第13話 その結果


 5周以上経過……


「ごめん、知らないなー」

「ごめんなさい。見てないわぁ」

「見てないなぁ……それより、お嬢ちゃんかわいいねぇ、今から僕と……」

「知らぬ、存じぬ、見ておらぬ!」

「知らんわ」

「それ違う! うちのペットだから!」


 案の定、といった所だろうか、手がかりはゼロだ。それに、犬自体は見つけるのだが、教えてもらった情報とは一致しなかったり、誰かの飼い犬だったりする。


 そして気づくと、ウールは街の中心の噴水広場に来ていた。ここは朝にリューバと作戦会議をした所である。

 その瞬間、ウールは一気に焦り出した。なんせ、街の全箇所を一通り調べても探している犬は見つからないのである。


「ぐっ……これは……!」


 確かに街の至る所を念入りに探したはずだ。

 それでも見つからないということはそれ以上に時間をかけて探さないといけないということだろうか、もしくは場所を移動したのだろうか。


 移動したとすればもう1周回って……いや確認済みの所にはもう現れないとは限らない。それなら何周も……? いや待ち伏せる? それとも……


 ひとつ間が空いて、


「――あぁぁぁもぉぉぉぉぉぉぉぉう! どこなんですかぁぁぁ!!??」


 遂にウールは吹っ切れた。

 考え出すと次々に出てくる理不尽、迫る時間制限、やり場のない怒りは昼下がりで人が割といる噴水広場で爆発したのだ。


「ここですか!?」

「そこなのね!?」

「どこなのよぉぉぉぉっ!!――」


 家と家の間、店のカウンターの奥、果てには道の真ん中で、なりふり構わずひとつ叫ぶ様子はまさに奇行、周りの人は変な目で彼女を見ているが、もちろん気づくはずもない。


 

 そしてその勢いのまま街の中心部を何周かした後、遂にバッテリーが切れた。

 色んな意味でヘトヘトになったウールは、とりあえずすぐそこにあった建物の壁にもたれかかって座り込んだ。もうその頃には真昼間のような人盛りはなく、昼間からぐったりと座り込む彼女を変な目で見るのも、たかが数人程度に落ち着いていた。


 昼下がりの優しい風が高揚していたウールの心と体温をゆっくりと元に戻していく。それからしばらくすると、ウールはようやく周りの声や音がしっかりと聞き取れるくらいの余裕を持てるようになった。



 すると、どうだろう。無駄に動き回るより待っていた方が良かったのだろうか、やってきたのは偶然の出会いだ。

 動かなくなってからだいたい30分後くらいのこと、


「わんわん……うん、偉い子だねー」


 そんな声がウールの耳に入った。


「……犬、ですか……?」


 重い体を起こし、その声のする方向に視線を向ける。

 すると、目の前にいたのは白い子犬を抱えた少女だった。


「うん、わんちゃんだよー。ちっちゃくて可愛いでしょー?」


 少女はウールの存在に気づくと、そう言って腕に抱えた犬をウールの前に差し出した。


「あっ……その子って……?」


 だが、その犬はウールの脳内のあるイメージと一致した。


「もしかして、どこかで拾ったとか……そういうのですか?」


「うん、そうだよー。街中で寂しそうにしてたから、一緒に遊んであげてたの」


 白くもふもふした毛に小さい容姿、朝に聞いた犬の説明と一致する。それに、今の発言を聞く限りその可能性は高い。


「あの、この子を預からせてもらって大丈夫ですか? 実は飼い主の方が探していて……」


「うん、いいよー。私も仕事中だしねー」


 仕事中なのにそんなことして大丈夫なのか、という疑問はさておき、少女はウールに犬を慎重に手渡した。一気に犬の重さと体温を腕に感じる。


「後は任せたよー」

「あ、はい。ありがとうございます」


 ウールがそう言うと少女はひとつ微笑み、どこかへ歩いていった。


「さあ、ずっと探していたんですよ。みんな心配してますから、早くお家に帰りましょうね」


 

***


「本当に、本当にありがとう!」


 ウールは依頼者の家の前に来ていた。


「いえ、このウールにかかれば当然の結果です!」


 愛犬との再開に笑顔をこぼす依頼者を前にウールは上機嫌だ。プレッシャーや苛立ちといった謎の抑圧から解放され、昼過ぎとは比べ物にならないくらい軽い足取りでここまで来た。


「ほらほら、ウールちゃんにお礼言うんだよ」


 そう言われて、女性の足下からひょこっと姿を現したのは小さい女の子、朝とは違って満面の笑みを浮かべている。


「ありがとう、おねーちゃんっ!」


「はい、これからはずっと一緒にいてあげるんですよ」


 すると女の子は大きく頷き、そして犬を抱えて家の中へ走っていった。

 犬が帰ってきてくれてよっぽど嬉しかったのだろう。ウールの初めての報酬は、そんな女の子の満面の笑顔と、心からの感謝の言葉と、それらに辿り着けた小さな達成感だった。


「あっ、そうだ。依頼者にサインをよろしくお願いします」


「うん、これで……よしっ、本当にお疲れ様!」


「はい、ありがとうございます。これからもウールをよろしくお願いしますっ!」


 サインをもらった依頼書を受け取り、クエスト終了。ウールの初陣は、無事成功に終わったのだ。




 そして帰り道、上機嫌にギルドに向かうウールと目が合ったのは、


「あっ、リューバじゃないですか」


 よく見てみると、手には何本かの草を持っている。同じ方向に歩いていた辺り、リューバもクエストが無事に完了したのだろう。


「自然を堪能しながら歩いていると意外と早く済んだよ。君も、どうやら早めに終わったみたいだね」


「はい、この通りです!」


 ウールはそう言ってリューバに依頼書を見せつけた。


「そうか、それは良かった。君のことだから何かやらかすと思ったけれど、どうやら心配しすぎたようだ」


「女神を侮られては困ります。これくらいできて当然です!」


「ははは、そうかそうか。それじゃあ、ワタシで3枚、2の依頼書をギルドに提出しに行こう」


「そうですね……って、あ」


 その時、ウールは思い出した。

 いま手に持っている紙の他に、もう1枚別の紙を持っていたことを。

 つまり、この残り時間にしてクエスト2つのうち1つしかやっていなかったことを。


「えへへ……クエストって、2つあったんだぁ……」

「は?」


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