実験

 オークに敗れ私はめちゃくちゃにされるんだと思い諦めかけていた時に人影が見えた。

 女は今ある力を振り絞って全力で叫んだ。

「たす......けて! オークが!」

 その女が何を喋っているかは分からずとも助けを求めていることは理解出来たのか女が叫ぶ方向を向くオーク。

 女は先程まで絶望の表情だったのに、今は微かな希望が見え、目に光が戻ったのも束の間。

「魔......ぞく?」

 恐る恐るそう呟く。

 ただ、オークに犯されるぐらいなら魔族に殺して欲しかった。

(魔族でもなんでもいいこの状況からたすけて!)

 そう心の中で呟く。

「お、願い......たす......けて」



(気の毒だとは思う、ただ、それ以上の感情は湧いてこないな)

 俺がそう考えていると......

「貴様! 誰に向かって口を聞いている!」

 そう言うラルフの顔は本当に怖かった。

「落ち着け」

 俺はオークと女を観察した、そして気がついた、女の腰には刀の様なものがあることに。

「ラルフ、あのオークを殺せるか?」

「はっ、容易いです、あの忌々しい人間はどういたしますか?」

 少しは正気を取り戻したようだがやっぱり怖かった。

「聞きたいことがある」

 俺がそう言った瞬間に女の目からはクマが一瞬でオークの前まで来ていたことだろう。

 そしてオークとの間合いを一瞬で詰め、まだ、オークが状況を把握する前にクマパンチ。(オークは魔獣ではなく魔物なので敵対してきている)

 クマパンチ......俺の表現がちょっと可愛かっただけで威力は全然可愛くない。

 それでもラルフが手加減している事が分かる。

 ラルフが一瞬で距離を詰めたとはいえ俺には見えていた、そして、殴る瞬間に威力を落としていたことも。

 ラルフが本気で殴ればオークの体はぐちゃぐちゃに破裂していただろう、ラルフが人間に気を使うとは思えないので俺に血が飛んでこないように手を抜いたんだろう。

 ラルフにより吹き飛ばされたオークは動揺で女の足を放してしまいオーク1匹で数回バウンドし木にぶつかる、ぐったりとし動く様子はない。


「流石だな」

「勿体なきお言葉」

 ラルフのドラゴンのしっぽがどんどんと地面を叩き地面が揺れている。

 嘘はつけないタイプだなと内心で思いつつも女に近づく。


「おい、その腰につけている物は何だ?」

 俺がそう聞いてもぶるぶると震えながら答えない。

(ここで、きびだんごですとか言われたら面白いけど)

「人間風情がユキ様に話しかけられていると言うのに」

 ものすごい顔でラルフが睨みながらドラゴンのしっぽで女を持ち上げる。

「ラルフ、やめろ」

「出過ぎた真似を、申し訳ございません」

 我に返ったのか女をはなす。

「それで? 質問に答えてくれるか?」

 恐る恐るといった感じで喋り始める。

「こ、これは私の故郷に伝わるものでして......親が旅にでるならと私のために打ってくれたものです......」

「その故郷とは?」

「ここから、あっちの方へ進み、海を渡った所です」

 そう言いながら指を指す。


「見せろ」

 軽く手を出す。

 そうすると女はガタガタと震えながら腰から刀を取り震えた手で恐る恐る俺の手の上に置く。その時女の手が震えていたため鞘がガタガタと音をたてる。


 そして俺は刀を鞘から抜いてみる。

「なるほど......ラルフ、人間に何か使い道はあるか?」

 なるほどとは何がなるほどなのか自分でもよく分からないが、誤魔化すようにラルフに聞いてみた。

「はっ、魔獣を召喚する際に生贄として」

 生贄......

「それは、死体じゃだめなのか?」

「いえ、問題ありません」

 その会話はもちろん女にも聞こえている。

「ちょうどいい実験だな」

 実験......俺が人を殺しても何も思わないか、この刀は俺の魔法に耐えられるかと言う2つの意味があった。


 俺は鞘から刀を取り出し、右手に持ち何も無いところで縦にふる。

 その瞬間黒い炎の様なものが刀を纏う。

「何か、言い残すことはあるか?」

「まさか、親から貰ったもので殺されるなんて......本当に皮肉な話しね」

 言い終えた瞬間俺の刀が女の首を落とした。

 もう一度刀を振り炎を消すと同時に血が地面につく。


(何も感じなかったな......そして俺の魔法にも耐えられた、何より驚いたのが骨を切っているはずなのに、まるで普通の豆腐をお湯につけた時箸で取ろうとしても全然取れない豆腐のように柔らかかった......分かりやすそうで分かりにくいな)

 そこで雪は気づいた。

(魔王城まで歩かせてから殺せばよかった......俺1人なら転移出来るが......)


「しかたない、ラルフ、お前の感想を聞かせてくれ、今からこいつの死体を使ってスケルトンを生み出す、人間を生贄として召喚する魔獣とどちらが使えるかお前の意見を聞かせてくれ」

「分かりました」

 その言葉を聞き終え、俺は女の死体に手を伸ばす。

 頭と体が切り離されているので頭を体に押し付けるようにして俺の手から黒い禍々しいオーラが女の死体を包み込む。

 そして禍々しいオーラが消える頃には一体のスケルトンが出来上がっていた。


「どう思う?」

「少し試して見てもよろしいでしょうか?」

「構わん」

 俺の言葉を聞きスケルトンに近づくラルフ。

 ラルフがさっきの女が確実に避けられない速度のパンチをくり出す。

 あろう事かそのパンチをスケルトンは受け止めた。

 いくら手加減していたとはいえラルフも動揺を隠せない。

「流石ですユキ様、スケルトンとは筋肉の無いただの骨です、一部の例外を除けばですが......その骨が俺の攻撃を受け止めるなんて普通であれば考えられません......ユキ様の魔力を宿した影響でしょう」


(例外ってのは恐らくランドルのことだろうな、そしてこの反応からして魔獣を召喚するよりスケルトンの方が優秀か)

「仮にこのスケルトン一体をあの街に向かわせればどうなると思う?」

 ラルフは少し考え答える。

「あの街にはAランク以上の冒険者がいると言う噂は聞きません、Bランクの冒険者パーティを3パーティ程なら余裕でしょう」

「なるほど、参考になった」

「勿体なきお言葉」

「そろそろ城に戻るか、お前もついてこい」

 そうスケルトンに言い聞かす。

 スケルトンは大人しく付いてくる。

 そして雪の少し後ろで警戒を怠っていないラルフも付いていくのだった。

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