第8話 第二十五の月

 第二十五の月。月は徐々に力を失う。


 あの夜以来、セレーネはベッドの上から動けないでいた。骨ばった手を死神に握られ、弱い視線は宙を眺む。視線の先には死神の顔があるのだろうが、それは見えない。セレーネの願いは叶わず、いよいよ絶命が近づいていた。


「私は、本当に死ぬんだな」

「そうだよ」

「お前の言った通りだ」

「ああ」

「怖いんだ……」

「人生は致死率百パーセントの病だ。誰だって遅かれ早かれ死ぬ。君は早かったってだけさ。言ったろ、住む世界が変わるだけだって。もし君が死んだら、一緒に暮らそう。ずっと一緒にいよう」

「……約束だよ、ルナ」

「約束しよう、セレーネ」


 穏やかな手つきでセレーネの手を握り返す。

 無邪気でイタズラな死神は、いつの日かを境に姿を消していた。不気味に笑ってイタズラをしていた彼女が懐かしく感じる。


「あの日、君を抱きしめたとき、昔のことを思い出したんだ」

「昔のこと?」

「私が女らしくなる前のことだ。私には許嫁がいてね、君くらいの背丈だった。私は彼女が好きだったよ」

「そ、そう」


 ルナは頬を掻いた。


「でも親が金に目が眩んでね。婚約は破棄。私は女として男と結婚することになりかけた」

「それは壮絶だな」

「女らしくあれと教育を施されたよ。悔しかったし、惨めだった。そこへ持ってきてこの病だ」


 セレーネは弱々しくため息を吐いた。

 しかし、その顔には微笑みが見えた。


「君が来てくれてよかった」

「ふふっ、恥ずかしいじゃないか」


 干からびかけた男のもとに女神が舞い降りた。

 彼をあの世に連れて行く死神。そんな面影は月明かりに浄化されていた。


 満月の夜を乗り越えて。

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