第6話 思うままに書く

 驚いた。純子のUSBに入っていたのはネットに公開された新『クマ姫』ばかりでなく、小学生のころ純子が書いた続編、さらには私自身が書いたオリジナルの『クマ姫』のデータまで入っていた。ほかに「才子ちゃん傑作選」というファイルがあったので恐る恐る開いてみると、はるか昔に書いた短編やシリーズもののタイトルが並んでいて唖然とした。いったいいつの間にデータ化していたのだろう?


 原本のノートはほとんどが失くすか、劣化して捨てられるかの運命をたどったため、目にするのは久々だった。書いたことすら忘れていた物語がいくつもあった。懐かしくてつらつらと読んでいたら、日本語はおかしいし展開はめちゃくちゃだし、今の自分なら絶対に採用しないくさいセリフや、当時はまっていた漫画やアニメのパクリと思われる表現があり、いたたまれなさと羞恥心で死にそうになった。これのどこが傑作なんだ!と叫びたい。


 ただ、難しいことは考えず、思うがままに楽しく書いていたことはよくわかる。長らく忘れていた感覚だった。知識がないままイメージだけで突き進み、数々の矛盾をはらみつつも勢いに任せてご都合主義で乗り切っていく無敵の推進力。それは欠点であると同時にギャグのようでもあり、人生舐めてるとも言えるが人生なんてどうにでもなるという能天気な励ましのようでもあった。


 完璧を目指さなくちゃとか、こうでなければいけないとか、いろんなことにとらわれすぎていたのだと思う。不格好でもいいんだ。もっと自由で、バカバカしくてもいいんだ。大事なのは書いて発表すること、そして夢中で書き続けられるものであること。私なりのやり方で、もう一度挑戦してみよう。


 オリジナルのクマ姫の初めから読み直し、流れを整理した。設定を紙に書いて簡単にまとめた。登場人物の背景などを改めて考察した。クマ子の気持ちになって魔術師のことを考えた。魔術師はどこで生まれ、どんなふうに育ったのか? そもそも魔術とはどんなものか? 魔法と同じか、違いはあるのか。魔術師の仕事ってどんなことだろう? 純子が書いたあとの続きはどうしよう? 魔術師とクマ子の関係性の変化を見せつつ、修行をさせたい。クマ子の後をつけ狙う怪しい男の正体はどう考えても読者にバレバレだが、どのタイミングで明かそう? 双方、どこで対面させるのがいいか。どういうエピソードを書けば面白くなるか? クマ子の特性を活かせるか。


次々と疑問が出てきて、それを解決するごとにお話の世界が広がっていく。


 頭の中すべて、物語の情景とそれをつかむための言葉でいっぱいになる。細切れのフレーズが文章になって流れだす。


 私は物語の中にいた。大まかなプロットは書いたはずだが、登場人物たちはそこから逸脱し、どんどん好き勝手に動き始める。たった数行で終わるはずだった状況説明が思いもよらぬ真相を引き寄せ、新たなお話を作っていく。何の気なしに描写したものが、あとで重要な意味を持っていたことに気づいて驚く。笑って、泣いて、怒って、歩き回って体を動かしながら想像する。いくつかに分岐した道を行ったり来たりしてしっくりくるものを選ぶ。積み上げて、壊して、また積み上げて丈夫な土台を築き、その上に高い塔を建てていく。完成はいつになるかわからない。でもきっと、出来上がったらすばらしい眺めを見下ろすことができるだろう。



 突然鳴り響いたスマホの通知音にびっくりして飛び上がった。文句を言いながら見てみると、純子からのLINEだった。とりあえずスタンプでも押して作業に戻ろうと思ったが、なかなかの長文でそれははばかられた。



こんばんは。今日はありがとう。久しぶりに才子ちゃんに会えてとても楽しかったです。また一緒にお茶しようね。絶対だからね!


そろそろUSBの中を見たかと思います。びっくりしたでしょう(笑) 実は昔才子ちゃんにノートを借りたとき、こっそり自分のノートに書き写してたんだ。いつでも読めるように。大人になってからそれをパソコンに入力するのは、とても楽しい作業でした。余計なお世話だろうけど、きっと何か発見があるだろうと思って入れておきました。気が向いたら読んでみてください。


P.S. わたしには才子ちゃんよりも優れた才能があるって言ってくれてすごくうれしかったけど、それは違うと思います。実は昔、自分で一から小説を書いてみたことがあるんだけど、すごく平凡だし書いてて全然楽しくありませんでした。わたしに才能があるとすれば、才子ちゃんの書くお話を読み取ってそれっぽく再現する能力だと思う。二次創作っていうのかな? それも才子ちゃんの作品専属の(笑) わたしにはあれが限界です。早く才子ちゃんの手で、もっとハチャメチャで面白いお話にしてくれることを願っています。


ファン第一号より



 ほんと、おかしな子だ。二次創作だって立派な創作物なのに。今度会ったらそこらへんも解説して、こっち側に引きずりこんでやろう。


 とりあえず「ただいま鋭意執筆中!」と返事しておいた。すると、興奮気味のリアクションとどんな内容かという質問が矢継ぎ早に送られてきて、面倒になった私は「作者名はsumikko & 彩の連名にするからよろしく」とだけ伝えてスマホの電源を切った。あとは読んでのお楽しみってことで。

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