第7話 さあ、今日も忙しい一日の始まりだ

「それで何で、お前が居るんだよ?」

「何でって、そこに座っている女神のお導きさ」


 リムジンの車のドアが内側から開くと、広い車内の正面で足を組み、シャンパングラスに注がれたオレンジジュースを飲む男がいた。

 僕の知る限り、知り合いの輝市朗てるいちろうこと、通称テルという本人に間違いない。


「フッ、二人の美少女から見つめられて、俺も罪な男だぜ」


 髪をワイルドに掻き上げながらも、クールなことを言う存在自体を、今すぐ消してしまいたい。 

 黒板消しで黒板に描いた、チョークの似顔絵を消すように……。


「なあテル、女神って、此処伊羅ここいらさんのことか?」


 僕がテルの向かい側に座っている、気品が漂う此処伊羅を指さす。

 あっ、人を指さすのはマナー違反か。


「そう、迷える子羊を、彼女が救ってくれたのさ」

「お前の家、学校から徒歩3分だろ?」

「フッ、驚くなよ。3分もあればカップ麺が作れるぜ」

「話を逸らすんじゃない‼」


 やれやれと呆れ顔で、ジュースを舌鼓したつづみするテルに怒りをぶつける。

 そのジュースは自腹だろうな?


 ……いや、心を落ち着かせろ僕。

 こんなのを、まともに相手にしても疲れるだけだ。

 必要最低限の理由を聞いて、適度な距離を保とう。


「テルはどうして、この車に?」

「ああ、登校中に財布とスマホと爆弾おにぎりを忘れてさ、必死になって家に帰ったら遅刻しそうになって、並木道で息を切らして、ひざをついていたのさ……。そしたら『もし良かったら……』と、見慣れた美少女から誘われてさ」

「いや、お前、比較的な方だし、家から歩いて3分だったよな?」


 それに爆弾おにぎりの詳細を聞いてみたら、ご飯が炊き込みのかやくご飯だったことにも呆れ返る。


 紛らわしいな、そのかやくかよ。

 こんな車内で爆弾テロでもあったら、洒落にならないからな……ナンパは好きなヤツだけど、そんな破壊工作が好きなヤツじゃないし……。


「うふふ、二人とも芸人のやり取りみたいで面白いねw」

『誰がコイツなんかと!!』


 深裕紀みゆきの穏やかなツッコミに、僕とテルの本音が見事にダブる。


「まあ、とりあえず安良川あらかわ君も、橋ノ本(はしのもと)さんも座ってもらえますか。このまま立ち話をしても、時間が勿体もったいないですし」


 それもそうだ。

 僕と深裕紀が車外で待っている中、遅刻へのタイムリミットは刻々と過ぎていく。


「そうさ、女神の言う通りだ」

「テルは、ちょっと黙っててもらえるか……」


 此処伊羅の所用者でもあるリムジンにドンと構えて、車内に居座るテル。

 お前には遠慮というものがないのか?


「じゃあ、運転手さん、レッツゴーだ!」

「だからテルの車じゃないだろ?」


 テルをスルーし、ようやく四人揃って、後部座席に乗り込むと、テルが親指を突き立てたまま、バックミラー越しに執事さんに合図する。

 その合図をみ取り、車はゆっくりと走り出した。


 亀の甲より年の功。

 執事さん、こんなワガママ男に無言で気を合わせて……思いやりに満ち溢れてるな。


「あの……それでその夫婦めおと漫才は、学園に着くまで続くのでしょうか?」

『夫婦じゃない!』


 失礼だな、僕もテルもノーマルだぞ。

 どうして女性陣は少しでも男通しで仲良くしていたら、そんな妄想を膨らませるんだよ!

 あっ、女通しで百合を想像する男心と一緒か。


「ねえ、橋ノ本さん、今日はアレって本当のことですか?」

「うん。本人は忘れてるみたいだけど脅かせたいからね」

「ならば、わたくしも付き合いましょう。今日は土曜日ですし、帰りも、この車を用意して待ってますので」

「ありがとう、紫四花しよかちゃん。後、呼び方は深裕紀でいいよw」

「はい、深裕紀さん」


 向かい合わせの仲良し二人も、何やら賑やかに話を交えている。

 ああ、むさ苦しい野郎二人とは違い、正反対の座席からは、お花畑のいい香りがするな。


「何か、向こう楽しそうだよな。俺もあっちに交ざってもいいかな」

「交ざってもいいが、場合によっては警察に通報するからな」

「ヒデーな、それでも心のかよ」

「あのさあ、僕はいつからテルの下僕になったんだよ?」

「うーん、地球誕生からかな?」

「僕は生きた化石かよ!!」


 こうして車は学園の正門前に停車し、此処伊羅が執事と軽く会話をしてるのを後にし、僕は学園へと足を運んだ。


****


「──オーダー入ります。デミグラスハンバーグ1、カツ丼1、のり弁当2!」


 銀色の冷蔵庫が左右の奥に均等に並び、熱気が漂う厨房に届くおばちゃんの声。

 学園の制服から白い制服に着替えた僕は、せっせと自動スライサーにて、キャベツの千切り作業に追われていた。


 僕は学園からの帰りに、二駅越えた永野ながの県の繁華街にある、この弁当屋にじかに来て、土日の週末にアルバイトをしていた。


 僕の通う学園では、基本にバイトは禁止だ。

 だけど経済的事情で、どうしてもお金が必要ということなら、親宛ての同意書に簡単に詳細を記入し、学園長に提出すれば、大抵の勤務の許可はもらえる。


 僕の場合は両親共に海外勤務であり、それなりの仕送りは貰ってはいるが、所詮しょせんは生活費だけであり、流石さすがにそれだけで、生活はまかなえない。

 小遣いが欲しいのなら、親を当てにせず、自分の力で稼げ。

 今では売れっ子で、海外を飛び回る漫画家の父が言っていた名言だ。


「安良川くん、千切りの手を止めて、ちょっと隣で豚カツを三枚ほど揚げてもらえる? あたしがカツ丼の卵を煮込むから!」

「はい、分かりました。東峰岸あずまみねさん」


 僕は女店長の東峰岸さんの指示のもと、業務用フライヤーに豚カツを三枚を揚げる最中さいちゅうに、底が深いお椀形の使い捨てトレイに炊きたての白米を盛り付ける。

 しばらくすると豚カツがこんがりと揚がり、油の表面にうっすらと浮かび上がってきた。 


 僕はその豚カツをトングを使って、油から油切りの網へと移し、さらにペーパータオルで余計な油を切る。

 その油を切った豚カツを、まな板の上に載せ、包丁で一センチ感覚で切り、器に入れたご飯の上に並べると、タイミングよく東峰岸さんが、その上に親子丼鍋で煮込んだ玉子と玉ねぎが混ざったタレをかける。


「さて、カツ丼一品完成ね」


 東峰岸さんが額の玉の汗を浮かべながら、せっせと次の調理に取りかかる。


「あの、すみません。注文いいっすか~?」

「あっ、安良川くん。新たにお客さんが来たわ。厨房はあたしがやるから、接客に回って、オーダーをとってもらえる!」

「はい、分かりました!」


 近所にはコンビニしかないせいか、ここの年中無休な弁当屋は週末も忙しい。

 しかも、この夕方の時間帯は夕ピークと呼ばれ、6畳ほどのカウンターに、弁当を求めてやって来るお客さんで押し寄せ、狭い店内は混雑する。

 一時間で五十人の客が押し寄せ、100品ほどの注文数をさばくなんて、ざらにあるのだ。


 それに比べ、この店のスタッフは僕を含めて、数人と人手が足りない有り様。

『うーん、簡単な調理作業なのに、飲食業って、抵抗あるのかな?』と、東峰岸さんが休憩室でPC作業をしつつ、首を傾げるのもしょっちゅうだ。


 さあ、今日も忙しい一日の始まりだ。


****


「おつかれ」

「お疲れ様です」

「おつかれ、安良川くん。もう時間だから上がっていいわよ」

「はい」


 滑らかに秒針を刻む厨房の壁時計の針は、すでに夜の11時過ぎを指していた。


「ごめんね、人手が足りなくて、残業になっちって」

「いえ、深夜手当てが付きますし、別に僕は構いませんよ」

「ありがとう。それと、これ持って帰りなよ。さっきのオーダーミスで余ったのり弁当。あたしがお金払っておくからさ」


 東峰岸さんが厨房の冷蔵庫から出した、一包みの弁当箱のトレーを手渡してくる。


「ありがとうございます」


 一人暮らしの身にとって、このような食材の提供はありがたい。


 この弁当屋では店のスタッフやアルバイターになれば、弁当をいくらか割引で購入できる制度がある。

 僕が、このお店で働こうとした理由の一つでもあった。


「さあ、早く帰らないと終電になっちゃうわよ。明日も、ここのバイトがあるでしょ」

「はい、お気遣いありがとうございます。お疲れ様でした!」


 これで今日何度目かのお礼かも忘れ、僕は弁当の入ったレジ袋を手に提げて、にこやかに店を後にする。


 普段より、やたらと機嫌のいい僕は、眼鏡を指先で整えながら、急ぎ足で駅へと進む。


 僕が機嫌が良いのにも訳があった。

 さっきLINAにて、急遽報告があったのだ。

 今夜は僕の両親が、久々に家に帰ってくる日だと……。



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