第42話 天皇や法律も、万が一の保証も何もない。例の二人組みに運営された怪しい世界だよ
──あれから数ヶ月が過ぎ、結局は、
そんな悶々とした気分で行くあてもなく、公園で暇を潰す
偶然か、必然か、彼がズボンのポケットにかじかんだ手を突っ込むと、それに応じて伝わる薄っぺらい紙の感触。
「……あっ、この手触りは。もしかして」
──この世界では使えない言葉がこもった『CoCoka(ココカ)』というカードらしいけど、今の君なら渡してもいいかなって──。
ポケットから取り出した、青のlCカードから、僕は、あの時のしずくとの会話を思い出す。
「そういえば、このカードの音声を聞いてなかったな」
このカードには、生前に深裕紀が残した音声データが含まれており、パソコンか、スマホのアプリで再生して聞くことができる。
記憶を保持した僕に会うまでもなく、命を亡くした深裕紀は僕に何を知らせ、何を伝えたかったのか。
手元のカードで知ることにより、全てが判明するような予感だった。
「さてとスマホは……と言いたいところだけど、今はないんだよな」
基本スマホに、あまり関心がない僕は、常にかけている眼鏡とは違い、スマホをそんなに持ち歩かない。
通話もLINAとのやり取りが主であり、携帯電話というより、小型で持ち歩けるパソコン端末を使用している状態だ。
現にネットにググって色んな情報が知れるし、わざわざ人と会話をしなくても、有力な情報は引き出せる。
それも回りくどさもなく、自分が興味がある情報のみだけ、検索できるのも魅力だ。
不必要な情報を、人は求めていないから……。
──最近の若い者は社会情勢に詳しく、何でも知ってるイメージがあるが、コミュニケーション能力は低いと、左右される世の中。
人との接触も、LINAやメールでの文面の話が主流であり、実際に対面したら、上司にため口をして、それが理由で周りから干されたりもする。
その後、一ヶ月未満で会社を辞めるという傾向も、よくあり得るのだ。
「──うーん、電車に乗ってしまった以上は、後戻りできないし……」
一人電車に揺られる哲磨は、空いた座席に座ったまま、電光掲示板を見続け、次の駅で、目的地であることを再確認した。
『──
車掌が伸びやかにアナウンスし、電車が着いたのと同時に、哲磨は早足で改札口への階段を下りていく。
この駅に下り立つのは、僕を含めた数名であり、この都会の繁華街である永野県も、すっかり寂れたなと思わせる。
──季節は12月中旬。
冷たい風に体を縮めながらも、僕は東峰岸さんが勤める弁当屋へと足早に進む。
店長の
****
「──はい、いらっしゃいませ」
「あらら、君はもしかして、あの
「はい。
「うん。今、休憩室」
弁当屋にたどり着き、店内に入り、真っ先に出会ったのは神内さんだった。
その年相応なおばちゃんからの『ちゃんとご飯は食べてんのかい?』と、かけてくる質問は昔のまんま変わらずだ。
「ちょっと待ってね。すぐ店長を呼んでくるからね」
「いいのよ、神内さんは仕事があるでしょ」
神内さんが持ち場を離れようとした瞬間に、これまた懐かしい声が聞こえる。
このセクシーな声色は、東峰岸さんに間違いない。
「安良川くん、お久しぶりね」
「はい。店長も何よりです」
黒いセーターに、黄色いエプロンの東峰岸さんは、いつ見ても美しい。
もし、深裕紀が対象じゃなかったら、この女性に恋してたかもしれない。
それくらい、魅力的な女性だった。
「君が辞めてから、もう一年が経つのかあ。月日が過ぎるのも早いものね」
今回の僕も、ここでの仕事を退職した後であり、いかに深裕紀を失った苦しみが重いことを知った。
こんな切なく苦しみもがく恋愛をするなら、死んだ方がマシ。
もう本気で、恋愛ごっこなんてこりごりだと、この感情を殺して、日々を生活していた。
……そうして心では思っていたけど、初恋の深裕紀のことだけは忘れることができず、こうして彼女の真意が知りたいという、自分勝手な僕がいる……。
「まあ、立ち話もなんだから、休憩室に行きましょうか」
「はい。東峰岸さん、カツ丼はありますか?」
「あのねえ、留置場での取り調べじゃないんだから」
「それもそうですねw」
──僕は東峰岸さんと共に休憩室に行くと、東峰岸さんは何を思ったのか、その部屋の隠し扉へと僕を誘い込む。
「店長、これは何の冗談のつもりですか? 僕は休憩室で、お話がしたくてですね?」
「ええ。こっちも安良川くんとは冗談抜きで、真面目な話がしたくてね。これから別の場所へと案内するわ」
「別の部屋ですか……」
「そう。防音の部屋だし、そこなら下手なことを言っても、大丈夫でしょ」
東峰岸がコツコツと、靴音を鳴らしながら歩むのを筆頭に、哲磨は一人考え込みながら、緑の電灯で伸びた長い影を追うように、後へと続く。
僕が問わずとも、東峰岸さん自ら、わざわざ研究所の施設を見せて、何のメリットがあるのだろうか?
****
──弁当屋の休憩室の隠し扉を抜けた研究所は、吹き抜けで古代の神殿のような作りとなっていて、輝市朗が、てきぱきとパソコンのキーボードを叩いていた。
「
「おおう、ありがとな」
「テル、おひさだな」
「おう、誰かと思えば、哲磨じゃないか。生身で会うのも
輝市朗こと、テルが石のテーブルに載せてるノートパソコンのキーボードの手を休め、回転椅子を僕の方へと合わせる。
「姉貴、今日はナンバー6の定期観察か、何なんかか?」
「いえ、今日はもっと重要なことよ。あたしたちの存在が脅かされるくらいに」
「ねっ、安良川くん? 例のカードを持ってるのでしょ?」
「ああ。だけど、どうして持ってるって?」
「まあまあ、細かいことはいいから」
僕はICカードを東峰岸さんに見せると同時に、彼女はそのカードを手にして、軽やかな手つきでパソコンのカード挿入口に滑り込ませた。
『──ありがとう。深裕紀の手紙読んでくれて、このメッセージを聞いてくれてるんだね』
『……哲磨。誰にも言わないと約束して。ここだけの話なんだけど……』
パソコンの画面が、焼けつき防止のスクリーンセーバーが流れる中、深裕紀の思い詰めた声が、PCのスピーカーを通じて聞こえてくる。
『哲磨も私も、この世界では実験体という身柄であるプロジェクトに参加してる身なの』
『確か、人類移住計画と言って、近年、爆発的に増えた人口に、分け隔てない住居を提供するのが目的とか』
『それでゲームのような世界に精神を住まわせ、結果的には肉体も同時に、異世界へと移住させる。馬鹿げてるよね』
深裕紀のとんでもない発言に、初めは信じられない気持ちだったが、これまでの異世界移動や、タイムリープを体験してきた僕は、その言葉をしかと受け止めることにした。
『深裕紀ね、この事を例の二人から聞いて、二人を見る目が変わって、この計画を白紙にしようとしたの』
『だって、そんなネットの世界に送られて、安全が保証されるわけじゃないでしょ』
『天皇や法律も、万が一の保証も何もない。例の二人組みに運営された怪しい世界だよ』
『哲磨も、そう思わない?』
それもそうだなと内心で頷きながら、哲磨は彼女の言い分を聞き漏らさないよう、神経を研ぎ澄ます。
『でも相手の二人の方が上手だった』
『私のこの行動があっさりとバレて、明日、家で処刑されることになってる』
『哲磨のご両親にも相談したのが不味かったのかな。急いで自宅に帰ってくるって言ってたし……』
『でも私は後悔してないよ。やるべきことは済ましたから。こうやって音声も無事に遺せたし……』
深裕紀のボイスに雑音が入り始める。
この分だと何者かの通信障害により、電波が悪くなったらしい。
『……願わくば、このカードが哲磨の役に立ちますように』
『哲磨なら、この狂った世界を救えると信じてる。だから何があっても諦めないで……』
『私がいなくなっても強く生きて。哲磨のこと、大好きだったよ──』
そこで音声は、ノイズ音と共に終わる。
僕は真実よりも、深裕紀の寛大な心に胸を締め付けられた……。
「──深裕紀。お前は、こんなことのためにわざわざ……」
僕は大粒の涙を溢し、深裕紀を救えなかったことを悔やんだ。
アイツはただ、僕の誕生日祝いに来たわけじゃなかったんだ。
最初から全てを知っていて、すかさず行動し、僕の両親と一緒に僕を守ろうとしていたんだ。
「これには参ったぜ。
テルが軽く舌打ちし、苦笑しながら、キーボードを叩き出す。
「ねっ。ここに連れてきて、正解だったでしょ? カードのデータはパソコンで消去できるし、目の前に実験体もいるから、易々(やすやす)と消去できる」
「だな。コイツもそろそろ潮時かもな」
テルがパソコンの横に置いてあった黒い物を、東峰岸に投げ渡す。
その物は鋭利に光を反射しながら、僕へと狙いを絞る。
それはどう見ても、拳銃のフォルムをしていた。
「いいか。殺すなよ。貴重な実験体なんだ。記憶だけ奪ってしまえば、後で記憶の改ざんも何でもできるからな」
「分かってるわ。お姉ちゃんに任せなさい」
「屋台の射的は一発も当たらないから、ちと心配だけどな」
「うっさいわね。あたしだってこのくらい!」
二人の姉弟が口論する隙に、哲磨は東峰岸の銃口から逃げるように、扉の方向へ走った。
「あっ、待ちなさい‼」
「姉貴、俺に構わないで、哲磨を追え!」
「了解!」
この扉を抜ければ、安全区域な弁当屋の中なんだ。
神内さんに知らせれば、このピンチを切り抜けることができる。
今まさに、哲磨の命懸けの脱出劇が、ここから始まろうとしていた……。
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