エピローグ

「これが『魔獣絵画集』の19巻と20巻だ」

「ありがとうございます。それにしても、こんなにあっさりとジョンさんから渡してもらえるとは思っていませんでした」


「何を言っている白々しい。俺は師匠の秘密なんてこれっぽっちも知りたくないんだね」


 とんでもない秘密でも書かれていたらたまったもんじゃない。

 いまでも仕方なく、ほんと仕方なく、師匠があちこちの貴婦人やご令嬢たちに手を出して、貢がせてきた金銭を裏ルートで返すのに手一杯なんだからなっ!


「ふふ、そうでしたね」

 

 そう言って、ドーレは綺麗に微笑んだ。


 現在俺と腹黒聖女ドーレは、閉店した画廊商にいた。

 ソファに腰をかけて、俺はドーレに事の顛末を伝えた。


「まさか本当にロロアさんが犯人だったなんて思いませんでした」

「さっきから白々しいな。心眼でわかっていただろ」

「ふふ」と腹黒聖女様は意味深に笑った。


 誤魔化すようにドーレは手元に視線を落とした。

 一度、表紙を綺麗な指でなぞった後で、パラパラと魔導書をめくり始めた。

 しばらくして、1冊目を閉じた。

 そして2冊目も同じようにぱらぱらとめくりはじめた。

 1冊目よりもはやいスピードでめくっていき——閉じた。


「ふう」と静かに息を吐き出した後で、黄金色の瞳が俺をじっと見た。


「なんだよ?歴代の教皇さまの秘密でも解読できたのか?」


「いえいえ、残念ながら心眼で探っても何も書かれていませんでした」


「へーそうか。じゃあ、何だよ?」


「お師匠さんの秘密、知りたいですか?」


「いや、知りたく———」


「グリーズ王国王妃——メロ・グリーズ様と逢瀬していたみたいです」


「へー」


 ……ん、今なんて言った。

 グリーズ王国の王妃と逢瀬していた……?

 あの国民的に愛されている王妃様にまで手を出していたのか!?


「おいおい、それはまずいだろ!?え、てか、それがバレたから王宮から追い出されたんじゃないのか……!?」


「ふふ、おそらくそれはないかと」

「どうしてそう言える?」

「グリーズ王が、闇ギルドを使うとは思えませんからね」


「まあ、それもそうなのか……?」


 いや、でも王国お抱えの暗部を使って探っているみたいだから、バレている説もありえる。

 ……そこらへんはあいつ——フランに聞いた方がよいかもしれない。


 そんな俺の内心など気にもしないで、ドーレはもう一度パラパラと魔導書をめくっていた。


「きっと、お二人だけの秘密だったんでしょう」


 面白そうなスキャンダルを掴んで、ドーレは楽しそうな声で言った。


 いや、こっちは全然面白くないんだが!?

 ……王妃とのスキャンダルなんて極刑ものだ。

 だから、やたらとこの件に首を突っ込んできたのか。


「くっそ、このことは俺とお前だけの秘密だ。いいな?」

「ふふ、安心してください。私もこの事実を流布して、暗部から狙われたくはありません」


「わかった。師匠の話はこれで終わりだ」

「ふふふ、わかりました」


「そういえば、イロンのことはどうするんだ?」

「その事でしたら問題ありません。教会で保護することが正式に決まりました。しかし……残念ながら当分の間は外出できないでしょうけど」

「そうか」


 まあ、どこぞやの研究機関にとらわれて実験体として扱われるよりはましだろう。

 きっと聖女ドーレの庇護下に入るため、文句を言うやつはいても真っ向から襲ってくるバカもいないだろうからな。


 いつの間にかドーレが真剣な表情になっていた。


「最後にひとついいですか」

「改まって何だよ?」

「ロロアさんの今後はどうなるのでしょうか」

「……さあな。セルローナは暗部に引き渡すって言っていた。そういえば、禁書を闇市場で売り捌いていた理由も聞かなかったから、そこら辺についてもセルローナとしては知りたいんじゃないか」

「そうですか……わかりました」


 ドーレは静かに頷いた。

 

 そのとき、2階からガッシャーンという音が聞こえてきた。


「——っち、おい、お転婆歌姫!!」

「ごめーん、手が滑って壺割っちゃったー」


 防音の結界を張っているからと言って油断しすぎだろ。


「勝手に部屋に入るなって言ったのに」

「ふふ、はやく行ってあげてください。今日のところは私も帰りますので……」


 そう言って、ドーレは早々にソファーから腰を上げた。

 目ぶかにローブをかぶって、2冊の魔導書を脇に抱えて出ていく。

 

「では、ごきげんよう」

「ああ、また——いや、もう来なくていいからな!」


 危ないところだった。

 いや、そもそも俺は何を言おうとしたのか。

 

 くっそ、こんな事考えている場合ではない。


 2階ではお転婆な歌姫がいるのだから。


 無駄な思考をやめて、俺は足早に2階へと続く階段へと急いだ。

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元エリート魔術師の詐欺史〜借金返済のために渋々詐欺師となったが、腹黒聖女様に目をつけられて悪党を騙すことになった〜 渡月鏡花 @togetsu_kyouka

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