7.一月経ちまして
森からの帰り、大熊さんはひょいひょいとたらの芽を摘んだ。私にはどこにあるのかよくわからなかったけど、慣れればすぐに見つけられるようになるらしい。
「大熊さんは山にはどれぐらい住んでるんですか?」
「ここの山なら……にじゅ……いや、十年ぐらいかな」
なんで言い直したんだろう。実は35歳というのはサバを読んでいたのだろうか。実際大熊さんが45歳だったとしても別に気にしないけどね。私には大熊さんの筋肉が眩しいから!(どこまでも筋肉ラブ。もちろんそれだけではない)
たらの芽とか、他の山菜を大熊さんは摘んでいき、夜は天ぷらにしてくれた。おいしすぎて死にそう。絶対大熊さんをゲットしなくては、という気になる。その為には森の手入れもあまり彼の手を借りないでできるようにならなくては! と思った。
なんにもできなかったら嫌がられるよね。
4月になる前に、大熊さんが大きなシカを捕まえてきた。
「狩猟期間がギリギリ終わる前に狩れたけど、食べてみる?」
「是非!」
ログハウスの横に小さな小屋があって、倉庫かなと思っていたけど解体用の小屋だったようだ。そこに大熊さんは当たり前のように入っていって血抜きを始めた。小屋に染み付いた匂いと共に重なったむせかえる血の匂いに、具合が悪くなりかけた。
「……あ、ごめん。家に戻ってていいよ。解体なんて見せてはいけなかったね」
「ご、ごめんなさい……」
なんとなく小屋に付いていった私が悪いんです。
シカは何日か置いた方がおいしいらしい。
解体しているのを見て具合が悪くなるなんて、大熊さんは呆れたかなぁと落ち込んだ。
先にお風呂に入っておいてほしいと言われたから入って匂いを落とした。出てきたところで大熊さんが戻ってきた。けっこう血の匂いがした。
「俺もこれから入ってくるから、出たら話をしよう」
「……はい」
泣きそうになった。
お茶を淹れる。何が入っているのかよくわからないけど、大熊さんが自らブレンドした野草茶はおいしい。野草をブレンドできるとかどんだけセンスがいいんだろう。
「笹なんてろくに栄養もないんだけどね」
なんて呟いていたのを思い出した。笹も入っているみたいだ。
ぼんやりしていたら大熊さんが出てきた。
「咲良(さくら)さん、お茶を淹れてくれたのか。ありがとう」
「いえ……」
「咲良さんはいつも一所懸命だよね」
「いえ……」
慣れることに必死なことは認めるけど、一所懸命かと言われるとどうだろう。でも必死の方がよりまずいのかな。
「さっきのは俺がうかつだったんだ。ごめんね」
「いえ……」
「俺はもうここに長く住んでるし、動物の間引きみたいなことも当たり前に行っているから、もうそれほど匂いが気にならなくなってるんだ。でも普段から触れてなかった人にはつらいと思う。これからは気をつけるよ」
「……あの匂いに慣れることってできるんでしょうか……」
すごい匂いだった。暮らしていくうちに麻痺するものだろうか。
「慣れる必要はないよ」
大熊さんはきっぱりと答えた。
「狩猟はしても解体は解体業者に頼むなんて人もいるから。もちろん自分でできたら処理は早いだろうけど、自分でやらなきゃいけないなんてことは絶対にないし、咲良さんはそのままでいい。できる人がやればいいんだよ」
「……でも私」
私はやっぱり何もできないままだって再認識した。
目が潤んできて、こんな時に泣くなって思った。泣いたら大熊さんを困らせてしまう。ここで泣くなんて卑怯だし、そんなことはしたくなかった。
「咲良さん」
ぽんぽんと頭を優しく叩かれた。そんなことをされたら本当に泣いてしまいそうだった。
「俺はね、咲良さん。うまく言えないんだけど、俺は君を囲い込みたいって思ってる」
「……え?」
囲い込みたいって何?
思いがけないことを言われて出そうになっていた涙が引っ込んでしまった。
「君の胃袋を掴んで、君が俺から離れられなくなったらいいと思ってる」
大熊さんは何を言ってるんだろう。
「一年かけて、咲良さんを落とすつもりでいる。無理をしないでいろいろ頼ってほしい。嫌なことは言ってくれる約束だろう?」
なんか、じわじわと大熊さんが言っている意味が届いて、全身が熱くなるのを感じた。
「咲良さん、返事は?」
「……はい」
そんなこと言われるなんて全く思ってなかった。
この、シカの件をきっかけにして、大熊さんはあからさまに私を甘やかすようになった。
大熊さんが私を意識してくれているのは嬉しいけど……なんでこうなったんだろう?
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甘ーい甘ーい大好きー!(作者の趣味
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