星と影と僕

 目を開けると、電車のドアの向こう、だだっ広いホームに君がいた。

「初めまして」と、顔の見えない君は言った。

 次の駅は、終点は、と数多の放送が溶けたノイズの中にあって、それだけが鮮明に聞こえてきた。

「どうして、降りちゃったの?」僕は尋ねた。

「だって星が見えないから」君はすぐに答えた。

 見上げても広告しか目に入らなくて、僕は一歩進んで、ドアの手前まで来た。

 空はいつもと変わらず真っ黒だった。

 君の顔も真っ暗なまま。まるで空を映してるみたいだった。

「こっちに来たい?」

 僕の足は動かなかった。怖かった。だってここは、僕が降りる駅じゃないんだ。


「ねえ」

 背後から声がかかった。

 振り返ると、そこにも君がいた。

「久しぶり」と君は言った。

 よく見たら、近くには同僚がいて、友達がいて、先生もいて、兄がいて。そして、久しぶりに会う父と母もいた。

 みんな笑顔だった。

 遠くて近い星のように、彼らは輝いて見えた。

「いいの?」

 また後ろから声。戻ろうとする足は、ぴたりと止まった。

「ねえ、彼らがなんで輝いて見えるか分かる?」

 僕の後ろを指さして、君は尋ねた。僕は何も言えなかった。

「僕たちが月だからだよ」

 代わりに、後ろの君が答えた。

「君だって、もう気づいてるでしょ?」

 君は相変わらず笑っていたけど、今度は薄ぼんやりと、溶け出しそうに見えた。


 ごとごとと、地面を揺らして、電車が来た。ホームの君を挟んで、反対側にそれは止まった。

 君はそれに乗るんだと分かった。

 僕の足は動かなくって、でも、僕は君が手を差し伸べてくれると期待していた。

「だめだよ」と、けれど君は言う。

「君が自分で選ばなくちゃ、意味ないんだ。君が決めるんだよ」

「君は、誰なの?」

「僕は、君の影だよ」

 君が一歩近づく。顔に差す影は、一層暗さを増した。

 怖い。何が起こるか分からない。何をされるか分からない。

 僕は今にも逃げ出したかった。踵を返して、暖かいところに戻りたかった。

 でも、確かに気づいていた。

 彼らは綺麗で暖かいけど、星じゃない。

 星に向かって、照らされているから、光ってるんだ。

 だから、彼らのことは大切だけど。

 僕が望んだ輝きはない。


 一歩、僕が踏み出したとき、君はすでに電車に乗り込んでいた。

 誰も乗っていない、行き先のない、回送列車に見えた。

 でも、とても明るく見えた。

 明るいからこそ、君の顔が一層見えなくなっていた。

「大丈夫。怖くないよ。ほら」

 いつの間にか電車に乗った僕を、君が優しく抱いた。

 君の肩に顔を埋めたら、当たり前だけど目の前は真っ暗になった。

 でも、もう怖くはなかった。

 パッと手を離し、君は言った。

「じゃ、僕は先に行くよ」

 僕は言った。

「うん。でも、もうこっちを向かなくても大丈夫だよ」

 だって、僕の影はいつも僕より少し先を歩く。

 星を目指す限り、いつもそうだったから。


 向こうを向いた君が、ニッと笑った気がした。

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