第32話 出張疲労

 そそくさと、自分の部屋に戻るスズモリさんは、私の部屋で酔って、眠ってしまい、シーツに包まってミノムシ状態だった。しかし、男の部屋にいて、警戒心の薄さは、私のことを何とも思ってないのだろう。よく受ける扱いだわ。ふん。

 そうは言っても、また部屋にくると言ったので、私もシャワーを浴び、仕事着に着替える。

 ドアノックから、スズモリさんがやってきた。


「おはようございます」

「おはようございます。すいません」


 お湯が湧いたので、ホテル備え付けのお茶をまず飲んだ。シャワーじゃ体温まらないので、朝からは、お茶等温かいものを入れた方が、内臓から体を温め、脳が目を覚ます感じがある。

 換気のため、窓を開けていると、大都市ならではの喧騒がしていた。


「知らない場所にいるんですよね」

「うん、出張最終日の方が、見知らぬ土地感を余計にあるよ」


 時間に余裕があるので、ボーっとする。私は、またベッドに倒れ込もうとする。その腕をつかんで


「おにぎり買いに行きませんか?」

「パンがあるじゃないの」

「また寝たら起きないでしょ。目覚ましに、コンビニまで散歩」

「パン、もったいない」


 シャツを引っ張られながら、無理やりコンビニまで行かされ、また戻る。エレベーター内でも寝そうになった。


「すみません、ベッドを使ってしまって」

「出張で疲れてて、飲んだら、そりゃ寝てしまうよ」


 部屋のある階についたら、フチガミさんが廊下にいた。


「おはようございます、もう市場に行かれたんですか?」

「いや、トナリ社長が二日酔いで行けなかった。チェックアウトのギリギリまで、ホテルにいると思うよ」

「はい、了解です」


 また、自分の部屋に入った。


「予定が変わったねぇ」

「最終日に観光って無理ですね。空港内観光なら出来るかも」


 ドアをノックする音がした。フチガミさんだった。


「朝食、いっしょでも構わない?」

「はい、どうぞ」


 ぼーっとする我々を見て、フチガミさんが言った。


「いちゃついて、睡眠不足かぁ」

「・・・飲み会でのトナリ社長発言からの悩みぶちまけ二次会でした」

「ちょっと参加してみたかったかも。こっちは、社長の介抱だったし」

「このパンでも、持っていかれますか?」

「うん、お供えしとく」


 窓の外を眺めぼんやりしていたスズモリさんが、急に、うつむいて耳が赤くなっている。


「どしたの、スズちゃん。気分悪いの」


 フチガミさんが聞くと


「いえ、こちらのことなので、お気になさらずに」

「マルタくん、夜中に何したの~」

「何も無ぇっす」


 その後、空港でのんびりしようということになり、全員がフラフラな状態で、電車を乗り継ぎ移動した。トナリ社長の二日酔いは抜けきれず、迎え酒をしようとしたが、フチガミさんから一喝。ソファーで寝ておられ、我々に軽い食べ物をテイクアウトしてくるよう頼まれた。


 急に無言なスズモリさん。話しかけても、片言で、ソファーに座っていたらと聞けば、それは避けたいらしい。黙って歩いていると、混雑する中を通ったため、はぐれてしまう。人の流れが落ち着くまで、壁際に立っていたら横にスズモリさんが来ていた。


「すごい人よね~」

「発着時間が重なってたんでしょう。でも、遠くまで行っちゃったと思って、困りましたよ」

「うん、人の流れに巻き込まれてたからね。端っこで動かないようにって」

「また、巻き込まれたんですか」

「そうね、昨日も今日も巻き込まれた」


 ハッとして、うつむくスズモリさん。


「そっちこそ、また、どうしたの」

「・・・昨日の夜のことをいろいろ思い出しまして、恥ずかしいやら、照れくさいやら」


 すごく小さな声で言われた。こちらも照れくさくなったので、勢い任せにこう言ってみた。


「はぐれないように、手つなぐ?」


 バシッと背中を叩かれ


「ほら、戻りますよ」


 と、シャツの腕をひっぱられ、ぐったりしているトナリ社長の所へ戻った。

 その後、無事帰り着き、空港で解散となった。とにかく、疲れた出張で、今後のことを考えさせられた。


 次の日、出社してみると、差し入れ置き場にスズモリさんがいた。


「おはようございます。もう並べてるの?」

「おは、おはようございます。はい、箱開けるだけなんで」


 モゴモゴしている。濃ゆい出張の後だから、表情もおかしくなるよ。


「おはよう、二人共」


 統括部長が近づいて来られた。


「また、報告会ですか?」


 そう聞いてみると


「ん~、今回はトナリ案件みたいなもんだから、やるのかな?まだ未定」

「はい、了解です」


 ずいぶん久しぶりに入るような感じの旧会議室。窓を開けて換気をしていると、また、トナリのビルから手を振ってくるフチガミさん。こちらも、手を振り返して、挨拶をした。

 正直、疲労が抜けるわけもなく、ボーッとして、作業をしている風にみせかけ、ぼんやりしている。


「マルタ君、ちょっといいかな?」


 サワコさんが声をかけてきた。パソコンのトラブルらしいので、サポ班に行ってみた。

 トラブル原因を探っていると、顔に疲労が出ているので、サワコさんに心配される。


「何があったのよ」

「単に出張疲れです。トナリ社長に同行したので、桁違いに心身疲労が来ました」

「他には?」

「いろんなお話があって、考えさせられました」


 誤魔化すのが下手なので、そのまま伝えた。そういうのを見逃さないマイコーさんが言う。


「『マルタ語りの独演会』が開催されるのかな」

「落語家でも、噺家でもないです。」

「デモ活動か」


 また、サワコさんが拭き出した。

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