第17話 良かったら一緒に暮らさないか?
「それで何で俺が帰ってくるなり、正座する羽目になるんだ?」
僕ら三人に丸く囲まれた形で、中央には紫の座布団に正座したテルが座っている。
これは笑点ごっこではない、れっきとした尋問であった。
「早く冷蔵庫に入れないと傷む食材もあるしさ」
テルは食材の入った袋を指さし、申し訳なさそうに頭をかく。
「心配入りません。
「おう、ありがたい。気が利いてんな」
「さあ、洗いざらい話してもらおうか」
「はあ?
「大ありなんだよ」
「ふむ、アリの図コロリときたもんか」
「ああ、これから言う僕の質問に『はい』か『いいえ』で答えてほしい」
「はいはーい!」
「まだ何も質問してないだろ……」
哲磨はテルと
だが、こう見えてテルは、用心深い部分もある。
話を円滑に進めるには、回りくどい問いかけからした方が、いい場合もあるのだ。
「ねえ、梨華未とはラブラブだったー?」
「ああん?」
「初デートはどこだった? 楽しかった?」
そんな緊迫した空気を打ち破り、
案の定、テルの機嫌が、みるみると悪くなっていく……。
これには哲磨も焦り、深裕紀の制服の袖を軽く摘まむ。
「おっ、おい。深裕紀、ちょっと来い!」
哲磨はそのまま袖を引っ張り、彼女の耳元に口を寄せる。
「何なの? ついに幼馴染みの殻を破って、真の告白?」
「違うよ。ちょっとテルとサシで話したいからさ、少し黙っててもらえるか?」
「はいはい。男同士の関係ってやつね」
「僕は女しか興味ないぞ」
「そのわりには交際経験ゼロだよね?」
「カロリーゼロで悪かったな」
僕は顔を離し、不機嫌だった顔つきから一変し、やたらとこちらを見て、にやけているテルに再度、向き直る。
「……テル、実はだな」
「ああ、梨華未は、いい女だったぜ」
「えっ?」
僕はテルのフレンドリーな返答に、次にかける言葉を失ってしまう。
「思いやりも気遣いもある優しい性格で、容姿端麗だし、家事もできて、掃除も料理も完璧だった。ちょっと上から目線的な発言が、玉に傷だったけどな」
冷蔵庫に物をしまった
これなら下手なことを言っても、悪い気分にはならないはず。
哲磨は間髪入れず、二人の間柄を知ろうと、次の質問をすることにした。
「テル、それで梨華未とは、どうやって知り合ったんだ?」
「
テルは僕たちから目線を反らし、新調された畳の方に目を向ける。
その顔は、もの悲しさに満ちていた……。
「あれは、よく晴れた夏の出来事だったな……」
◇◆◇◆
「──テル、久々の海水浴はどうだ?」
「全く、家でエアコン浴びながら、のんびりしたかったのに、つれない気分だぜ」
「何だよ、その言いぐさは。あんな二人の美少女を前にしてさ」
真夏で暑い太陽が照りつけた、透明感のある綺麗な海。
これから海で泳ぐにも関わらず、眼鏡を欠かさない親友の言うことも分かる気はしない。
──スレンダーな体系で、幼い顔が強調された白いビーチドレスの梨華未に、黒いビキニからはみ出しそうな巨乳の持ち主である美人な女性。
ロリか、お姉さんか、二つの選択肢で、この海水浴場では注目の的だ。
「じゃあ、僕はまた泳いでくるからさ」
「海の藻屑に飲まれるなよ」
「はははっ、何の冗談だよ。じゃあな」
「おうっ!」
だけどこの海水浴には、俺たち四人以外に人はいない。
ここは俺の知り合いの別荘がある海であり、私有地の一部でもあって関係者以外は立ち入れない。
しかも夏限定だけでなく、いつでも貸切状態なのだ。
「お兄ちゃん? さっきから砂浜で何をコソコソやってんの?」
「ああ、ちょいと火起こしをな」
そこへロングの黒い髪の方の少女が興味深そうに、背中越しに俺の様子を覗いてきた。
濡れた髪とビーチドレスから太陽で輝く海水が滴り落ち、ロリな体系に反して、少々色っぽい梨華未の姿に心が乱される。
「そんなことやらなくても紫四花にLINAで頼んで、カセットコンロでも持って来てもらえばいいじゃない。ここは
「いや、それだと風情がな」
「はいはい、お兄ちゃんカッコつけないの。元からイケメンなんだから、さらに目立って輝いちゃうわよ」
俺は両目が隠れた長い前髪を手で上げて、広々としたおでこを輝かせる。
「月光拳!」
「あははっ、今はお昼なのにウケるーw」
「失礼だな、太陽の主張は激しいけど、昼でも月は見えるんだぜ」
「そんくらい知ってるわよw」
「ねえ、何やってんの、りかちゃん!」
浅瀬にいるビキニの女の子が、傍にいる相手を呼ぶ。
「あっ、しずちゃん、ごめんなさい。相変わらず、お兄ちゃんが面白くてね」
「何なに? あんたのお気に入りのお兄ちゃん、私の知らない漫才でも出来るわけ?」
「漫才って言うか、言動がおかしくてね。じゃあ、もうちょっと泳ぎ直そうかな」
「よーし、二人とも。僕も加わるから、今度は向こうの岩場まで競争だ!」
「うん、てっちゃんには負けないよ!」
まだ遊び足りないらしい三人組が、海の中ではしゃいでいる。
ああ、つい最近まで落ち込んでいた彼女とは思えないように、ここでの遊びを楽しんでる。
今日は気晴らしに来て良かったな。
「……これなら、梨華未も大丈夫そうだな」
俺をお兄ちゃんと慕ってくる梨華未は、つい最近、此処伊羅家から見放され、この街で一人で住むことになった。
詳しい理由は彼女の口から聞けず仕舞いだが、憔悴しきっていたところを、彼女の姉の紫四花が救ってくれた。
心から心配していた姉は『今日一日だけ紫四花が、友達と海のある別荘で遊びたいから』と嘘をついて、この別荘を借り、自分はよそに外出し、落ち込んでいた妹をここに誘ったのだ。
その結果、初めはおどおどしていた梨華未の挙動は収まり、昼頃には天にある太陽にも負けずに光り輝いていた。
やっぱ即席のお兄ちゃんよりも、本当の姉妹の愛には叶わないよな。
これから何があっても、妹のような梨華未には幸せになってほしい。
そう思いながらも火起こしを諦めた俺は、緑のテントに戻り、メロン味の炭酸ジュースの缶に口をつける。
「ああ、お兄ちゃんズルい! 一人だけジュース飲んで‼」
「何だよ、手前のクーラーボックスにいくらでも入ってるから、遠慮なく飲めよ」
「うん、じゃあ、貰うね」
いつの間にか砂浜に戻っていた梨華未が、ボックスからキンキンに冷えたリンゴジュースのペットボトルを手に取り、嬉しそうにキャップを開ける。
「なあ、梨華未」
「……んっ? お兄ちゃん、どうしたの?」
「一人は気楽かも知れないけど、万が一の時は頼れる男手がいた方がいいだろ?」
「お兄ちゃん?」
梨華未が不思議そうに、俺の目を見つめる。
「……俺で良かったら、一緒に暮らさないか?」
「えっ……?」
栓が空いたままのペットボトルが、砂浜の上に音もなく転がり落ちる。
梨華未は驚いた顔で、俺から目線を外さなかった……。
****
「──ふーん、実の兄でもないのに、お兄ちゃん呼ばれねえ?」
哲磨は冷たい視線をシスコンテルに向けるが、彼は笑って誤魔化していた。
「でもそれだと、梨華未ちゃんが命を落としたという理由にはならないよね?」
「そうだな。お兄ちゃんと、なに不自由なく過ごせてハッピーエンドだよな。本当の兄妹じゃないから結婚もできるし」
哲磨と深裕紀は、また腑に落ちない様子で首を傾げる。
それに話の流れも謎の部分があって、おかしい面もあった。
心の奥底に何かが引っかかってる……。
『パンッ!』
そんな中、この部屋で軽い破裂音が聞こえて、哲磨は音のした方に振り返る。
『パッ、パンッ!』
「何だよ、クラッカーなんて鳴らして。今日は誰の誕生日じゃないぞ?」
「……あれ? 誰だよ、床を汚したのは?」
さっきまで綺麗だった畳に、赤い液体が溢れている。
気になった僕が目線を下ろすと、今度は口から熱いものが込み上げてきた。
「ゴホッ!」
同時に腹に響いてくる激しい痛み。
この液体の流れた元は、僕の身体からだった……。
哲磨は激痛に耐えきれず、その場に倒れ、九の字に身体を曲げる。
「あーあ、だから言ったのに。あたしたちに関わり過ぎるから」
「おせーよ、もう少しでヤバかったじゃねえか」
「そんなん言われても仕事が忙しくて、中々抜けられなくてさあ。
……で、どうするの、こいつと、あの女の子二人は?」
「燃やして秘匿の処理業者に頼んで、パラパラの有機肥料行きさ」
「あははっ、いい作物が出来そうね」
声は聞こえても。僕は痛みで動けないままだった。
顔に被せられる布の隙間から、ツンと鼻をくすぐる鉄錆と煙草の香り。
「ねえ、所で例のアクセは持ってた?」
「いや、ポッケにはレシートしかなかったぜ。大方、家に置き忘れたんだろうな」
「そう。ならいいわ。後はとっととアレを奪うのみね」
「はいはーい!」
二人の謎の会話も気になったけど、深裕紀や此処伊羅さんの声がしないな。
一体、何がどうなってるんだ……?
──痛みは和らいできているが、頭がぼんやりとしてくる……。
僕の意識は意味不明な解答を探しつつも、その考える意欲さえも徐々に薄れていった……。
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