、あたしがその便って、よく知ってたね。言ったっけ?」

「えっ! それは……ええと。先日、こちらにお邪魔しまして……」


 平野くんはチラッとオレのほうを向いてから、さっきのメモを姉ちゃんに見せた。そう、姉ちゃんの留守中に、平野くんウチに遊びに来てたもんな。


「……それでその時に、これを見つけちゃいまして」

「ああ、それで。よくそんなの気付いたね」


 うん、さすが姉ちゃんの弟子だぜ。いちいち細かいとこ見てんのな。


 あの時、向こうのキッチンでメモ見つけて、暗号解読して姉ちゃんの飛行機知ったらしい。それで今日、慌てて駆けこんできたってワケだ。


 ん? だけど、姉ちゃんの部屋じっくり観察して秘密の暗号文見つけて……って、なんかそれ、ちょっぴり犯罪のニオイしない? 平野くん、ワルイことしてねえだろな。


 ハッ! そういや、いつもは寝室のドア開けっぱなしだったはずが、あの日に限って閉まってたぞ? さては平野くんが侵入して、何かの証拠隠滅をはかったとかなんとか、そんなやつだろ!?


「ア、アハハ~……。たまたま目に入ったと言いますか」

「それで、わざわざ来てくれたの? 心配性だねえ」


 いやいや、姉ちゃんはもうちょっと心配しろよな! だからオレは、合鍵渡すの反対したんだぞ。

 こりゃやっぱ、番猫がついててやんないとダメだぜ。



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