第24話勇者強襲
貴族と平民の割合が8:2くらいである魔法騎士学園では、貴族間でのハメ合い、騙し合い、蹴落とし合いが日常茶飯事である。
そして"出る杭は打たれる"という言葉がある通り、目立つ陣営は注目を集めやすく、その中にはその注目を快く思わない者もいる。
ノアやミーシアの集まりは、一年生の中でその筆頭だった。
ノアとサーシャは裏ボスを二人で打破し、ミーシア、リア、ルアは本来いるはずのない、低位ではあるが地竜を倒した。
政界では、ノアを除く女性陣は美しさだけでなく、魔法の才能にも溢れた才女というような評価を受けつつあった。
だが、公爵家次女ミーシアや、風魔法の権威であり、何代に一度かは風の大魔法使いを排出するフィレンツ家のサーシャ、実は他国の王族であるリア、ルアに、僻みだとか、反応が悪いからといったしょうもない理由でおおっぴらに手を出せるような
となるとノアがヘイトを買うのは自明の理。
普段、男貴族の誘いに全く靡かない彼女たちと唯一触れ合っているということも作用し、ミーシアの奴隷である彼に痛い目を見せてやろう、と考える者は意外と多かった。
ミーシアたちがそれを聞いたら激怒するだろうが、貴族の間での奴隷の価値は、死んだら替えよう程度の認識なのである。
「おい、ちょっと来い」
「は? なんだよ……ぐぇ」
俺は休み時間、トイレに行く道で見たこともない貴族に首根っこを掴まれて空き教室へ連れ込まれる。
「お前、ミーシア様たちとずいぶん仲良いじゃねえの。俺にも紹介してくれよ?」
「……はぁ」
最近、こういうことが多発しており、またか、とため息が出る。
何人かの話から推測するに、『お前だけ美人と仲良くでずるい。紹介するかボコボコにされるか選べ』みたいな話だ。
マジでとばっちりもいいところだし、本気で貴族クソだと思う。
「なんだそのため息は!? 舐めてんのかッ!」
男は激昂し、拳を振り上げる。
「何してるんだい?」
「あびゃ!?」
かこぉん、と木刀と硬いものがぶつかる音がし、貴族の男は倒れる。
「大丈夫かい? 全く、何回襲われれば気が済むんだキミは」
「あはは……ありがとうユズリハ」
俺に言われてもって話だが、言うと面倒臭そうなので黙っておく。
「でも、キミを守るの、母性というか、庇護欲が満たされて最高にイイ……」
「? ほんとにいつもありがとうな」
なんか言ってる。
最近よく襲われる俺だが、そのタイミングでいつもユズリハが助けてくれている。
『キミが心配すぎて、良く様子を見に行ったりしてる』だそうだ。
「あぁほんと、ずうっと守っていたい、頼られたい……ボクだけ頼りにして欲しいなぁ……」
「何言ってるかわかんないけど、俺もう行くね」
ぶつぶつ何か呟いているユズリハを置いて、俺は悲鳴をあげている膀胱を救いに行く。
「勇者パーティが帰ってきたらしいぞ」
用を足して教室に戻ると、周りの生徒が噂をしている。
「……勇者パーティか」
ひとりごちる。
興味がないと言えば嘘になるが、自分から関わろうとは思えない。
勇者と幼馴染の件については乗り越えて、前を向こうとしているのだ。
訣別した、といってもいい。
今更関わること、なんなら姿を見るだけでも心が乱れそうだ。
「今回の遠征ではオルトロスを討伐したらしいぞ」
「流石だよなあ」
くだらない話をBGMに、俺は教科書を開いた。
いつものテラスで、俺たちはいつも通り昼飯を食べている。
いつもと違うのは、ルナトリアが控えていないことか。
「ルナトリアは今日休み?」
「今日から一週間くらい用事で休みよ」
「へー」
あまり休むイメージがなかったため、少し意外だ。
「進捗はどう?」
サーシャが口を開く。
「伯爵家の悪行や弱みについてはなにも。関係者に関しては、赤髪の火の魔法使いがお姉様を打ち倒すほどのものであるとするならば、同格以上の相手です。となると、火の大魔法使いなどに絞られてくるんですが……」
「入学式に来ていた人は別人だと思う」
「となると、今代より前の大魔法使いの線が濃厚ですね。特に有力なのは、研究熱心で魔法のためには人を殺めることすら厭わなかったという先代の火の大魔法使い、カトリーヌ様」
「人柄を聞くだけだと、そうとうぽいわね」
「はい。なので、そこに当たりを付けて調査中です。伯爵家のことは……」
「ええ、私に任せて」
話にほとんどついていけない。俺の復讐なのに。
「……」
脇腹をつんつんされ、そちらを見る。
「ん? どうしたルア……?」
普段は左目を隠すような髪型をしているルア。
この少女も左目を隠しているが、なにか引っかかる。
なんか、ちょっとほっそりしているような……。
「……お前リアか?」
すると、口をぽかんと開けたあと、飛び跳ねた。
「せ、せいか〜いっ! すご〜い! なんでわかったのっ!?」
「う〜ん、最初は違和感だったけど、なんかルアにしてはスラっとしているような感じがした」
そういえば、リアは剣を使って、ルアは魔法を使うから、日常的な運動量が違うのか。
それが微妙に体格に表れているわけだ。
「……むぅ、もう一回」
そうして何度もどっちでしょうゲームで遊んでいると、
「はぁぁぁぁッ!」
「ーーーッ!?」
「壁よっ!」
裂帛の気合いと共に空から剣を振りかぶった男。
サーシャが咄嗟に風の壁を張るが、僅かに落下地点をずらすに終わる。
俺は真前にいたルアを足で蹴り飛ばし、斬撃のラインから押し出す。
「きゃあっ!?」
フェンリルからもらった剣を虚空から召喚、できるだけ魔力を注ぎ込みながら自分の前に置き、
ガギィィ!
衝突。
そのまま地面に叩きつけられ、縦に振り下ろされていた剣が肩を5cmほど抉り、ようやく止まる。
「ぐゔぅぅ……!」
元々の力の差に加え、高さが加わった攻撃を無傷で止めることは不可能だった。
むしろこの程度で済んだことは幸運だったともいえる。
「なに、してるの!」
リアの反撃を男は飛び退いてかわした。
「勇者様! 私の奴隷に奇襲を仕掛けるなんて、どういうおつもりですか?」
俺の前に立ち、ミーシアは男を勇者という。
男は整った顔立ちだが、隠せない性悪さが溢れ出ていた。
「なに、ダンジョンの裏ボスを倒したと聞いてな。ちょっとした小手調べだよ。ミーシア様」
心底見下したような視線を俺に送ったあと、ニタリと粘着くような笑みをミーシアに送る。
「小手調べの攻撃ではありませんでしたが」
「裏ボスを倒したんだ。このくらい無傷で防ぐと思っていたんだけど……」
「武装もしていない相手が、ですか?」
「ああ。ボスを倒したその魔法でね」
全く悪びれる様子のない勇者。
自分の行動は全てが許されて、自分の思い通りに行くと思ってそうな自己中心ナルシスト世界の害悪野郎だ。
痛む肩をリアに抑えてもらいながら、俺は奴をそう分析した。
「まあ、この様子だと裏ボスも大したことなさそうだね。それより、ミーシア様、それとサーシャ様? ウチのパーティに入らないか?」
突然の勧誘。
しかし勇者パーティからの栄誉ある勧誘に、ミーシアたちはもちろん、勇者の所業を見ていた外野からの歓声もなにも起こらなかった。
「……遠慮するわ」
「お断りします」
ミーシアとサーシャは射殺すような視線を勇者に送る。
「ふぅん……。公爵家は厳しいかもだけど、魔法で成り上がったフィレンツ家くらいなら俺の命令で言うこと聞かせられると思うけど……。自分の意志で来るか、権力で無理矢理来させられるか、どっちが良い?」
「ふざけないでください! 友人を傷つけたあなたになんて絶対に屈しません!」
明らかな脅迫に、サーシャは激昂する。
「サーシャは私の友人なの。そう簡単に行くとは思わないことね」
いつの間にか敬語を忘れたのか、それとも敬う価値がないと外したのかは不明だが、ミーシアが庇う。
「ふん……後悔するなよ。エリシア、そいつを治してやれ」
「は、はい!」
そう言うと、勇者は去っていった。
「今治しますからね、
淡い緑の光がエリシアと呼ばれた幸薄そうな超巨乳の少女の掌から溢れ、斬られた肩を包む。
その暖かさを感じていると、いつのまにか傷口が塞がっていた。
「ふぅ、これで治ったはずです……」
にこりと微笑み、額の汗を拭うエリシア。
勇者パーティということは、彼女が聖女のはず。
「いつまでそうしてるの!」
「うわっ!」
俺のお腹にまたがる形で患部を抑えてくれていたリアが薙ぎ倒される。
「……何の用だよ、カレン」
俺を見下ろすのは、狂気を秘めた笑顔の元幼馴染、カレンだった。
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