第4話 詐欺師、真面目に働く
それから変わり映えのしない生活がはじまった。
朝、はやくに画廊を出て、転移して王都の路地裏に向かう。
そこからチエイ大図書館に出勤し、日中は司書としての仕事をこなす。
その一方で閉館後は魔導書をくすねている人物の手がかりを探る、そんな毎日だ。
そんなことを繰り返して、すでに2週間が経った。
洗面台に立っていると、鏡越しに緑色の髪がチラッと見えた。
「……ん、おはよう。今日も早いのねー」
そう言って寝ぼけた眼をこすって、元歌姫ファンセ・ヴェリテが現れた。
緑色の長い髪に寝癖がついて、ぴょこんとハネている。
そんなことよりも——
「薄着で部屋から出てくるなと、いつも言っているだろ!」
「朝からうるさいなー」
ファンセは面倒くさそうにひらひらと手を振った。
くっそ、元歌姫と一つ屋根の下にいるだけでも面倒な状況なのに……
もしもナンナンタン新聞——いや、そんな地方紙なんかよりも、グリーズ王国新聞に『元歌姫、きな臭い画廊商人と同棲生活!』なんて載ったら確実に破滅だ。
それにもかかわらず、この元歌姫ときたら……呑気なものだ。
「とりあえず、今日も遅くなるから適当にメシは食べてくれ」
「ブー、最近全然、一緒に夕食取れていないじゃん」
「仕事しているんだから仕方ないだろ」
「じゃあいいもん、ドーレ様と一緒に食べるからっ!」
あの腹黒聖女様はチエイ大図書館で働いているはずなのに、どうやってファンセと食事をする時間を取れるんだ……?
まあ考えても仕方がないか。
腹黒聖女様がどこで何をしていようが今のところはどうだっていい。
今回は、はっきりと目的がわかっているのだから。
時は少し戻る。
チエイ大図書館への潜入が決まった時。
ばっさとソファーから立ち上がって、ドーレは身を乗り出してきた。
ドーレの黄金色に輝く瞳はどこか楽しげだった。
『ふふ、どうやらノウ・ハウハウ様は、自らの作品——『魔獣絵画集』に教会の秘密を暗号化して隠したそうなのです!『魔獣絵画集』は全部で20冊あるようなのですが、その全てが揃う時、暗号が解読できるのだそうですっ!』
「それで……なぜそんなにも楽しげなんだよ?」
『ふふ、だって面白そうじゃないですか。教会の秘密とは……何のことなんでしょうか。例えば、歴代の教皇様たちの誰にもいえないような秘密なのか、それとも——』
饒舌にそしてなぜか終始楽しそうに、ドーレは語った。
……この聖女様のことがわからん。
「教会のピンチかもしれないのに、楽しんでいる場合なのかよ」
『ふふふ、そうでしたね』
ドーレは意味深に微笑んで、何も答えなかった。
「とりあえず、あんたの目的はチエイ大図書館から持ち出されて行方不明になった『魔獣絵画集』の残りの巻を回収したいって、ことでいいのか?」
『はい、18巻までは何とか集められたのですが……残念ながら19巻と20巻の行方がわからないのです。もしも——ジョン様の方で見つけたら私に譲ってくださいね?』
「それは約束できん」
「ふふ、ジョン様ならば、必ず私に譲ってくださると信じております」
明らかに……確信しているような口ぶりだ。
心眼で未来でも見えたのか……?
まあいいだろう。
購入価格の10倍で売り渡してやるとしよう。
ドーレはそんな俺の思惑さえ見透かしたかのように、『ふふ』と微笑んでいた。
その時だった——少し甲高い声が耳元で聞こえた。
「———ねえっ!」
「お、おう」
気がついたら、目と鼻の先にファンセのエメラルドグリーンの瞳があった。
「時間……大丈夫?」
「あ、やばいっ!」
「しっかりしてよねー」
呑気なファンセの声を無視して、俺は王都へと向かった。
▲▽▲▽▲
廊下にはノウ・ハウハウだけでなく、有名な絵師が描いた絵画が飾られている。
いつものように館長の部屋の目の前まで歩く。
そして、特別に設置された真新しい部屋——魔導書統合調査室に出勤する。
部屋には誰もいない。
綺麗な書斎と真新しい椅子がそれぞれポツンと部屋の中央に置かれている。
なぜならば——俺、一人だけの部門だからだ。
あの天然ポンコツ館長——セルローナが用意した俺の肩書きは、魔導書統合調査室室長。
訳のわからない肩書きと殺風景な執務室をあてがわれた。
これまでの2週間手がかりを探してきたが、この殺風景な執務室と同じくらいにその成果も虚しい。
いくら何でも……さすがに手がかりがなさすぎる。
正直、セルローナほどの天才的な魔術師が魔導書を盗まれているのだから、そんな簡単に俺が手がかりを見つけられるとも思っていないが……それにしても怪しいところが何もない。
まるで——はじめから何も問題など存在していないかのようだ。
チエイ大図書館にある禁書目録を隅から隅まで確認し、実際に配架されているかを全て地下書庫で確かめた。しかし、今のところ紛失している魔導書はなかった。あるべき場所にあるべき物がある。ただそれだけだった。
日課として保管庫に配架されていることを確認して、残りの時間は表向きの書類仕事をして、残りの時間を一般の利用客の案内をした。
そんな毎日を過ごしていた。
今日も勝手に保管庫から持ち出されていないかを確認しに行こうとして——コンコンと静かに部屋がノックされた。
「どうぞー」
「失礼します」と言って、前髪が目元までかかった女性が入ってきた。確か名前は——レドナさんだ。「あの……また例の少年が来ておりますが、いかがしましょうか。今日はジョンさんが一般利用者様を応対する日ではありませんし、断りましょうか?」
また来たのか……くっそ、小賢しいガキに気に入られてしまったようだ。
「……わかりました。私の方で対応します」
そう言って、俺は営業用の笑顔を浮かべた。
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