第49話リオラ対カレン

 戦いはカレン対リオラ姉ちゃん、アイラと呼ばれたヴァンパイア対勇者と騎士という形になった。

 エリシア、フレアは風の大魔法使いがヴァンパイアとなっていること、そして俺と親密そうな雰囲気を見て、敵かどうか判断がつかずに戦いには混ざらなかった。 


「ノアを返せっ!」


 目にまとまらぬ速さで肉薄するカレンを、リオラ姉ちゃん(以降リオラ)は地面から生やした黒い影で妨害し速度を殺す。

 そして所持している剣で打ちあう。 

 そこで押し勝つのは剣聖カレン。

 上段からの振り下ろしを受けたリオラは体勢を崩すが、それも織り込み済みだった。

 不可視の風の刃があらゆる方向からカレンに襲い掛かる。


「甘い!」


 しかしカレンはそれに見向きもせず、追撃を仕掛ける。


「んなっ!?」


 予想外の前進にリオラは更に風の魔法を発動、大きな回避を取る。

 残ったカレンに無数の風の刃が直撃する。


「……効かないわよ」


 刃は、カレンの体に触れた瞬間に何もなかったかのように消失した。


「風の魔法が効かない……? 何かの能力かな」


 リオラは影の魔法を回避し、風の魔法を無視したカレンの行動に、ある程度の目星をつける。

 とりあえず風の魔法で攻撃するのはやめようと決める。


「言うわけないでしょ。私のノアを早く返しなさい」


 かちゃり、と剣先をリオラに向ける。

 そのリオラは余裕の表情だ。


「だってさ、ノアくん。帰りたい?」


「……うーん。人間領には帰りたいかも」


 流石に魔族領にずっといるのは少し嫌だ。

 今の俺にはミーシアたちもいる。

 ずっとここで暮らすのは考えていない。


「えっ!?」


「いや、リオラ姉ちゃんがついて来てくれれば一番嬉しいな」


 また、人間領で一緒に暮らしたい。


「ノアくん♡ わかったよ、お姉ちゃん一緒について行くね!」


「ノア!? なんでそいつの肩を持つの!」


 カレンから悲鳴に似た声が上がる。


「いや……だってリオラ姉ちゃんはお前が勇者と行った後、俺を救ってくれた恩人だし」


「あぁ……この女がノアくんの人生を狂わせた元凶の……。まあ、ノアくんと引き合わせてくれたことには感謝するけど、ノアくんに酷いことしたくせに彼女ヅラするのやめたら?」


 リオラ姉ちゃんは俺の過去を知っている。

 そして当時の俺の憔悴具合や、まだ気持ちの整理がついていない状況でその話をしたため、カレンや勇者に対する印象が最悪なのだ。 


「彼女ズラ? ノアは私のことが好きなの。今はちょっとすれ違いがあったり、意地を張ってたりして素直じゃないけどね。ほら、照れてないでこっちおいで」


「好きだった、の間違いだろう。私は聞いてるよ、キミがノアにどんな仕打ちをしたのか。それがどんな結果になったのかもね」


「あ、あれは私が洗脳されてたから仕方がないのよ! だからその誤解を解こうとしてるの!」


 誤解か。

 別に誤解なんてないと思うが。

 俺はカレンが洗脳下にあっても、自分の意志があるならそれはカレンの選択だと思ってる。

 カレンは洗脳されてたから仕方ない、そういう理屈だろう。

 結局、俺たちはその部分では相入れないし、友人を侮辱したところも許せない……はずなんだよ。


「ねえ! ノア!」


「……」


 懇願するようなカレンの視線に、目を逸らす。


「……ほんとに、もう無理なの?」


「ぅ……」


 カレンは、洗脳下でも最近まではずっと俺の話をエリシアやフレアにしていたと聞いた。

 それはつまり、洗脳されながらもずっと俺を考えていてくれたということ。


 その感情は本物なのだということは、分かっている。

 これまでの道のりでも、エリシアやフレアの俺に対する接し方や、二人がカレンの悪口を一切言わないこともからも、彼女の本質が変わっていないことはなんとなく分かった。

 ただ、狂いつつあるということも。


 カレンと合流してからそんな複雑な感情は胸の中にあった。

 許せないが、酷いことはしたくない。


 そんなぐちゃぐちゃの整理できない感情が俺の言葉を詰まらせる。


「がぁぁぁあっ!?」


 葛藤に揺れる思考を現実に引き戻したのは、勇者の苦痛の声だった。


 そちらを見ると、勇者が壁にめり込むようにぶつかっており、隣で気絶している騎士共々多くの血を流している。


 どうやら決着がついたらしい。


「リオラ、手こずっているようだな」


「うん、風魔法が効かなそうでね」


「ほう」


 かつ、かつと悠々と歩いてくるアイラ。

 二人を相手にすれば、カレンは間違いなく負けるだろう。

 もしかすれば、死ぬかもしれない。

 俺のことになるとめちゃくちゃなことをしているカレンならあり得る。


 それは、嫌だ。


 めちゃくちゃな感情の中で、それだけは思った。


「……カレン」


「……なに?」


「少し、時間をくれないか」 


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