第54話 『いつか』の答えを
——貴方は……『貴方』、なんですか?
手足が震え、後ろ向きに体重がスライドする。
彼女は、俺が知る中で一番の努力家だ。それはただ膨大な回数を重ねているだとか、長い時間を研鑽に捧げたとかの話ではない。
どんなゲーマーでも必ず訪れる『努力の壁』。99点を100点に変えるために必要な圧倒的な高さの壁。大多数が『これは才能の差だから』と口にして、座り込んでしまうその壁を、彼女は誰よりも真剣に越えようと努力していた。
常に目標を設定し続け、試行回数ごとに反省と分析を重ね、何が悪かったのか、何が違ったのかを徹底的に洗い出す。
時折その場で足を止めては、周りを見渡して新しい情報を取り込み、それを元に思案を巡らせ、また目標を設定し、前回の目標や結果との差分をきちんと記録する。
繰り返しごとの細かな成長点、改善点を纏め、何が出来るようになったのか、をどんなに小さなものでも日毎に積み重ねるようにする。
俺でさえ、そこまでするか、と感じた。これは流石に勝てないなと感服する程の執念と、どこまでも真っ直ぐなひたむきさを持ち、それを直接伝えても「先輩のストイックさに比べれば可愛いものです」と謙遜し、決して驕らない謙虚さも兼ね備えていた。
現役時代、最後の最後まで必死に食らいついて、本気で俺を超えようとしていたのは、後にも先にも彼女だけだった。
そんなアルファールが、今眼の前に居る。それがどれだけ俺にとって恐ろしいか、この心臓の早鐘が伝えている。何故こんなところに、と思考がもっともらしい理由を求めるが、都合良く理由が見つかるわけもない。
とっ散らかった思考を読んだシステムが即座にログアウトを選択し、この場からの脱却を選ぼうとする。
嫌だ。見られたくない。こんな、落ちぶれ果ててどうしようもなくなった俺を。彼女に向かい合うことが出来ない。どんな顔をして、どんな声音でその名を呼べばいい?
手足が複数の見えない手に掴まれているようだった。天高くから降りてきた手のひらが、俺の頭を上から押さえつけて、固く下を向かせる。俺が目を逸らす中で、アルフレッドが手元に何かを喚び出すと、不意に周囲の音が断たれて無音になった。
「『
「吟遊詩人が持ってる汎用スキル……随分多芸じゃん、アルフレッド」
「……詠唱隠し、聴覚保護、今のようなシチュエーション。使える場面は多くありますし、私には吟遊詩人の先ぱ……フレンドが居るので」
「……聞いていいのかあれだけどさ、アルフレッドってお兄さんと知り合い?」
「貴方にそれを伝えるつもりはありません」
「ひゅ〜……これは手厳しいね」
俺を和ませようとしているのか、外れた調子でたこらいすがアルフレッドに会話を仕掛けて一刀両断される。そこからはたこらいすも状況を見守ることにしたのか口を閉ざし、場には文字通りの無音が蔓延る。
固い沈黙。視界の隅に映るログアウトの最終警告。逃げろ、逃げろ、今じゃないと誰かが囁く。まだ早い。答えを出すのはいつかでいい。もっと心が持ち直してきたら──
「──逃げないでください、先輩」
「ッ……!」
反射で、顔を上げた。脂汗は顎から滴り、俺の顔は見るも無様な有り様だろう。けれど、その声に俺は逆らうことが出来なかった。
見上げる先、巨大な鉄騎は一歩として動かず俺を見下ろしていた。その重厚な兜から見据える彼女の視線が、俺の魂と呼べるものを捉えている。
俺は痙攣して機能不全を起こす横隔膜をなんとか再起動して、一呼吸だけ息を吸う。そうしないと酸欠で倒れてしまうだろうと思った。
何を、言われるのだろう。呆れか、失望か。どんな罵詈雑言も、彼女ならば口にする権利がある。
「そう、ですか……貴方は、『貴方』なんですね」
「……」
鎧越しのアルフレッドの声には少しの戸惑いと安心、一つまみの懐かしさが混ざっていた。長い、長い沈黙が俺達の間に横たわる。
「なん、で……分かるんだ」
「……分かりますよ。先程までの動きと今の反応を見ていたら。だって……いえ」
アルフレッドは何度か言葉を選ぶように両足に乗せた体重を入れ替え、肘を引いたり手首を内側に巻いたりしている。……彼女が言葉を選ぶ必要などないというのに。
長い沈黙に耐えきれず、俺は飲み込んだ一息を使って謝罪の言葉を吐こうとした。けれど、俺の動きからそれを察したらしいアルフレッドが「嫌です」と冷たく口にする
「嫌……それを口にしないでください。そんな言葉、聞きたくもないです」
「ッ……そう、だよな。はは……そうだよな。ごめ……いや、その……俺は──」
自分でも自分が何を言っているのが、何を言おうとしているのか分からない。ただ意味をなさない音の塊を喉から絞り出して、形だけの会話をしようとしている。
アルフレッドはそんな俺を冷たく見下ろして、ふぅ、とため息を吐いた。きっとそこには深い失望が込められているに違いない。
どんどんドツボにハマっていく俺を横からたこらいすが心配そうに見つめている。アルフレッドと俺を交互に見て、その時が来れば即座に俺を庇えるように大盾を固く握っているのが見える。
ドン、と俺達から遠く離れた何処かで花火にも似た閃光が輝き、俺達を置いて大規模な戦闘が起きているのが分かった。アルフレッドは閃光の方角を一瞥し、更には彼女の背後に迫ってきた虹色の『壁』を確認すると、首を横に振る。
「駄目……そうじゃないでしょ、私。そうじゃなくて……」
独り言の声音でアルフレッドは呟いたあと、キッと俺を見据えた。「先輩」と厳かな声が響く。俺はひたすらに身構えて、身構えて──
「──ご飯、ちゃんと食べてますか?」
「……へ?」
「ですから! ……ご飯は、ちゃんと食べてますか? 風邪とか病気には……罹っていませんか?」
頭が真っ白になりながら、しどろもどろに口を開いて、何とか返事をする。
「…………。食べ、てると思う。あんまり、食欲は無いが。病気は……そもそも罹らない体質だし」
「なら、いいです!」
「え、ぇ……?」
ハキハキとして明瞭な、いつもの『
混乱の極みに居る俺をアルフレッドの目線が射抜く。その焦点は……失われた俺の右腕と右目を見つめていた。
「……本当なら、この場でいつかの『答え合わせ』をしたいところ、でしたが……仕方ありません」
「アルフ……アルフレッド、さっきから何を言っているんだ?」
「こちらの話です。先輩はお気になさらず」
「は、はぁ……」
極めて掴みどころのない彼女が何もない中空に目線を向ける。恐らくはシステムコンソールを開いているのだろう。何を、と再び身構える俺に、アルフレッドは再び「先輩」と俺を呼ぶ。
その声にはいかにも『しょうがないですね』と言いたげな、呆れと優しさがあった。
「私、待っていますから。……貴方が私に追いつくのを、いつまでも待っていますから」
「──」
「ですから、また会えたら……前みたいにカスタムで
俺など置いてきぼりに、好き放題にそんな事を言って……アルフレッドの身体がその場から掻き消える。
「うぇっ!? ちょ……ログ、アウト……?」
「……」
「なんで……って言いたい所だけど、まあ……うん。なんとなく理由は察せるか」
大盾を構えたたこらいすが周囲を警戒するように見回した後、大きくため息をついた。俺はといえば……彼女が居た場所を眺めて呆然とすることしか出来ない。
……もし、彼女と俺がこの場で戦えば、勝つのは間違いなくアルフレッドだ。100%、間違いなくそうなると断言出来る。それは俺が消耗しているからとか、腕や目が欠けているから、というだけの理由ではなく、積み重ねた努力の差だ。
俺が全てを投げ出した日からきっと数年は経っている。何を投げ出す事もせず、ひたすらに研鑽を重ねた彼女に勝てる道理も無い。恐らくは素人とプロが戦うよりも酷い惨敗を喫するだろう。
そんな俺を見たくなかったのか、あるいはそんな俺に勝つことに意義を見出せないと思ったのか。どちらにしても、生真面目な彼女らしい選択だった。
アルフレッドが棄権し、俺の前から消えたことで俺達の周囲を囲っていた透明な『幕』が剥がれ、周囲の物音が入ってくるようになった。ここから少し距離を置いた場所──セントラルの街の中心にして、俺達
既にその戦闘自体は下火のようだが、遠目からでも巨大なゴーレムや天から振り注ぐメルヘンな虹色光線など、このゲームらしい戦闘が起きているのが分かる。
「──さん。お兄さん?お~い?あれ、アルフレッドのスキルまだ有効だったりする?」
「……いや、すまん。考え事……考え事をしてた」
「んー……まあ、そうだよねぇ」
たこらいすは苦笑混じりに赤褐色の髪を掻いて、毛先に付いた煤を落とす。……関係者ではないたこらいすからすれば、何が起きているのか訳が分からないだろう。
だが、察しの良い彼のことだ。何かしら事の輪郭を掴んだのか、俺と同じくアルフレッドの居た位置を一瞥して、「良いヤツそうじゃん、アルフレッド。俺には冷たかったけど」と笑みを浮かべていた。
ようやく、長い長い大広間での大乱戦が幕を下ろし、俺は無意識に手の甲で顎の辺りの汗を拭う。ここで行われた30人超えの大乱戦。俺を討伐せんと徒党を組んだプレイヤー達、ヴェルサス、アルフレッド……思い返すだけで年を取りそうなほど、濃密な戦いだった。
「まぁ〜……っじで、とんでもないバトルだったね。結果はお兄さんの大勝利!まるっと全滅!って感じだけど……」
たこらいすは浮かべていた笑みに心配そうな色を混ぜる。
「大丈夫そ?お兄さん。アルフレッドもぼかして言ってたけどさ、ぶっちゃけもう戦えるような状態じゃなさげだし、体調悪そう過ぎるんだけど……」
「……大丈夫だ。両手武器が封じられたのは痛いが、残りのパーティー数的にはあと数戦だ。なんとかする」
「ま、まぁ、体調第一優先で……って、やば!?『壁』来てるじゃん!?ここ結構中心地のはずなんだけど!」
「そりゃあ、こんだけ1か所に長居したらこうなるな。移動しよう」
たこらいすの心配はもっともだが、まだイベントは終わっていない。ヴェルサスにより文字通り一面の焦土と化した大広間……確か元は街区内の植物園だった気がしたが、そこへ向けてバトルロワイヤルお決まりの『壁』が迫ってきている。
慌てて武器を大盾から直剣に切り替えたたこらいすが、手負いの俺を気遣って先陣を切り、セントラルの街の中心地へと駆け出す。
俺は一度だけ戦場の跡地を眺めて、目を細めた。
(……一人、取り逃したか。
どちらにしても、今の俺では探知も始末も時間がかかり過ぎる。思考を切り替え、左手にスティレットを握ってたこらいすの後を追った。
───────
建物の陰に隠れ、細い路地を進みながら、ちらりと視界の隅に映したイベントの現在状況を一瞥する。
【残り時間:17分】
【本戦グループ:
【パーティ名:『メインディッシュ』】
【残りパーティ数:35】
【アストラルカウント:47】
いよいよをもってこのPvPイベントも終盤。きっかり500あったはずのパーティ数は50を切り、残り時間もほとんど残されていない。
先程から遠くで活発に爆発音や建物の倒壊音、短時間の地震が起きており、最終円内では早くもこのバトロワの覇者を決める最後の戦いが始まっているようだ。
これまでであれば、俺達も一目散にそのド真ん中に飛び込んでいたが……今の状況を考えれば、それは賢い選択とは言えない。
これはバトロワであり、最後に円の中に立っていた者が勝つ消耗戦だ。その観点から言えば、先刻の戦いでは俺のリソースを吐きすぎた。
シールドと自然回復があるとはいえ、HPは未だに三割弱。眠気と疲労で集中力は半分以下。右腕と右目は欠損。お陰で『両手鎌』カテゴリに該当する『霧の凶星』は装備出来ない。たこらいすから借りているいくつかの両手武器も、俺の筋力では投げ物にすら出来ないだろう。
元々望み薄だと割り切っていたが、たこらいすは欠損部位の再生手段を持ち合わせておらず、回復手段も保険用に低級の回復祈祷を自分に掛ける程度しか持ち合わせが無いらしい。
元々、悠々自適にソロプレイを満喫していた上に、俺とパーティを組んだ後も俺がダメージを負う所を見たことが無かっただろうから無理も無いことだ。
「うぅ……マジで申し訳ない……。せめて支援系のスキルとか祈祷を使えるようにステ振りしていれば、こんな時に役立てたのに」
「気にしないでくれ。そもそも俺がここまで消耗したのが悪い。純戦士職なのに信仰や魔力にポイントを振るのも合理的じゃないしな」
割合、本気で落ち込んでいそうなたこらいすに気にしないよう告げて、路地裏からそっと表通りに顔を出す。
「……見た限り気配は無いな」
「んじゃ、そろりそろりと行きますか〜」
たこらいすは武器のボックスから黒一色のナイフを二本取り出し、二刀流で装備する。すると、たこらいすの身体の輪郭がぼやけ、足音や息遣いが心なしか小さくなった。
既に多大なリソースを吐いてしまった俺達がこのバトロワで勝ち抜く為に取るべき戦略は、ハイドだ。背後にバトロワエリアの『壁』を背負い、エリア外をカットしながらジリジリと中心地に向かっていく。
貯めるべきアストラルカウントは既に俺のレベルをオーバーしているので、これ以上無理な戦闘を行う必要は無いのだ。
内心で「らしくないことを」と自分自身を蔑む気持ちが無いわけではないが……ハイドも一つの戦略だ。じっくりと機を待ち、『その時』が来たら死ぬ気で一位をもぎ取ればいい。
(……俺に出来ること、俺がしなきゃいけないことは明白だ。……なのに、どうしてだ?)
胸騒ぎがする。根拠は無く、理由も無い。進む先に最後の激戦が控えているのは分かりきっている。だが、そうではないのだ。疲労により感度の下がった第六感が、それでも形の無い『予感』を鳴らす。
──この先に、俺を決定的に変えてしまう『何か』がある
それが齎す変化が良いものか、悪いものかは分からない。引くなら今だ、と弱気な自分が言って、脳裏にアルフレッドの言葉が
『私、待っていますから。……貴方が私に追いつくのを、いつまでも待っていますから』
……あんなことを言われては、引くに引けない。彼女の目に映った俺は、酷くみすぼらしく、みっともない姿だったはずだ。それでも『待つ』と口にしてくれたのなら……それに応えなければ。
絡まる思考を切って捨てるように──ドンッ!とド派手な重低音が響き、進行方向の無縁墓地で大暴れしていた巨大なゴーレムが膝から崩れ落ちてぶっ倒れる。
倒れたゴーレムに巻き込まれ家屋が倒壊する轟音、立ち登る土煙。
「……これは一度進んで、屋根上から状況を見たほうが良いな」
「賛成〜。今ならバレなさそうだし」
エリアに飲まれないよう素早く路地裏を進み、適当な家屋の壁を蹴って、三角跳びで屋根に登る。たこらいすは素のSTRにものを言わせて垂直跳びで屋根にしがみついて登ってきた。……上手く登れずバタバタと足を動かしているので、仕方なく手を貸した後、土煙がモクモクと立ち昇っているエリアの中心地を見据えた。
遠くに見えるのは、このゲームを始めた初日に俺がハルファスの民としての差別を受けたギルド。そして、そこを出入り口として広がる広大な無縁墓地だ。
目に優しい緑の芝生と、等間隔に並んだ夥しい数の石棺。
(ギルドは……中で戦闘があったようだ。窓が割れてるし、出入り口は扉含めて爆破されてる。割れた窓からは黒煙が出ているから、一部は火の手が回っているな)
奥の無縁墓地に関しては言うまでもない。一般人が入り込まないように設けられた黒い石垣の内側には、倒れたゴーレムの手足や胴体が転がり、プレイヤーと同じく徐々にポリゴンとなって分解され始めていた。
そしてその土煙の中で、色とりどりの髪色・装備をしたプレイヤーが熾烈な乱闘を繰り広げている。
「うっひゃ〜……こうして見ると派手派手な戦闘だ。二十人くらい居るし、俺達みたいなハイド除いたらあれが一番の団体さんだろうね」
「そうだな」
ちらりと見た残りのパーティ数は20パーティ。先ほどから続く苛烈な戦闘で脱落者が多発しているのだろう。
理論値では俺たちを除いた19✕4で76人のプレイヤーが居るはずだが、俺達のように2人参加であったり、仲間を失って単独で動いているパーティもあるはずだ。
たこらいすの読み通り、残りパーティの過半数が中央の無縁墓地でラストファイトに勤しんでいることは間違いない。
問題は、無縁墓地の地形だ。周囲は生半可な方法じゃ登れない石垣で囲まれている。ご丁寧に上に鉄柵まであるから、俺の『隼の流儀』みたいな移動スキル持ちは唯一の出入り口であるギルドを通るか、石垣をぶち壊してド派手なエントリーをするしかない。
そして肝心の無縁墓地……ここはまるで遮蔽物が無い。見渡す限りの芝生と石棺だけがオブジェクトだ。今でこそゴーレムの大岩が転がっているが、使役していたプレイヤーが倒されたのか消滅が始まっている。
(ハイドは絶望的。時間的に一度入ったら逃げるのは無理。強いてやるならギルドに入ってハイドだが……)
ギルドの一角から更に火の手が上がる。……どうやら中は見た目以上に酷いことになっていそうだ。あそこをポジションとして確保しているパーティも確実に居るだろうし、最終円からは微妙に外れているため最後まで籠城も出来そうにない。
「っと、お兄さん。そろそろ円来てるよ」
「ん、そうか。……少し目立つが、このまま屋根伝いに移動しよう」
「りょーかい!念のため盾構えておこうか?」
「いや、そのまま隠密用の武器でいい。狙撃が来ても俺が落とす」
状況は最終局面。先程のゴーレム討伐のように、いつ決定的なアクションが起こってもおかしくない。高い石垣のせいで中の戦闘、ギルドの状況が見えない為、情報を取りながら進むには屋根上進行以外手立てが無い。
何より、俺と違ってたこらいすには機動力が無い。彼が無縁墓地にエントリーを行うには、俺が風魔法で屋根上から射出するか、大槌カテゴリー武器で何度か石垣を殴って壊す他に無い。
どこに敵が潜んでいるのか分からない以上、そこまでの隙を晒すのは地雷行為だ。
思案を巡らせつつ、忍者めいて屋根から屋根へ飛び移り、徐々に狭まるエリアの内側へと入っていく。途中、周囲に目を這わせると、俺達と同様に屋根上を移動しているパーティが3組発見できた。
それぞれ2人、2人、3人のパーティだ。恐らくこちらには気付いているが、俺達と同様ハイド目的か単純に射程が足りないのだろう。
(屋根上に3パーティ。少し遠くで街中をドライ進行しているのが1パーティ見える。ギルド内に立てこもって小競り合いをしているのが推定2パーティ。真ん中でやり合っているのが推定10パーティ。残り3パーティが不明か)
残りパーティの計算中に、新たにギルドへ駆け込もうとしたパーティ2つがギルド前でファイトを始めたのが見えた。そこにドライ進行をしていたパーティとギルド内のパーティが手を出す構えを見せている。
これでおおよその分布は掴めた。やはりギルドに突っ込んで籠城するプランは無しだな。あの無意味な小競り合いに付き合って消耗した後、エリア壁を背負いながら無縁墓地に入っていくのはリスキー過ぎる。
「タイミングを見て上からエントリーするしか──」
「うわ、マジか。すっげぇ……」
たこらいすの声。目で見たものに深く感嘆し、見惚れる声だった。彼が似たような声を上げたのは、俺がダガーパリィを成功させた時と、アリスの『不滅の滅剣』を生で見た時だけだ。
一体何が、と目線を墓地にスライドさせて……俺はそれを見た。老若男女、機械から魔物まで、ハロウィンの仮装さながらにカオスなプレイヤー達の戦闘に飛び込んでいく『黒い霧』。
それは一人のプレイヤーに狙いを定めると、目にも留まらない速度で踏み込み、墨で塗ったように真っ黒な斬撃のエフェクトを走らせてプレイヤーの喉を掻っ捌く。
その身体の輪郭は霧によって朧げだが、俺には分かる。尋常ではない身のこなしだ。リアルでのトレーニングでは得られない、『ゲームでだけ出来る動き』をとことん突き詰めたプロの動き。
『黒い霧』の動きはあまりにも疾く、滑らかで、淀みのないものだった。どこまでも最適化された足運び、徹底的に磨き抜かれたゲームセンス、深い経験値と慣れを感じさせるナイフ捌き。
「お兄さんを見てるみたいだ……。プレイヤーがあんなに集まって、何も出来てない」
「……相当な『上澄み』だ。対人勢、なんて括りで纏めちゃいけないレベル。確実に何かしらのチームに所属してるプロゲーマーだな」
蹂躙、とはまさにこの事だろう。二十人近いプレイヤーが必死に武器を、スキルを、遠距離攻撃を振るが、まるで格が違う。
既に『黒い霧』はエントリーの前にプレイヤー達のスキルを粗方チェックしていたのだろう。どのような攻撃も、魔法も、胸裏すらもその身体を捉えることは出来ない。
滑らかに、鮮やかに、ダメージ判定スレスレを潜るようにしてすべての攻撃を回避し、一人、また一人と鮮やかに喉元を斬り裂いて身を翻す。理想的なアサシンそのものの動きに目を奪われていると……『黒い霧』の身体の左右に紫色の魔法陣が展開される。誰かしらの魔法かと勘繰ったが、『黒い霧』はそれを避ける素振りを見せない。
次の瞬間、左右の魔法陣からはどす黒い触手めいたものが幾本も生え、グネグネとうねりながら付近のプレイヤーを弾き飛ばす、あるいは手足を掴んで振り回し始めた。
あまりにも冒涜的なその魔法に目を奪われ、そして同時に『黒い霧』の傍に駆け寄った二人のパーティメンバーを見て……俺は絶句した。
「──は?」
「ん……? どうしたの、お兄さん?なんか、めっちゃ既視感のある表情なんだけど……」
隣に立つたこらいすの言葉が右から左に抜けていく。いや、それは、と喉元まで出かかった言葉が詰まって、ただ溜息だけが零れ出た。
自身に近寄ってきた二人を見た『黒い霧』が、恐らくはユニーク関連と思われるスキルを解除し、その姿を現す。
背の低い女性。肩口で切りそろえた艷やかな黒髪と気の強そうな赤いツリ目が特徴的だった。装備は黒一色の軽装で、見るからに暗殺者めいている。腰に差さった二振りの短刀もその印象を強める要因だろう。
既視感、既視感……そうだ。既視感しかない。彼女の姿形。そしてそれに並び立つ二人の男女も。呆然としながら、彼女ら3人のプレイヤーネームを読み上げる。
「──エミリア、グラシエル……コンコルド」
かつて俺が手を伸ばされ、にべもなくそれを振り払ったプレイヤー。彼女達と再び、あの時と同じ無縁墓地で……今度は敵として出会うことになるとは。
「偶然にしちゃ、出来過ぎだろ……悪い冗談か、ナヘマー」
まるで、シャッフルしなかったトランプでババ抜きをしている気分だ。脳裏に、このイベントのプレイヤー振り分けを行ったであろう
気の遠くなる目眩を
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