第4話 花火大会

 いよいよ「天狗祭り」の季節がやってきた。三月みづきは剣道部のかたわら、祭りの準備で忙しそうだ。


「夏休みがつぶれちゃうよ」


 机にしている三月の頭を莉子りこがよしよしと撫でると、「えへへ」と嬉しそうに笑う。

 そんなふたりを暖かい目で見守るクラスメイトたち。斉藤真理子もあれ以来おとなしくしている。睦美むつみ情報によれば、こっそりとバスケ部の練習を見に行っているらしい。


「今年は花火大会、行けそうにないね」

 莉子が残念そうにつぶやくと、三月が顔を上げた。

「なんで?」

「だって、三月は祭りの準備で忙しいでしょ?」

「大丈夫だよ。一路いちろ兄ちゃんはともかく、瑛二えいじ兄ちゃんが花火大会に行かないわけないから、どんな手を使ってでも休みにしてくれるはず!」

 

 確かに、毎年違う美女をはべらしているのを花火大会で目撃する。


「じゃあ、新しい浴衣ゆかた買ってもらおうかな。何色がいいと思う?」

「確か、去年紺だったよな。じゃあ、白とか?」

「白ね。わかった」


 まわりで聞いている連中が、「口の中がじゃりじゃりするぜ」「あまーい!」などと騒いでいるが、本人たちには聞こえていない。


 ◇


 花火大会、当日。

 莉子は、白地に青い椿の柄の浴衣を着て、三月を出迎えた。


「似合うな。その浴衣」

 三月が照れ臭そうに言う。

「そう? ありがとう。三月も似合ってる」

 三月は紺色の浴衣を着ていた。

「おお……じゃあ、行くか」

「うん」


 ふたりで駅までゆっくり歩いて行く。

 蒸し暑い夜なのに、電車の中は花火を見にいく人たちでいっぱいだ。


「帰りは乗れないだろうから、今年も歩いて帰るか?」


「うん。歩くのも楽しいからいいよ」


「鼻緒擦れは大丈夫かな」


「色々と対策してきたから平気! 花火大会、何度目だと思ってるの?」


「去年は痛くて泣きべそかいてたくせに」


「もうっ、そういうこと言わないでよね――うっ」


 後ろから押されて、莉子が苦しそうな声を出す。


「大丈夫か?」


「こういうとき小さいと損だよね。押しつぶされそう」


 莉子の身体が、三月にさらに密着する。

(なんか、いい匂いがする)

 莉子の匂いを嗅ぎ、思わずうろたえる三月。

 見下ろすと、髪を上げているせいであらわになった白い首筋が見える。


(やば……ちょっと、体勢を変えないと)


 三月は莉子が壁側に来るよう、身体を半回転させ、無理やり隙間を作った。いわゆる壁どん状態だ。


(うひゃあ、目の前に三月の大胸筋が! しかも、なんかちょっとはだけてるし)

 莉子は動揺を見透かされないよう、平静を装った。


「ありがとう。ちょっと楽になった」

「もうすぐ着くからな」

「うん」


 お互い、悶々としたまま電車に揺られ、次の駅で降りた。

 改札口から吐き出される人々と共に、花火の上がる公園まで歩いていく。道端には出店でみせが並び、たこ焼きやフランクフルトなどが売られていた。


 広々とした公園にはすでに大勢の人がいたが、まだまだ余裕がある。三月と莉子は、適当なところに持ってきたシートを敷き、花火が上がるのを待った。

 この時期、ヒマワリやラベンダーが咲いているはずだが、これだけ暗いとよくわからない。時折、風にまぎれて甘い香りがする。


 ふたりでここに来るのも、もう何度目だろうと莉子は思う。


 子どもの頃は、両親と姉の朱里あかりと一緒に来ていたが、いつのまにかそこへ鏡夜きょうや飯縄いづな三兄弟が加わった。

 保護者がいらない歳になると、子どもたちは友だちや恋人と行くようになり、今ではふたりきり――つまり、非常に残念なことにこれはデートではないのだ。


「ん? どうした?」

 静かになった莉子の顔を、隣に座っていた三月が覗き込む。


「思い出してたの。三月が初めて花火大会を見にきたとき、出店に興奮してあっちこっち行くから、鏡夜さんが追っかけまわしてたなあって」


「しょうがないだろ。山にこもりっきりであんなの見たこともなかったから、タガがはずれたんだよ」


「ふふ。でも、楽しそうな三月を見て、わたしもすごく嬉しくなったのを覚えてる」


「そっか。まあ、俺は莉子がいれば――」


 ヒュルルルル、ドーン!

 

 三月の言葉は、打ち上がった花火の音にかき消された。

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