第43話 その後の晴彦と穂乃果  

 時はさかのぼり、晴彦はるひこが九州へ帰ったあと、福岡にある大学に合格した穂乃果ほのかは、母の援護を受け、渋る父を説き伏せて家を出た。


 大学の寮とはいえ、初めての一人暮らしに心が躍る。

 鉄筋コンクリート造りの新しい寮もあるが、穂乃果が入居するのは古い木造の寮だ。家賃が安く、寮母さんが常駐していて食事付きということで、ここに決めた。


(わがまま言ってここまで来たんだから、なるべくお金の負担をかけないようにしなきゃ。勉強もバイトも頑張ろう)


 全室個室だが、食事は一階の食堂でとるので、ここで初めて入居している女性たちと顔を合わせた。慣れた様子で寮母さんと話しているのは上級生だろう。

 隣に座った女の子をちらりと見ると、どことなく落ち着かない様子できょろきょろしている。

 穂乃果は勇気を出して話しかけた。


「もしかして、新入生ですか?」

「はい。あ、もしかしてあなたも?」

 彼女もほっとした様子で応えてくれた。


 ふたりで話をしていると、「実はわたしも」と会話の輪に入ってくる子もいる。そんな風にして寮での友人が増えていった。


 穂乃果の家が神社だというと、皆が面白がって色々と質問してくる。


「どうしてこの大学に来たの? うちって神道学科とかないよね?」

「まだ神社を継ぐかどうか決めてないの。今は興味のあることを勉強してみたくて。両親もそれでいいって言うし」

「そっか。良かったねぇ、話のわかる親で」

「ほんと。うちなんてさあ――」

  

 話がれてほっとする。今言ったことも嘘ではないが、晴彦のことを話すのは躊躇ためらわれた。


 * * *


 晴彦が住んでいる比古山ひこさんは、福岡県と大分県の境目にある標高およそ千二百メートルの高い山で、この山の大天狗豊前坊ぶぜんぼうは、九州の天狗の棟梁格とうりょうかく。霊力がとても強く、天狗のしわざとされる怪異現象、天狗倒てんぐだおしで有名だ。


「鷹尾の大天狗さまも強そうだけど、豊前坊さまとどっちが強いのかな」

「穂乃果ちゃん、可愛い顔して恐ろしいこと考えるね」


 晴彦がぶるっと身体を震わせるが、初夏のこの時期、肌はうっすらと汗をかいている。

 穂乃果が福岡に来てから、ふたりは月に二、三度会っている。といっても、町をぶらぶら歩いたり、神社巡りをしたりするだけだ。

 今日は脇田わいたという若松の海辺を散歩している。


 しばらく歩いてから、海を見渡せる石段に並んで座った。海水浴にはまだ早いが、波打ち際では親子連れが遊び、女子高生たちが制服のままはしゃいでいる。

 のどかな休日。堤防の上にいる釣り人たちを見て、「なにが釣れるのかなあ」と晴彦は興味津々だ。

 

 穂乃果は、ぼんやりと海を見ながら考えていた。

 出がけに、寮に住む友人に「デート?」と訊かれて返事に困った。


「好き」とは言われたものの、「付き合おう」とは言われていない。

 だったらこれは「デート」ではないのか? 

 でも、男女ふたりきりで海を見ることを普通はデートと呼ぶのではないだろうか?

 考えてもよくわからないので、直接聞いてみることにした。


「わたしたちって付き合ってるんですかね?」

「へ?」

 唐突な質問に晴彦は戸惑いを隠せない。

「ぼくは以前きみに告白してるんだけど……覚えてる?」

「忘れるわけないじゃないですか」

「ああ、そう。良かった……だからね、穂乃果ちゃんさえよければ、ぼくたちはもう『付き合ってる』と言っていいと思うよ」


 穂乃果は目を見張った。


「そっか。わたしの返事待ちだったんですね」

「うはは。そうだねぇ」

 晴彦が苦笑し、少し寂しそうに微笑む。

「返事は焦ってないから。大学生活もまだまだ長いしね」


 優しいひとだなと穂乃果は思う。

 だけど、誰に強制されたわけでもなく、自分で決めてここまで来たんだ。

 こんな顔をさせたまま、待たせっぱなしというのも女がすたる。


「いえ、大丈夫です。今、お返事します」

「え!? いや、ちょっと待って。心の準備が――」

「お付き合いしましょう。よろしくお願いします」


 穂乃果がペコリと頭を下げる。


「え、ほんとに? それはつまり、ぼくのこと……」

「好きですよ。でなければこんなところまで来ません」

 

 生真面目な口調で言われて、おかしいやら可愛いやら。


「きみってほんと……ちょっとハグしてもいい?」

「駄目に決まってるでしょ、大勢ひとがいるのに」

「だよねえ。ん? 人がいないとこならいいの!?」

「まあ、そうですね」

「じゃ、じゃあ、今日はこのままふたりきりになれるとこに――」

「なに言ってるんですか。これからグリーンパークに行ってコツメカワウソのえさやり体験するんですよ? 熱帯生態園も見なきゃいけないし。そろそろ行きましょう」

「……はい」


 どこまでもマイペースな穂乃果。

 

「ほら、行きますよ」

「待ってよ、穂乃果ちゃん」


 太陽を浴びてきらめく海を背に、ふたりは初めて手を繋いで歩いた。


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る