番外編3 アルデと指輪

 アルデオレがそのことに気づいたのは、夜の宿屋で寝間着に着替えているときだった。


「……あれ? 外れない……」


 オレは、体に身につける装飾品が気になる質で……最近は、男でもネックレスやブレスレットとかするらしいし、あるいは魔具として身につけている冒険者もいるわけだが、なんかこうしっくりこないのだ、昔から。


 心理的に恥ずかしいとかそういうんじゃなくて、身体的に邪魔になるというか、鬱陶しく感じるというかで。


 田舎の農村育ちだから、男がそういう装飾品をする慣習もなかったので、なおさらなのかもしれない。だから慣れれば気にならなくなると思うのだが……


 ということでオレは、夜寝る前には守護の指輪を外していた。


 ティスリには再三、指輪の付け忘れを咎められてはいたのだが、こればっかりはどうしてもな。さらには前に一度、ラーフルに寝込みを襲われて、王城地下牢まで連れ去られたりもしたが、とはいえあんなこと、そうそう起こるはずもないし。


 だからその晩も、いつものように指輪を外そうとしたのだが……


「なんで外れないんだ? おかしいな……」


 指輪をくいくい引っ張ってみてもびくともしない。だからといって左手薬指に圧迫感もないし、目を凝らしてみれば、むしろちょっと隙間が空いているくらいだ。引っ張っても、肌が引っ張られる感覚もしない。


 だというのに外れないのだ……!


「どうなってんだ、これ……?」


 もちろん、思い切り引っ張ってみたら怪我をするのは目に見えているので、オレは食堂兼酒場で爪楊枝をもらってきて、指輪と肌の隙間に爪楊枝を差し込んでみたりもしたのだが……やっぱり外れない。


 そもそも爪楊枝が一周するというのに、なぜか指輪はビクともしないのだ……!


「う〜ん……まいったなぁ……?」


 いったいどうなってるのかそのときはまるで分からず、オレは頬を掻く。


「指輪があると気になって寝付けなさそうだけど……仕方がないか」


 ということでその晩は、やむを得ず、オレは指輪をしたまま眠ったのだが……


 翌朝、ティスリを見て気づく。


(そういえばアイツ、付け忘れが多いと……守護の指輪をにするとか言ってなかったっけ!?)


 そう……いつだったか忘れたけど、ティスリは確かに言っていたぞ。指輪を外せなくするって……!


 それを聞いたオレは思わず「呪いの指輪だ!」と抗議して、それでしばらくは事なきを得ていたわけだが……


(山小屋の一件で、ついにやったということか……!)


 確かにあのとき、オレが守護の指輪を付けていれば、すぐに救助は呼べたわけだが……


 く、くそ……オレとしたことが、まさかあんな失態をしてしまうとは……


 しかし改めてティスリに文句でも言おうものなら、またぞろ山小屋での一件を蒸し返されてしまうかもだし……


 だからオレは、それとなくティスリに抗議の声を上げてみるも、しかしティスリはまったくのスルーだった!


 だからオレは、一芝居打つことにした!


「ふぅ……食った食った……」


 ということでその夜。


 なぜかティスリは、晩飯をルームサービスにしたいというので、宿屋の酒場でも部屋でもどちらでも構わないオレは承諾する。


 もしかしてあれか? 今朝はローデシア姉妹と食事を共にしたから、ちょっと警戒しているのかもな。ティスリは、あの姉妹のことはいまいちよく思っていないようだし。


 オレとしては、いい姉妹だと思うけどなぁ? ちょっとエロいとこがあるけど。


 まぁ今は姉妹のことはどうでもいいや。それよりも芝居を始めないと。


「ふあぁ……眠い……」


「急にどうしたんですか?」


 オレが嘘の欠伸をしてみると、どうしてか、終始そわそわしっぱなしのティスリは、やっぱりそわそわしながら聞いてくる。


 しかし今は、ティスリがなんでそわそわしているのかもどうでもいい。


 とにかく芝居を続けないと!


「いやぁ……オレ、最近寝付きが悪くてな」


「寝付きが悪い? あなたが?」


 ティスリは、なぜか目を丸くする……いやなんでそこまで驚くんだ? 別に驚かせたいわけではないのだが……


「あ、ああ……それでちょっと日中眠くて……」


「そ、それはいけません……!」


 ティスリは、大慌てで立ち上がる。


「今すぐ医師を呼んできます!」


「は? な、なんで急に……」


「あなたが寝付けないなんて、それはもう病気ですよ!」


「どんな理屈だそれは!?」


 なんで寝付けないだけで病気なんだよ!? いくらなんでも早合点しすぎだろティスリのヤツ……!


 だからオレは、部屋を出ようとするティスリを慌てて止める。


「待て待て! そんな大げさなことじゃないって!」


「いやあなたに限って言えば大ごとですよ!」


「だからなんで……!?」


 いずれにしても医者なんて呼ばれたら嘘がばれてしまう。何しろオレ、今は別に眠くもないし。だから一芝居打っているわけだし。なのでオレはティスリを止める。


「と、とにかく落ち着けって。医者を呼ぶにしても、ちゃんとオレの話を聞いてからだな……」


「分かりましたが……本当に大丈夫なんですか?」


 ティスリはとりあえず着席してくれるが……


 なんだか心底心配しているようで……ちょっと心苦しいな……


 いやでも、寝付きが悪いだけでこんなに心配されるなんて思ってもみなかったし……


 だから引っ込みの付かなくなったオレは、やむを得ず芝居を続けることにした。


「ああ……体調とかはほんと問題ないんだよ。ただし食後に、今までよりちょっと眠くなるだけで」


「何か、思い当たる原因はあるのですか?」


 お? 意図して誘導したわけじゃないが、これはナイスな質問だぞ。


 なんだかティスリを欺しているようで気が引けるが……いやこれはれっきとした欺しか?


 とにかく罪悪感を覚えながらも、オレはいよいよ本題に入る。


「あー、そのな? オレってば、ちょっとした環境の変化で寝付きが悪くなるんだよ」


「………………本当に? とてもそうとは思えませんが……」


「偏見がすぎるのでは?」


「いえ、厳然たる事実を言っているまでです」


「そうなの……? いやけどオレとしてはそんな感じで……ほらあれだ、枕が変わったら眠れないってヤツ」


「アルデは、どこででも寝てましたよね? だいたいこういう旅路では外泊が基本ですから枕は変わりますし、そもそもキャンプのときだって、寝袋で熟睡してたじゃないですか」


「そ、それはそうなんだが……気分の問題というかだな……?」


「まぁ確かに睡眠は、例え熟睡できていたとしても、気分によっては寝られていないと感じることもあるようですが……」


「そうそれ! それだよ!」


「はぁ……?」


 そうしてティスリは、小首を傾げながらも聞いてくる。


「そうだとして、なら原因はなんだと?」


 よ、よし! いよいよ核心だぞ……! オレは慎重に言葉を選ぶ。


「オレって、昔からさぁ、装飾品とか身につけたままだと気になって……あ、もちろん恥ずかしいとかそういうんじゃないぞ? ちょっと違和感があるというかで。だからそのまま寝ようとすると、気になって寝付きが悪くなるんだよ……!」


「装飾品……?」


 ティスリはしばし眉をひそめていたが……次第に、オレの指へと視線が固定される……!


「ああ……なるほど?」


 ティスリがコクリと頷くのと同時、オレの喉もゴクリと鳴った……!


「つまり、守護の指輪が邪魔だと?」


「じゃ、邪魔とは言ってないじゃん……?」


「なら鬱陶しいと?」


「そうとも言ってないが!?」


「わたしがあげた指輪が、邪魔で鬱陶しくて、だからアルデは付けたがらないと!」


「誰もそこまでいってないし! 日中は付けてるじゃん!」


「でもよく付け忘れているから外れないようにしたんでしょ!」


「やっぱお前の魔法か! それはまじで呪いのアイテムだからな!?」


 などと、結局言い合いが始まってしまうも……


 ……あれ?


 なんだかティスリが、妙に落ち込んでいるような……


 普段とは違うティスリの反応に、オレが戸惑っていると……


 ティスリがぽそりと言っていた。


「そんなに……わたしの指輪はイヤですか」


 な、なんだろう……


 そのつぶやきは、今までのニュアンスとは違うような……


 だからオレは、おずおずとしながら答えるしかなかった。


「イ、イヤとは言ってないだろ? ただなんというか、指輪というものには慣れてなくて、こんな小さな装飾品でも、ちょっとだけ鬱陶しいというか──」


「やっぱり鬱陶しいんじゃないですか!」


 しまった! つい本音が出てしまった!


 オレがどう弁明しようか考える前に、ティスリが言い募る!


「そうですかそうですかええ分かってましたよ! どうせわたしは鬱陶しい女ですよね!?」


「いや待て待て! 別にお前のことを鬱陶しいだなんて言ってないだろ!?」


「そうですかね!? わたしはあなたに恋人のフリまでさせているんですから、鬱陶しいと思われても仕方がないですよね!」


「いやだから! お前のことじゃなくてお前の指輪が鬱陶しいだけで!?」


「ほとんど同じことでしょう!? それは婚約指輪ということになってるんですから!」


 あ、あれぇ……?


 オレの睡眠不足を理由に、指輪を外せるようにしてもらおうと思っただけなのに……


 なんだって、こんな痴話喧嘩みたいなことに……?


 そもそもこの指輪は魔具として装着しているだけで、婚約指輪とかそんな深い意味はなかったはず……


 いや……恋人のフリをしている以上、深い意味はなくても深い意味として解釈しなくてはならんのか……?


 それはいったい……


(どういうことなんだ!?)


 結局、いくら考えてもオレでは理解できなさそうだったので、やっぱりティスリをなだめるしかないのだった……!


「わ、悪かったよ……! オレが悪かったから……!」


「そんな取って付けたように謝ってきたってダメです! 結局アルデは、わたしとの恋人……のフリはイヤだということでしょう……!?」


「ち、違うから! っていうかそんなことはひと言も言ってないし!?」


「婚約指輪を外したいとはそういう意味なのです!」


「いやこれは守護の指輪だよな!?」


「だとしても指輪には様々な意味が込められるのです!!」


 い、いやぁ……参った……


 まさかティスリが、ここまで強固に反対してくるとは……


 なんだかちょっと涙目にまでなってるし……


 オレとしては、ちょっと鬱陶しかったから外したいと思っただけなのだが……


「わ、分かったよ……指輪はもうこのままでいいから……」


「………………それじゃあまるで、わたしが駄々をこねたから諦めるみたいな言い方じゃないですか……!」


「いやまぁそうだけど……」


「そうなんですか!?」


「あ、いやいや!? そうだけどそうじゃなくて!」


「じゃあどうだというんですか!? っていうかこういう会話自体も鬱陶しいですよねすみませんでした!」


 ああもう! いったいどうすれば!?


「オレとしては、ちょっとだけ……寝る間は外せればいいなぁって考えただけなんだって。そんなご大層な意味とかぜんぜん考えてなかったんだよ」


「………………」


「だから、そういうことに思い至らなかったのは、本当に悪かったと思ってる。ましてやお前自身が鬱陶しいだとか、そんなことは絶対に考えていなかったから」


「………………本当ですか?」


 う……


 な、なんだこれ……


 あの強気なティスリが、なんだかちょっとめげている感じで、わずかに涙で潤んだ瞳でオレを見上げてくるなんて……


 最近どうも忘れかけていた情念というかが復活して、理性を殴り飛ばしそうですよ……!?


「ほ、本当だって……」


「………………なら、証拠を見せてくださいよ……」


「え……? 証拠とは?」


「それは……自分で考えてください」


 そうしてティスリは、ついっと目を逸らす。


 証拠、といわれても……


 悩みすぎたオレは、しばらく黙り込んでしまう。


 そしてティスリも、頬を赤らめたまま何も言わなくなって……


 オレの客室には、小さなクローゼットとテーブルとソファ。そしてベッドがある。それらを、ティスリが作った魔法の明かりが照らしているが……


 そこでオレは気づく!


 部屋を見回した結果、をどう証明すればいいのかに気づいたのだ!


「よし、分かった」


 そうしてオレは、立ち上がる。


 するとティスリは、相変わらずこちらは見なかったが、なぜかその肩をビクリと撥ね上げた。


「これから寝るぞ」


「………………!」


 オレがそう告げると、いよいよ真っ赤になったティスリがこちらに視線を向ける!


「いいい、いやあのその!? あからさまにそうハッキリ言われると!? あなたはもうちょっと紳士的な振る舞いはできないのですか!? あ、でも今のでちょっと汗をかいてしまったからせめてシャワーを……!?」


 どうしてかティスリが大慌てになっているが、それに構わずオレはベッドに入り込む。


「ティスリ、明かりを消してくれ」


「で、でも……せめてシャワーを……!」


「いやいいって。そもそも明るいと眠れないじゃん」


「た、確かに……明るいのは恥ずかしいので消しますが……」


「恥ずかしい? 何言ってんの?」


 そうしてオレは、ぽかんとしてティスリを見た。


 何かを覚悟したかのようなティスリを。


「別に、お前が恥ずかしがる必要はないだろう?」


「……え?」


「さっきのオレの話が演技だったと証明するために、オレはこれから寝るからさ。お前はそれを見ててくれよ」


「……は?」


「いや本当は、別に寝不足ってわけでもないんだよな。なんとなく寝にくい気がしているだけで、よく眠れているし」


「………………」


「寝付けないというのは演技……というか嘘だったんだよ。本当にすまん。だからそれを証明するために、これから寝てみせるから」


「アルデのバカ!!」


 そしてティスリは、オレの部屋を飛び出してしまった。


「………………なんで?」


 ということでオレは、あっけにとられるしかないのだった!


(おしまい)

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孤高のクーデレ王女がご執心!? オレは王城追放の平民なのに、なぜか二人っきりで逃避行!(最新章のみ公開) 佐々木直也 @naon365

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