第19話崩落

「の、ノアっ!」


「ほげぇ!?」


 リアが満面の笑みで抱きついてきたため、金属プレートの防具が胸にぶち当たり、変な声が出た。


「あ、ごめん。それより凄いよっ! キミの魔法を受けると実力が何倍にもなった!」


 ぎゅう、と抱きしめられてグロッキーな俺に構わず興奮したリアは早口で捲し立てる。


「それに、速さも防御力も上がってたような気もするよ! いや上がってたっ! じゃないとあのトカゲを突き破れないもんっ!」


「……リア、ノアが苦しそう」


「あっ……つい」


 ルアの一声で、ようやくリアから解放される。


「お、おう……まぁ、無事でよかった」


「……うん」


 リアはいまさら気恥ずかしそうに視線を逸らし、頬をほんのりと赤らめた。


「?」


 何を今更スキンシップで照れてんだ、と思っていると、


「よ、よくやった! 俺はお前らならできると思っていたぞ! ゲスス」


 いつの間にか帰ってきていた先輩が偉そうにしていた。


「……お前、嫌い」


 低い声で告げるのは、意外にも顔を顰めて睨め付けるルアだった。


「うっ……」


 先輩の息を呑む音がする。


「……行こう」


 もういらないことを言わないと感じたのか、ルアがそう告げる。


「そうですね」


 俺たちは、先を進むことにした。

 その時、ミーシアが複雑な表情をしているのを俺は気づかなかった。



 その後の敵は呆気ないほど弱く、サクサクと進む。

 そして、ボスですらリアとミーシアへの支援魔法であっさり片付いた。


「よし、合格だ。ここまでの過程はしっかり俺が見届けた」


 鍵を拾い上げると、先輩が先輩ヅラをしてそう言う。

 なんか、釈然としない気持ちになりながらも、普通に認めてくれたことに少し安堵する。


「いやー、キミたちならもう少しレベルが上がっても余裕そうだな」


 ゲスゲス、と笑って、先輩が壁に体を預ける。


 ーーーカチリ


 そんな間抜けな音と同時、一番端にいた俺とサーシャの足元の地面が消える。


「ーーーは?」


「ーーーえ」


 俺たち二人は、地面にできた穴に吸い込まれていった。


「の、ノアぁぁぁっ!」


 最後に聞こえたのは、今まで聞いたことのないようなミーシアの悲痛な叫びだった。




「いてて……」


 目を覚ますと、そこは上層と大して変わらない通路だった。

 奥の方まで一本道が続いている。


「サーシャ、大丈夫か?」


「うぅ……」


 隣で意識を失っているサーシャに声を掛けると、呻き声が返ってくる。


「おい、怪我したのか?」


「お腹が……」


「!? 見せて」


「いっぱいぃ……」


 俺は無言で頭を引っ叩いた。


「あいたぁ……酷いですよ〜」


 目を覚ましたサーシャが抗議の声をあげるが知らん。


「……それで、ここは一体」


「たぶん、さっきよりももっと下だと思う。……敵がいる気配がないのも気味が悪い」


 普段の貴族ビクビクモードに入る余裕もない。

 俺の頭は今の状況整理と警戒で埋め尽くされていた。


「私たち、助かりますかね」


 ぎゅっと俺の服の裾を握るサーシャ。

 リオラ姉ちゃんに似ているため、少しびっくりする。


「……救助は厳しいかも。こんな所があるなら事前に伝えるとかするはずだし」


「そう、ですか……」


「進むしかなさそうだ」


「はい」


 俺たち二人は、土の壁が剥き出しになった長い通路をゆっくりと進んでいく。

 しばらく歩いても何の変化もなく、モンスターが隠れるスペースもないため、ずっと聴きたかったことを尋ねる。


「なあ、リオラって魔法使い知ってる?」


「え、はい。私の姉ですけど」


「うぇぇぇぇぇ!?」


 似ているとは思ったけど、まさかの姉妹!?

 流石に驚いたが、実の姉妹ならあの事件以降のリオラ姉ちゃんの足取りを知っているかもしれない。


「こ、こほん。リオラねえ……リオラが今何してるか知ってる?」


 その質問に、サーシャは顔を曇らせる。


「いえ……元々奔放な人でしたから、何年も前から魔法を極めると言って家を出ていて。それでも手紙は定期的に送ってくれていたので、生存確認はできていたのですが……二年前のある時からそれも無くなって……」


 二年前、それは俺とリオラ姉ちゃんが襲われた時期と一致する。


「そっか……」


 俺の方が直近のリオラの情報を持っているようだ。

 普段あまり過去を話さないが、妹である彼女には話すべきだと思う。

 リオラ姉ちゃんの情報を話そうとすると、先にサーシャが口を開いた。


「お姉さまは、快活で優しい人でした。貴族らしいかといえば、そうではないんですけど、その明るさだとか、人の心に寄り添う優しさに私は何度も救われました。お姉さまが家を出ていくと聞いた時は寂しかったし、泣きじゃくったりもしましたが……お姉さまにはこの堅苦しい界隈は窮屈だったんでしょうね。手紙からもイキイキとした毎日が書かれていて……とくに奴隷を買ってからは可愛いばかり言ってましたが……とにかく楽しそうでした」


 リオラ姉ちゃんは貴族だったのか……たしかに似合わないな。

 それに、俺のことをそんなに……。

 心が温まる。  


「……もしかして、ノアくんがその奴隷なんですか?」


 手紙の人物と俺が当てはまる部分があるのか、驚いたように俺を見る。


「ああ。一年くらい、リオラと一緒に生活していたよ。この風魔法を教わったのもリオラだし、当時ただ人が信じられなかった俺に、支援魔法の才能を伝え、使い方を教えてくれたのもリオラだった。


『人に裏切られたノアにとっては、人を強くする魔法の才能があるということは辛いことかもしれない。呪いのように感じるかもしれない。だけど、人は一人では生きていけないの。あなたのこの才能はとても強力だから、迂闊に使うと悪い人に騙されるかもしれない。だから、本当に信頼できる人にだけ使うようにね』


 って一緒に泣きながら教えてくれたよ」


「そんなことが……」


 大切な思い出だ。だけど、思い返すだけで胸が痛む記憶でもある。


「そんなある日、リオラの研究に目をつけた貴族が魔法使いを使って家を襲ったんだ。それで、リオラは赤い髪の女と戦って死んだ……はずだ。死体は見てないから確定じゃないけど……」


 サーシャは口を覆い、涙を流す。

 優秀な人だったらしいから、死んでいる可能性は考えていなかったのかもしれない。

 崩れ落ちるサーシャに寄り添うことしかできなかった。



 サーシャが落ち着いたあと、俺たちは歩みを進め、何事もなく大きな扉がある所に到達した。


「うわぁ……見るからにって感じですね……」


「うん……」


 ラスボスがいますよ、って雰囲気の重厚な金属の扉を見て、思わず愚痴をこぼす。

 サーシャはどうか分からないが、俺は扉の向こうから重苦しい圧力、死の匂いを感じて、じわりと汗が滲んでいた。


「……支援魔法を掛ける。準備ができたら行こう」


 俺たちは、覚悟を決めて扉を開いた。

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