第13話-⑤ 悪役令嬢は聖女で悪役になると言う
時が止まる。凍りつく。大ホールは重い空気で満たされる。
みんな黙ったままうつむいていた。
それなら……。
私が次の手を打とうとしたとき、ジョシュア殿下が死に際でうめくような声を出した。
「それは……、私の役目だ。ファルラではない」
「もしあなたが悪役を演じて、その結果として死んでしまったら、そのあとはどうするのです?」
「どうって……」
「セイリス殿下もミルシェ殿下もきっとダメです」
「ダメってなんだ」
「資質の話です。おふたりとも王の器からはかなり遠い」
「私はどうなんだ?」
「いちばん遠いと思っていますが」
「な……」
「でも」
「でも?」
「それでも、あなたが愛されている妃殿下がその欠点を補ってくれます。時間はあまり残されていませんが……。そうですよね、妃殿下?」
アーシェリが振り向いて、私を安心させるようにうなずく。
「ええ、そうです」
ふふ、良かった。
これでなんとかなるでしょう。
私は証拠を並べるように、円卓に座る人々へ話しかけた。
「それでは、具体的な話をしてみましょう。まず、新しい王としてジョシュア殿下が即位します。同じ時期に神の啓示があったと私は騒ぎ立てます。もちろん、嘘ですが。教会はそれを調査し、すぐに私のことを聖女と認めます」
「教会に嘘をつかせるのか……」
「そうです、ジョシュア殿下。あんな嘘だらけのもの、いまさら嘘がひとつ増えたところで、どうということはないでしょう」
「お前は……」
私は唇に指を当て、考えながら話していく。
「さて。神から『古都ネフィリアを魔族から奪還せよ』と啓示を受けた私は、王からも聖女として認められ、そしてその証として王権を譲られます」
「待て。なぜ王権までやらねばならんのだ」
「それは私が欲しいからです」
「はあ? 何をするんだ……」
「まあ、聞いてください。王権を譲られた私は、勇者とともに古都ネフィリアの奪還を果たします。その後、問題が起きます。ああ、そうですね。勇者でも殺しましょうか。みんながびっくりすれば、何でも良いのですが」
「それも嘘なのか?」
「もちろんです。私は批難にさらされ、責任を取らされて人の世界から排除されます。ジョシュア殿下は、自らの手で王権を私から取り戻します。なかなか盛り上がる演出でしょう?」
「これは演劇じゃないんだぞ!」
「ええ。もっとひどいものです。役者は大根、舞台はズタボロ。でも多くの人はその物語を欲しがります。正しい王を取り戻し、領地と尊厳を得て、魔族はまた一歩後退する。実に好ましい。すばらしい! 最高! 拍手喝采で、めでたしめでたしです」
空気を読まず、はしゃいで話す私へ、釘を刺すように宰相がたずねる。
「ひとつ聞きたい。排除とはなんだ?」
「どうか不埒な私をジョシュア殿下の手で成敗していただければ。死刑はとても痛そうなので、それはお許しください。できればユーリスのところにでも追放してくれたらうれしいです」
「ふむ……」
……考え込まれては困ります。私の思惑がばれてしまいます。
宰相を遮るように私は話す。
「それではみなさん、この計画でよろしいですね?」
誰も、うんとは言わない。それはそうだろう。自分達のことを決められないような人が、他人である私の計画に賛同することなんて、できるはずがない。
私は、ここに来る前から考えていたとおりに話を進めた。
「それでは、この計画に沿って進めます。詳細は後日詰めましょう。以降はこの計画を私が知っている聖人の名にちなんで『ジャンヌダルク作戦』と呼びます」
それを聞いたユーリスが、私の左肩に手をかけた。少しぎゅっと握られる。
……ユーリスは察しが良いですね。もうわかってしまいましたか。提案した私の物語の結末は、そういうものです。気づいたとしても、止めてもらっては困ります。
私はすかさず次の手を打つ。
パンパンと手を叩くと、大ホールの扉が重々しく開いた。
「それでは大叔母様、さっそく私を聖女として認めていただけますか?」
ヴェラルナ・ファランド―ル月皇教会枢機卿は、いまや実質的な教会の最高権力者だった。私の大叔母でもあるその人は、教会の権威である錫杖を持ちながら、ゆっくり扉の向こうから現れた。その姿を見たセイリス殿下が思わず立ち上がった。
「なぜ、こちらへ……」
ジョシュア殿下が私へ静かにたずねる。
「ずいぶん手回しが良いな。ここには限られた者しか入れないのだが」
「ちょっと招待状のサインをくすねまして。出るときに手紙を飛ばしました」
「お前に条約文章を見せるべきではないな」
大叔母が私のそばに来ると、円卓にいる人々をぐるりと眺めた。いたずらがばれて言い訳を考えている子供達のように、みんなうつむいていた。
少し震えた声で、大叔母が私にたずねる。
「ファルラ・ファランドール。あなたがやろうとしていることは、天の極みに上がり、そして地の底に落とされ、二度と人の世界へ戻れないことを意味します。それでも良いのですか?」
「ええ、かまいません」
肩に置かれたユーリスの手に、自分の手を重ねる。
「私はユーリスと一緒にいることができるのなら、それ以上は望みません」
大叔母は深々とため息をついた。それから、鋭い眼差しで円卓を囲う人々をにらみつける。
「良いのですか? 本当に、これで良いとお思いなのですか?」
その問いかけに、円卓の人々は大叔母から顔をそむけた。
「それでもあなたたちは人類の盟主ですか? この娘ひとりにすべてを背負わせるつもりですか!」
ピリピリとした声が、がらんとした大ホールにこだまする。
誰一人、何も言い返せない。
「情けない……」
深く嘆く枢機卿に、私は諭すように言った。
「大叔母様。それは違います。これこそが私が見てきた『人の本質』というものです」
大叔母が手にしていた錫杖を手放す。それが床に倒れると、ガチャンという音が虚ろな大ホールに大きく響いた。
「こちらに来なさい」
差し出された手を見て、ユーリスが椅子を引いてくれた。私は立ち上がり、枢機卿へ振り向く。
なんとも言えない表情をしていた。泣きそうな、つらそうな、怒りそうな。
そのまま手を広げると、枢機卿は私を抱きしめた。
「お前は何ということを……」
「どうか悲しまないでください。私にそのような価値はありません」
「やはりお前を大聖堂に幽閉しておくべきでした。知りすぎたお前が、こうすることはわかっていました」
「さすが、私の大叔母様です」
温かい……。
やさしさをずっと感じる。
そのやさしさに身を任せると、ひな鳥が母鳥に抱擁されているようだと思った。
そして、泣きそうになる。
私にもわかるから。
大叔母は、自分が信じる教義のせいで、愛していた人を亡くした。この世界を壊したくなるぐらいすべてを恨んでいるはずだった。
それでも好きな人を殺した教会の上に立ち、私のために嘆き悲しんでくれている。私が選んだその先に起こることを理解している。
私と似ている。ユーリスを失えば、私も同じようになる。
同じ?
そんなことはできない。耐えられない。だから……。
抱かれているその胸元で、自分をあきらめてもらえるように、私はささやいた。
「作戦名の元になった聖人はこうおっしゃっていました。『あなたが何者であるかを放棄し、信念を持たずに生きることは、死ぬことよりも悲しい。若くして死ぬことよりも』だそうです」
「やはり、お前は……」
「いいのです。これで私は探偵として、そして悪役令嬢として、生きることができます」
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作者が「リュックベッソンのジャンヌダルクの映画で、華やかな戴冠式から雨と泥のカットに切り替わるところってすごいよね」と語りながら喜びます!
次話は2023年1月15日19:00に公開!
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