13. 邂逅。旅人族の少年。

 ‡


「ご歓談中失礼します」


 セツナと久遠が他愛ない話をしていると、聞き慣れた少年の声が頭上から降ってきた。

 張り上げるでもなく、むしろ小声なのに不思議とこちらの耳元まで響く音階だ。真冬の外気のように冴え冴えとしているくせに、白い吐息を思わせる温かさも僅かに孕んでいる。


「なんだ。そっちにいたのね、ウィズ」


 セツナが声の主を見上げた。つられて久遠もその視線で追っている。


 団欒室の奥にある階段、その踊り場に少年——ウィズはいた。


 室内だというのに外套を羽織っている。烽戈ふか式を模様にして施した外套の刺繍は、旅し続けることを信条とする一族の証だ。

 頭巾も付いているが、さすがに今は被っていない。


 おかげで黒い前髪の下で神秘的な光を湛える翡翠ヤーデの瞳がよく見えた。


「セツナさんは珈琲。クオンさんはお茶でよかったでしょうか?」


 階段を降りながら、表情一つ変えないウィズが聞いた。

 外套から両手を出して持ったお盆には三つの容器が乗せられている。珈琲とお茶が湯気を立てていて、残る一つは白湯のようだ。

 気の利いたことに飲み物に合わせて、それぞれ器まで厳選した様子だった。


 上の階には給仕室があるのだ。この真面目な少年は待ち合わせ時間厳守どころか、飲み物を用意してくれていたらしい。


 ウィズが絨毯の中央にお盆を置き、セツナと久遠と自分とで、三角形の一角を受け持つようにちょこんと座した。

 外套を纏ったままの正座だが、自然体とはこのことかと思われるほど緊張のない様子だった。


 セツナが久遠の反応を窺うと、こちらは観察するような眼差しをウィズに向けている。


「初めまして、クオンさん。ここに住ませてもらっているウィズといいます」


 少年が恭しく頭を下げた。


「朱桐久遠だ。よろしく」


 久遠の端的に過ぎる返答だが、つい先ほどまで立てていた片膝を寝かせて胡座をかき、両手を膝についた姿勢での言だ。

 僅かだが頭も下げていて、不遜ながら礼節に欠かないという絶妙なあんばいに見えた。


 二人そろって顔を上げる。

 緋色と翡翠色の瞳が交錯し、そのまま示し合わせたように揃ってセツナを見た。どうやら、先を取り次げということらしい。


 こうして並ぶと、久遠とウィズはどこか雰囲気が似ている。

 口数が多い方でないところとか、実は気遣い屋なとことか。二人とも黒髪なこともあって見た目から受ける印象も何だか似通っていた。


 緋と翡翠の瞳に見つめられて、セツナはたじろいでしまった。


 瞳の色は烽戈ふかの性質に寄ると言われているが、そういう意味では二人の美しい色合いの瞳は、高い烽戈ふか能力を有することを示しているのかもしれない。


 二人はなおも、じっとセツナが口を開くのを見守っている。

 せっかく切り出したのだから、いっそ二人で話を進めれば良いのにとセツナは思いながら、それでも両者を見知った自分が仲介するのが筋かと内心で合点した。


「ウィズ、ある程度は知らせてあるけど、こちらは朱桐久遠くん。今日からここに住むからね。ヒト族界エル・ヒューマは初めてらしいから、その辺りも含めて教えてあげてちょうだい」


 掌を上にして久遠を示しながら言い、次いで逆の手で同じように、今度はウィズを示した。


「久遠くん、この子はウィズ。事情があってここに住んでるの。私たちの隊に入る予定の子よ」

「何度も言ってるが、俺はあんたの隊には入らないからな。……で、なる予定ってのはどういった経緯だ?」


 思った通りつれない答えの久遠に、セツナは内心溜息を零しながら、ちらりとウィズを見た。小さく頷いて返してくれる。

 どうやら久遠に話してしまっても問題ないようだ。


「見ての通り、ウィズは旅人族よ」

烽戈ふか式入りの外套と、その翡翠ヤーデの瞳はそうだが……髪色が違うな」


 久遠が訝しむのも無理はなかった。純粋な旅人族の身体的特徴は宝玉のような翡翠ヤーデの瞳と、それから銀髪だ。


「髪は染めています」


 これにはウィズが自ら答えてくれた。


「そうか」


 何故かと、久遠は尋ねなかった。どうやら事情があると察して、どこまで話すのかという判断をウィズ本人とセツナに委ねているらしい。


「ウィズは父親とヒト族界に来たのだけど、何というかその……父親が|放浪者〈ロトス〉だったのよ」


 ウィズに言葉を続ける気配がなかったため、今度はセツナが告げた。

 放浪者ロトスという単語に、思わずといった様子で久遠がウィズを見たが、ウィズは表情一つ変えなかった。


「その父親は今もヒト族界に? ウィズの処遇は?」


 久遠がセツナに意識を戻して矢継ぎ早に聞いた。

 セツナが話題を切り出したことと、ウィズが静観していることで、追求しても良い事柄だと判断したようだ。


「相変わらず理解が早くて助かるわね」


 セツナは苦笑を浮かべながら、どこから話すべきだろうと少しの間思案した。


(——放浪者ロトスの説明は不要よね……)

 放浪者ロトスは久遠たち探求者シーカーの、もっと言えば七部族連合セヴァンスの宿敵だ。


 旅人族ノマド鬼族オウガ剣族ジエン機械族マキナ翼族フィング獣族テイル、そしてヒト族ヒューマの七つの世界。

 これらは本来、互いに交わることのない異界に存在するのだが、ゲートが開発されたことで行き来が可能となった。


 異なる種族同士の世界間交流は当初難局を極めたが、唯一故郷を持たぬ種である神族デウスの登場によって事態は解決された。


 七人の神族デウスが、七つの世界へ一人ずつ常駐する形で、間を取り持ったのだ。


 そうしてつくられたのが七部族連合セヴァンスだった。


 一方で、それを良しとしない者もいた。

 八人目の神族デウス、アハトだ。


 アハトは多種共存を志す七部族連合を一笑に付して、多種統合こそ真理と主張して七つの世界と袂を別った。


 そうしてアハトは、また別の次元に八つ目の世界を創りだし、それは第八界エイティスと呼ばれた。

 第八界エイティスには七つの世界を抜けた、アハトを信仰する者たちが集まっていて、彼らを総じて放浪者ロトスと呼んでいるのだ。


「ウィズのお父様は、ウィズと一緒に第八界エイティスからこっちへ来たのよ」

「二人とも拘束されるはずだな。通常は」

「ウィズは生まれも育ちも向こうなの。本人に選択肢がなかったことと、性格や思想の審査にも問題なかったから保護観察中。髪を染めているのは旅人族ノマドと知られにくくするためらしいわ。第八界エイティス出の旅人族ノマドがいるって噂になっちゃってるから……」


 自然体を好む旅人族ノマドのことだ。

 本人も今の生活は窮屈なのではと思うのだが、ウィズがそういった内心をこれまでセツナに吐露したことはなかった。


 一方でもう一つの特徴である瞳の翡翠色ヤーデは、烽戈ふかの源だから手を加えられないし、外套は着ていないと落ち着かないというからそのままらしい。


 他種族が多く住むヒト族界と言えど、旅人族が故郷以外にいるのは鬼族オウガ以上に珍しいことだ。

 見る人が見れば、一発でウィズが件の子供だとばれてしまうのだが、今のところ大きな問題にはなっていなかった。


「まあ、懸命な判断か…。父親の方はどうなっている?」

「拘束されてはいないわ。|第七神族〈ズィーベン〉さまと取り引きしたの」

「……どんな取り引きを?」

第八界エイティスの情報提供、それから次の襲撃に関して教えたそうよ」

「それはたしかに有益な情報だが……信用していいのか? 偽の情報を掴まされたら命取りになる」

「もちろん盲信はできないわ。でも、情報は七部族連合セヴァンスで共有されて、各界で照合が行われているし、七人の神族デウスさまたちも信憑性は高いと見ているようね」


 神族デウスは七つの種族とはまた次元の異なる烽戈ふか術を使う。彼ら全員を欺くのは不可能と言っていいだろう。


「それと、もう一つ。ウィズのお父様はとても無視できない条件をヒト族界エル・ヒューマに提示した」

「……なんだ?」

「自分自身。ヒト族界エル・ヒューマに帰属して、探求者シーカーとして戦うそうよ」


 元放浪者の旅人族。ヒト族界には魅力的過ぎる戦力だ。


 実はセツナはその巨大戦力となる旅人族ノマドに関して、もう一つ久遠に伝えるべきことがあったのだが、何やら思案している様子の久遠が不信感を抱いているような気がして、それを先延ばしにすることにしたのだった。

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