第4章 近衛メイド隊「ホワイトベアーズ」SOS!
第70話 憤る大公と、呼び出された一匹狼◆
「なにっ! リドエステの要塞が破壊されただと⁉」
ロシュール王国、トカダン中大陸ライデルン郊外にあるレウィナス公爵領領主邸に、ライルランド大公の怒声が響き渡った。
「はっ、夜中に一匹の黒炎竜が要塞に奇襲を仕掛けたようで、全兵力をもって応戦しましたが、奮闘虚しく……」
ライルランド大公の執事であるラダンが、平身低頭のままそう説明する。
「たかが黒炎竜一匹ごときに、なぜ壊滅させられたのだ⁉ タイレル商会の開発した新兵器の毒ガス弾なら、最強クラスの黒炎竜でも一網打尽にできるのではなかったのか⁉」
「それが、生存した兵たちの証言によると、黒炎竜を毒ガス弾で一時的に仕留めたものの、そこへ突然、
「ええい、今度はニーナか! あのいまいましい海賊共め。『
思わぬ横槍が入ってしまったことに苛立ちを隠せず、ライルランドは部屋の中を忙しなく歩き回る。
「確かリドエステの要塞では、タイレル商会の指導の下、飛空軍による『デスライクード』計画が進行されていたはずだ。計画の進捗に支障は無いのか?」
「計画に必要となる黒炎竜の鱗は、ほぼ九割分を回収して、既にタイレル侯爵の本拠地であるサザナミ大大陸ウルツィアの港町に輸送を完了しております。多少の遅れは見込まれますが、計画の遂行に大きな支障は無いかと」
「それは良かった……タイレル侯爵にも要塞が襲撃されたことを報告しろ。そして、両計画が共に
「はっ」とラダンは頭を下げるが、それから慌てて「あともう一つ、報告がありまして――」と言葉を続けた。
「何だ?」
「それが、これも要塞から生還した兵士たちが証言していたのですが、要塞を襲った黒炎竜には、人間が――しかもまだ幼い少女が一人乗っていたそうなのです」
「人間が? ……まさか、黒炎竜を操る
そう決め付けるライルランドに、「驚くのはまだ早いです。情報には続きがありまして――」と、ラダンはさらに報告を続ける。
「どうやら、その黒炎竜に乗っていたのは、かのレウィナス公爵家の令嬢、ラビリスタ・
「何だと?」
それまで忙しなく歩き回っていたライルランドが、その足をぴたりと止めてラダンの方を見やった。
「ふん、馬鹿な。あの小娘はタイレル商会に奴隷として売り渡したはずだ。
「しかし、要塞から生還した兵士たちは皆、口を
ライルランドはチッと舌打ちし、「もういい! 下がれっ!」と声を上げ、執事を部屋から追い出してしまった。一人になった部屋の中で、ライルランドは険しい表情のまま、もどかしげに親指の爪を噛む。
「……クソっ、レウィナスの小娘が、世界最強のドラゴンを率いて、あの要塞を破壊したというのか……一体何のつもりなんだ……私に両親を殺されたことへの復讐でも企んでいるというのか? ガキのくせに、調子に乗りやがって……」
ブツブツと独り言を漏らすライルランドの額から、一筋の汗が流れてゆく。その表情には怒りと焦燥が
と、そのとき――
「――おやおや、王国内で一番広い領土を獲得した大公閣下が、どうやらまた何か新しい悩み事をお抱えのようだ。よろしければ、私が相談相手になってあげましょうか? 閣下殿」
唐突に部屋の入口から聞こえてきた声に、ライルランドはビクッと肩を震わせて振り返る。
先ほどまで執事ラダンの居た部屋の扉前に、いつの間にか違う男が一人、扉を背にして立っていた。
その男は金髪の
「……ようやく出頭したか、『
「くっくっくっ……その呼び方はよしてください、
その男は、まるで洗った皿を指で擦るような甲高い声を上げて笑い、コートの裏から何かの詰められた小さな瓶と、四方形の小さな紙を取り出した。
「私にはきちんとした名前がある。ヴィクター・トレボックという、誰もが親しみやすく覚えやすい名前がね」
その男――ヴィクター・トレボックと名乗る彼は、両手の細い指を器用に使って小さな瓶のふたを開けると、広げた紙の上にその中身を載せた。それは乾燥した植物の葉をすり潰して粉状にしたもので、青黒い色をしたその粉末は「ニケシア」と呼ばれる依存性の強い木の葉を使用していた。
「ふん、たとえお前が王国
ライルランドがそう言い返すと、ヴィクターは再び甲高い笑い声を上げ、乾燥したニケシアの葉の粉末を丁寧に紙で包んで丸めてゆく。
「くっくっ……御冗談を。今となっては、私は国王様に誠心誠意尽くす身。かつて仲間だった海賊共も、この手で何人殺してきたか分かりませんよ。……それで、私がお呼ばれした訳を、聞かせてもらいましょうか? 閣下殿」
そう言って、彼は丸めた紙の端を黒ずんだ舌で舐めて
「宮廷内は禁煙だといつも言ってるだろう。それに、私掠船船長であるとはいえ、お前もわが王立飛空軍の一員なのだ。身なりも整えてもらわなければ困る。お前が羽織っているその上着は、飛空軍内でも二十着あるか分からない最高指揮官のものなのだぞ」
「最高指揮官の制服? これが? 袖にある階級ラインはまるで
「口を
ライルランドが厳しく吠えるも、ヴィクターはどこ吹く風でマッチを擦り、お手製の巻き煙草に火を付けた。
「ふぅ……つい数時間前まで空に出ていて、海賊船四隻を沈めましてね。やはり仕事終わりの一服は最高だ」
ヴィクターはそう言って、白い煙を吐き出す。ヤニの嫌な臭いが、執務室内に充満した。ライルランドはそのツンと鼻を刺す臭いに顔をしかめながらも、やむなく本題に移る。
「リドエステにある飛空軍の要塞が襲撃された。最初は黒炎竜がたった一匹で特攻し、鎮圧したかと思えば、次はニーナ海賊団による立て続けの襲撃ときた」
「―――そして、その黒炎竜には人間が一人……」
ヴィクターがぽつりとそうつぶやく。
「……聞いていたのか?」
「ええ、扉の向こうであなた方の会話は全て聞かせてもらいましたよ。……ラビリスタ・
そう独り言のように話すヴィクターの声は静かだったが、彼の左目には、殺気にも似た強烈な光が宿っていた。
「ふん、お前もそんなことを他人に言える身なのか? あの侵攻作戦があったとき、お前も斬り込み隊長として参加していたはずだろう?」
「ええそうです。ですからこれは、あなたのミスであり、私のミスでもある。お互いに消し去りたかった過去の遺物を、一つ
ヴィクターは突然ケラケラと笑い始める。「何が可笑しい?」とライルランドが問いかけると、彼はこう答えた。
「あぁ、確かあなたはさっきこう言いましたよね? 『過去は塗り替えられない』と。果たしてあなたも同じことが他人に言える身なのでしょうか? 消し去りたい過去を抱えているのは、他でもない大公閣下殿であるというのに」
「……何だと?」
ヴィクターは再び煙草を口にくわえ、白い息を鼻から吐き出す。ニケシアの葉が効いているのか、彼の左目の瞳孔はすっかり開いてしまい、夢見心地で視線をゆらゆらと宙に投げていた。
「あなたが実施した例の侵攻作戦は、あなたにとって忌まわしい過去だ。地位争いで邪魔者だったレウィナス公爵家を断絶させ、その領土を自分のものにしたい
自分と同じ言葉で言い返され、詰め寄って来るヴィクターに、ライルランドは「ぐぬぬ……」と言葉を詰まらせてしまう。
「………ですが、ご安心ください大公閣下殿。
「因縁だと? 貴様とレウィナスとの間に、一体どんな因縁を持ったというのだ?」
ライルランドがそう尋ねると、ヴィクターは無言のまま左目の目元をピクリと引きつらせたが、やがて感情を殺したような冷たい声でこう答えた。
「……あなたには関係のない話ですよ、大公閣下殿」
そんなヴィクターの態度に不満を抱きつつも、ライルランドは話を続けた。
「ふん、まぁいい。……もう間もなく『
ライルランドの言葉に、ヴィクターはニッと口角を上げて不気味な笑みを作り、大公の前で両腕を広げ、仰々しくお辞儀をして見せる。
「……それはもちろん、私とて
そう言って、彼は手の指に挟んでいた煙草をポイと投げ捨て、部屋を後にした。
「………ちっ……全く、礼儀を知らん忌まわしいヤク中めが……」
ライルランドは、部屋に敷かれている高級な絨毯の上に投げ捨てられた、まだ火の残る煙草の吸殻を見て、不快そうに眉をゆがめていた。
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