第10話 レオの料理は世界一なんだ
監視者から消されるのを回避した私は、なぜだか勇者レオに手を引っ張られている。
ぐいぐい引っ張られて、部屋を出て、行きたくもないのに宿の厨房へと連れていかれた。
私にはよく分からないけれど、レオが手際よく料理をしているみたいだった。
料理……。見るのは訓練施設に連れて行かれる前にママがしていたのを見て以来かもしれない。
レオはなんだか凄く楽しそうに料理をしていた。
「料理って楽しいの?」
「おう。これからロリっこが美味しくて美味しくて泣き出すんだろうなって思うと、すげー楽しくてたまらないぜ」
「ロリっこじゃない。アリス」
「ははっ、そうだったな。アリス、楽しみにしてろよ。超美味しいもの食べさせてやるからな」
よく分からないけど、私はこれから泣かせられるらしい。
催涙系の毒でも入れられるんだろうか。どうせ毒を入れるのなら即効性があってすぐにパタッと死ねる毒がいいのにな。
泣き殺しとかあるんだろうか。笑いながら死ぬとものすごく苦しいっていうけど、泣きながら死ぬとどうなんだろう。
私は近くにあった樽に座って待った。
料理ってけっこう時間がかかるみたい。効率の悪い食事だなって思った。
足をパタパタしながら待つ。
レオはてきぱき動いて料理を進めていく。
「いい匂い」
「だろ? 腹が減ってくるだろ?」
「ぜんぜん減ってこない」
「ははーっ、やせ我慢してやんの」
「やせ我慢してない」
「してるしてる。ぷぷーっ。子供は分かりやすいなーっ」
本当にしてないのに。
でも不思議と、よだれはいっぱい出てきた。
もうしばらく待ったら、やっと料理ができたらしい。私は席につかされた。
座っていたらレオが目の前にお皿をたくさん置いてくれた。凄い量の食料だった。
「これが、料理……?」
「おうよ。食ってみな。元気がでるぞー」
よく分からないけど、料理を手で取ってみた。
茶色い。ちょっとギザギザ? それを口に入れてみた。毒を入れているにしては見た目がこってるなって思った。
歯と歯の間でさくっとした感触があった。初めての歯ごたえだった。え――?
「――っ。――っ。――?」
口の中で味がじゅわーっと広がっていった。なに、なんなのこれ。美味しい……? これが、美味しい……?
「どうだ? 美味しいだろ?」
「よ、よく分かんない」
「その感覚が美味しいっていうんだぜ?」
レオがニコッと笑った。
これが美味しいってことなの? 私、初めて知った。噛めば噛むほど美味しいが増えていく。私はあっという間に一切れ食べてしまった。次も、その次も。
レオがニコニコしている。変にニコニコしているから気持ちが悪い。
「なんで笑ってるの?」
「だってさ、アリスが嬉しそうにして涙を流しながら食べてるんだぜ。俺の料理をそんなふうに食べてくれたやつは初めてだよ。これが嬉しくないわけがないだろ?」
「涙を流してる?」
油がついた手で顔を触ってみた。涙でびしょびしょだった。間違いなく私は涙を流している。
恥ずかしくなった。袖でごしごしした。
「泣いてない」
「泣いてた」
「泣いてないの」
「泣いてた」
「うっさい。これが料理なの? なんていうの?」
「料理の名前か?」
「そう。知りたいの」
「トンカツ」
「トン……カツ……?」
「そう、トンカツだ。ロースの肉に塩コショウで味付けしてさ、小麦粉とパン粉と、あと卵を付けて油で揚げるんだ」
なにを言っているのかは分からない。でも、トンカツはとにかく美味しいがいっぱいだった。七歳の頃からずっと栄養食しか食べていない私には感動的すぎた。
「じゃあ、これは?」
「キャベツの千切りだな」
「この赤いのは」
「トマトだ」
「こっちは?」
「味噌汁だぜ」
「これは?」
「ご飯だな」
「凄い! ぜんぶ美味しい!」
「ぜんぶ合わせてトンカツ定食って言うんだぜ」
レオはニコニコしている。私はだばだば涙を流していた。涙が口に入ってくるけど気にしない。美味しくて美味しくて食べる手が止まらなかった。
「トンカツ、もう一枚食べるか?」
「うん、食べる!」
「ははは、気に入ったぜ。アリス、お前、俺の仲間になれよ」
「え?」
「毎日美味しいもの、食べさせてやるぜ?」
「うん、なる!」
これが、私とレオの出会いだった。このときに食べたとんかつの味と感動は今でも覚えている。私はレオに完全に胃袋をつかまれてしまったわけだ。
ちなみにこのあと、美少女たちにレオが散々怒られるというオチがついた。
ハーレムパーティーにもう三人も美少女がいるのにまだ満足できないの。しかも、ロリとかそういう変態性癖があったわけ。施設に預けるはずだったでしょ。という感じの怒られ方だった。
私の子供の頃の思い出、おしまい。
視線を目の前にいるレオに戻す。今、英雄食堂の二階で晩ごはんを食べているところだ。
ちょうどレオに質問されたところで、「アリスはなんで俺のためにこんなに良い店を用意してくれたんだっけ」って聞かれたところだね。
私の答えは決まっているよ。
「だって、レオの料理が私にとって世界一だからだよ」
もう子供のときみたいに料理を食べて涙を流すことはなくなったけど、それでも食べるたびに笑顔になれる。それがレオの料理だ。
「そっか」
レオは少し照れくさそうにした。でも、すぐに笑顔を見せてくれた。私の大好きな笑顔だ。
「それじゃあ、アリスのためにも、もっともっと頑張って美味しい料理を作らないとな」
「うん! 私、レオのサポートを頑張るね」
「ああ、よろしくな!」
いろんなお店でいろんな料理を食べたけど、レオより美味しい料理を作れる人はいなかった。
私にとって、レオの料理は世界一なんだ。
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