第32話選択
グードンによって捕縛された二人は、後ろ手で縛られて、人気が少ない棟の屋上に運び込まれた。
「離してよ!」
「……痛い」
必死に身を捩るも、縄が解ける気配はない。
「どういうつもりよっ! こんなことして許されると思っているの!?」
「うるさい」
「あぐっ……!」
グードンが黙らせるために蹴りを入れたのは、吠えるリアではなく、ルア。
「る、ルア! くっ……」
自分が暴力を受けるならともかく、大切な妹が代わりに被害を受けるのでは、黙らざるを得なかった。
「さて、静かになったことだし、質問に答えてやる。答えは、許される、だ。正確には、お前らが許すんだけどな」
グードンは自信満々に胸を張る。
「俺が手に入れられなかったものはない。なぜだか分かるか? 俺が魅力的過ぎるからだ。最初は反抗的な見る目のない女でも、数日しっかり調教してやれば、俺にずっぷり入れ込んで従順なメス猫になるんだよ。お前らも例外じゃない」
瞳に浮かぶのは、自信、愉悦、下心。
二人はここまで本音を隠そうとしない男にあったのも初めてだが、気持ち悪さに汗が滲んだ。
「……」
二人とも、苦言の一つでも言ってやりたかったが、もう一人のためにお互い黙り込む。
「その殺意を秘めた目が、調教によって徐々に快楽と愛情に堕ちていく過程がそそるんだよぉ……!」
「……何が目的なの?」
「目的ぃ? ああ、好みの女を俺のものにするってことと……その周りにいる分不相応なゴミを処理することだよ」
「っ……!」
リアはノアを侮辱され、音が鳴るほど歯を噛み締める。
「だからよ、そのゴミを捕まえて、お前らが俺に堕ちていく様を間近で見せつけて絶望させてから、死んでもらおうと思ってな」
そう言って、グードンは二人の目の前でしゃがみこみ、未成熟な胸を揉む。
「ひっ……!」
「ぅぅ……」
二人は嫌悪感と、これからのことを想像し、恐怖を顔に貼り付ける。
「くはは……いいねえその表情! そそるなぁ!」
人生で最悪の体験に、二人は身を固くすることしかできない。
しかし、グードンの手が止まる。
「……そういえば、なぜお前らは俺のことを嗅ぎ回ってたんだ?」
「……」
沈黙。
もしグードンに全てがバレれば、ミーシアたちはもちろんのこと、もっと大きな問題になりかねない。
いや、必ずなるという確信があった。
「おい、リア、答えろよ」
「……」
迷う。
「あぐぅっ……!」
「ちょっと!?」
一瞬の沈黙、それを見たグードンは容赦なくルアの腹に拳を叩き込む。
苦悶に歪むルアを見て、リアは喋るしかないと思った。
「おねえ、ちゃん……」
だが、見つめるルアの目と、言葉がそれを止める。
黙っていれば、ずっとルアが傷つけられる。
自分が喋らないせいで、生まれたからずっと一緒の大切な妹が暴力を振るわれ続ける。
「おら! 言わないなら死ぬまでやるぞ!」
「ふぐぅっ……!?」
悩む間に、また拳が飛んだ。
もし話したのなら、とりあえず暴力は止められるが、メディアスとフィレンツ家がやり玉に上げられるだろうし、自分には思いつかない危険があるとも感じる。
自分が話したせいで、ミーシアやサーシャ、ノアが危険な目に遭う。
葛藤、逡巡。
妹を取るか、友人や好きな人を取るか。
「おらぁ!」
「ごぇっ……」
ルアの、もはや言葉にならないうめき。
リアは、それを聞いて決心した。
「話すわ! 話すからもうルアを殴らないでぇ!」
「ぉ、おね、ちゃん……」
嬉しそうな、でも哀しそうなルアの顔は、もうリアには見れなかった。
「……と、いうことです……」
リアは、涙を流しながら知っている全てを話した。
ノアが昔ガーネット伯爵家に襲われたこと。
その復讐を伯爵家に行おうと、みんなで調査しているということ。
全部話した。
話終わると、唯一の友人たちを裏切ってしまったことを実感した。
もう、合わせる顔もないし、みんな自分のことを軽蔑して、嫌われる未来を想像する。
ミーシアは激怒した表情で、サーシャは軽蔑し、ノアは『やっぱり貴族は』と失望する。
そんな光景を脳裏に浮かべ、心が折れた。
思考を放棄し、がっくりと項垂れる。
そんななか、妹のことが浮かぶ。
妹はあたしを見捨てないだろうか。
ミーシアたちは、殴られただけの妹には優しくしてくれるだろうか。
妹は、これまでと同じ道を歩めるのだろうか。
あたしが殴られる側だったら……?
あたしが殴られて、選択権が妹にあったなら?
あたしはこんなに辛い思いをしないで良かったの?
違う、こんなことほんとは思ってない。
ルアは大切な妹で、理解者だ。
でも、ルアは気楽でいいなあ。
選ぶ苦痛、失う恐怖、双子で違うかもしれない未来。
様々な感情がリアに濁流のように押し寄せた。
たすけてよ、ノア
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