久坂家の罪と和貴の過去

 真剣な眼差しで見つめてくる綾音に渚杜も背筋が伸びる。和貴、黒緋と裏柳も同じように聞く姿勢を取った。


 「久坂家は大昔、九尾狐を封じた陰陽師の子孫なの。代々私たち久坂家は九尾狐の封印を護っていたわ。でも……」


 言葉を切った綾音が視線を落とす。震える手を組んで息を吐きだした。


 「十年前、久坂家の……私の兄が封印を解いてしまったの。その後兄は行方不明。封印から解放された九尾狐は妖を引き連れ百鬼夜行を起こした。犠牲者も出たけれど、最小限に抑えられたのは土地神様たちのおかげだって聞いたわ。そして、九尾狐は貴方に呪いを掛けた……。そのせいで貴方は狐憑きとして不当な扱いを……。ごめんなさい。私たち一族が本来護らなければいけなかった封印を解いてしまった」


 「久坂……」


 頭を下げる綾音を渚杜は見つめた。今なら亘が”裏切り者”だと言った意味が分かる。それを彼女が否定しなかったことも。九尾狐の封印が解かれなければ呪いを掛けられることもなかったのだろうか? それは違う気がすると渚杜の直感が告げていた。綾音を見ていれば厳しく育てられたのだと分かる。そんな家系の者が九尾狐の封印を解くのだろうか、と疑問が生まれた。


 「私は……っ、私の使命は、九尾狐を倒すことと、兄を処刑すること。そのために陰陽寮に来たの。まさか、九尾狐の呪いを宿した貴方と出会うなんて夢にも思わなかったわ」


 「そっか。話してくれてありがとう。久坂。じゃあ、九尾狐を倒すって点は俺と目的が同じってわけだ」


 「そう、なるわね?」


 「ってことは、ライバル? 味方? 今の久坂にとって俺はどっち?」


 渚杜の問いに綾音は首を傾けた。そんなの、考えるまでもない。味方だ、と答えようとして綾音は目を丸くした。入学前に誰かと似たような会話をした記憶がある。


 『貴方はこの町にいるのよね? お互い陰陽師なんだからまたどこかで会うかもね。その時は同じ獲物を狙うライバルになるか、味方になるか分からないけれど……』


 狐の面を被った陰陽師にそう言ったのは自分だ。いずれ出会うかもしれないと思っていた人と既に再会を果たしていたことに気付いた綾音が口を魚のように何度も開閉する。


 「あ、貴方、あの時の……!」


 「やっと気付いた? それで、ライバルと味方、どっち?」


 ニコリと笑う渚杜に綾音は「知っていたなら早く言いなさいよ……もう! 探してた自分がバカみたい!」と小声でぶつぶつ呟く。渚杜の視線を受けた綾音は観念したように息を吐いた。


 「味方に決まっているでしょう!」


 声を荒げる綾音の返答に渚杜は「良かった」と安堵の表情を見せて「これからもよろしく」と片手を差し出した。その手を握り返す綾音の頬は僅かに赤く染まっていた。

 二人の会話を聞いていた和貴の表情に陰りが差していることに二人は気付いていない。


 (十年前の百鬼夜行……か。あの日兄ちゃんは死んだんだっけ……あの時兄ちゃん何か言っていた気がするんだけど、思い出せないんだよなぁ……)


 グラスの氷をストローでかき混ぜながら和貴は諦めにも似た笑いを浮かべた。その表情を見逃さなかった裏柳が主の服を引く。気付いた渚杜が和貴の名を呼んだ。


 「和貴、大丈夫か?」


 「ん? ああ、大丈夫だよ。なんか二人がいい雰囲気だからどうしようかなぁって考えてただけだから」


 そう言って笑顔を貼り付ける和貴は「俺、ちょっと飲み物取ってくるわ」と席を立った。メロンソーダのボタンを押しながら和貴は息を吐く。綾音は久坂家の過去を話した。有名な話だとはしてもこれまで久坂家が受けた扱いを考えれば呪いを実際に掛けられた被害者に話すことは勇気が要ることだろう。それでも彼女は久坂家の過去と向き合う覚悟をして渚杜に伝えた。


 「やっぱ、伝えておくべき……だよな」


 グラスに注がれていくのを見つめながら和貴は己の過去を伝える決意を固めた。

 戻るなり和貴が二人に俺も伝えておきたいことがあると告げる。先ほどよりも固い声音に二人は表情を引き締めた。


 「俺には年の離れた兄がいたんだ。でも、兄は十年前の百鬼夜行で命を落とした」


 「……っ!」


 目を丸くする二人に苦笑を向ける。特に動揺の色を濃くする綾音には「久坂家のせいだなんて思ってないから」と安心させるように言ったが、綾音は泣きそうな顔をする。


 「別にそのことを責めるつもりで言ったわけじゃないんだ。知っていてほしいのはその先の事。慎二が言っていただろう? まだ生きていたのかって」


 黙って聞いている渚杜に和貴は続けた。


 弥生家は九尾狐誕生の際罪を犯した。その罰として一族へと呪いを掛けられている。それは世継ぎが生まれないこと。陰陽師は世襲制が多く、ほとんどの名家は子が後を継ぐ。例外は弥生家のみ。だが、権力を手放したくなかった弥生家は世継ぎとして養子を取り今まで維持してきた。


 身寄りのない子供から霊感のある子供まで集め、育て、そして力比べの後当主を決める。故に弥生家では一切の血のつながりはない。おそらく情もないのだろう。両親を失った和貴は兄の悠禾(はるか)と共に孤児院で過ごしていたが、弥生家に引き取られた。


 陰陽師としての訓練を受けた悠禾は人当たりの良さと陰陽師としての才を現したことで将来は当主になるのでは? と噂されていたが、十年前の百鬼夜行に陰陽師として駆り出され、妖によって殺された。原因は幼かった弟の和貴を庇ったためだ。


 「あの時、俺を庇わなければ兄ちゃんは死なずに済んだんだ。俺の目は特殊で、妖たちからすれば脅威でしかない。真っ先に始末したい対象だからさ、あの日も妖は俺を狙ってきた。陰陽術の使えないガキと学生の兄、陰陽師は他に数人いたみたいだけど皆殺された。弥生家からすれば俺のせいで妖どもが襲って来たって思ったんだろうな……」


 「そんな……!」


 否定しようとする綾音に和貴は首を緩く振る。


 「兄ちゃんの死を目の当たりにしてから俺は妖が怖かった。臆病者だって言われるのは事実なんだよ。俺がいることで妖たちは弥生家に寄ってくる。何の力もないお荷物だから、慎二は俺に命じたんだ。この陰陽寮にいる間に死ねって」


 怒りを抑える渚杜の手が震える。それを見て和貴が緩く笑った。


 「……そうやって俺のために怒ってくれる人が出来た。俺に友達だって言ってくれた人たちと出会えたから俺は……死ぬことをためらったんだ。もう少しだけって言い続けて先延ばしにした」


 黒緋と裏柳が和貴を見つめる。裏柳が「だから……」と小さく呟く。化け物と対峙していた時に霊符を使うのが遅れたのか、と納得した。


 「……でも、和貴は化け物と対峙した時に生きることを選びました」


 「裏柳」


 「うん……チャンスだったのにね。まだ渚杜たちと一緒に居たいって願ったんだ。一番嫌っていたこの目も役に立つってことを教えてくれた。だから、俺はこの力を九尾狐を倒そうとするお前のために使おうと思う」


 「和貴……」


 「少しでも誰かの役に立ったらさ、次に兄ちゃんに会うときに少しだけ誇らしくなれるかなって」そう言って笑う和貴が先ほど渚杜が綾音にやったように片手を差し出した。


 「九尾狐退治には危険が伴うんだぞ?」


 「今さらだろ? 学長も言ってたじゃん、この学校に入学したからには危険が伴う。それは承知の上だ。臆病者の俺だけどさ、友達のために出来ることはさせてくれよ」


 な、とためらう渚杜の手を和貴が取る。渚杜は「ありがとう、よろしく。和貴」とその手を握り返した。


 今まで誰にも伝えたことのない胸の内を話したことで気持ちが軽くなった気がする。死んだ兄に対して許してもらいたいとは今さら思わない。弥生家からの評価もどうでもいい。ただ、純粋にせっかく出来た友人の力になりたい。初めて芽生えた気持ちに驚きつつも、悪い気はしなかった。

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