第34話 お越しにきやした吉備団子(ジーラ視点) 

 これは昔むかしのお話です。


 おじいさんとおばあさんが山の中にあった一戸建ての廃屋を無料同然で買い取り、これまで家というものを知らなかった二人は踊るように叫びながらジャパニーズフィーバーな毎日でした。


 ──たこ焼きではなく、オリジナルさを売りにした茹でタコ屋の事業に失敗し、多額の借金を抱えた二人は、橋の下で暮らしていた段ボールハウスとは違い、雨風がしのげて、おまけに温かいお湯とエアコンのお陰で快適な寝床で安眠できる家に幸せを感じていったのです。


 ──おじいさんとおばあさんは部屋の中を派手な誕生日会のようにギンギラギンな飾りつけをし、コーラ片手に大はしゃぎの日々でした。


 ──コーラの過剰摂取により、カフェイン中毒になり、ろくに睡眠をとらなかった二人に、謎の神からの言葉が聞こえ出し、二人は自分たちは神に選ばれし者と感じ取り、その神を身近に感じながら、今日も精一杯、日常を謳歌おうかしました。


 ──そんな昼下がり、おじいさんは山の頂上で一人で山彦に励み、おばあさんは川で洗濯を放置して、川でおじいさんの山彦を耳にしながら、今後のおじいさんの選択肢について悩んでいました。


 もういっそ、あの遊び呆けたじいさんを老人ホームにでも預けようか……とまでに考えていたのです。


 おばあさんの意思は強く、雨降って地固まる大地のように決断していました。


 ──ふと、その時でした。

 何の前触れもなく、川の上流からどんぶらこっこ、どんぶらこっこと奇妙な異音を立てながら、一個の大きな桃が流れてきました。


 そのあまりにも美味しそうな桃の艶に見とれ、ヨダレを食っていたおばあさんは、これは久々のうまい飯にありつけると地引き網を両手にその大きな桃を捕まえることに成功しました。


 おばあさんはつぶらな目を飢えた野獣のようにギラギラさせながら、網にかかった桃を家まで運びました。


 これだけ大きければ、一時飯の心配をしなくていい。

 さて、美味しいぬか漬けにでもしようかと……。


 ──無職のおじいさんと比べて、私は家事を任された主婦の鏡。

 半分ボケたおじいさんに頼らず、自分の餌くらい自分で確保しなければ……。

 日頃から家庭菜園もしていたおばあさんもおじいさんというかせから逃れ、自立の道を歩もうとしていたのです。


 ──その日の晩、おじいさんが帰ってきて、おばあさんは大きな桃を見せて、おじいさんに『私は貴方がいなくてもできる女だ』と見せつけるとおじいさんは、『ならこやつを料理できるんだったら、この桃を山分けにしようや』とワガママを言い出しました。


 おじいさんは無職どころか、空気さえも読めない困ったお人柄だったのです。


 ──おばあさんは仕方なく、納屋にあった大きな鉈で桃を縦半分に両断しました。

 すると、中から裸一貫な一人の男の子が出てきたのです。


「アブねーな、人ごとぶっ切るのかよ、この夫婦は……」


 危うく熟年夫婦により、命をおとしかけた男の子を見て、おじいさんたちは桃から出てきたので、問答無用で桃タローと名付けることにしました。


「おい、俺には二宮金四郎にのみやきんしろうという素敵な名前があるんだけど?」

「桃タロー、私たちの前に生まれてきてくれてありがとう」

「だから俺は養護施設でのかくれんぼで桃の中に潜っていただけで……」

「桃タロー、とりあえず桃はワシらがいただくな。むしゃむしゃ」


 おじいさんとおばあさんは桃タローの話にも耳を傾けず、取れたての桃を頬張り、この世のことわりに感謝をしていたのでした。


 ──それから数年が経ち、桃タローは二人に愛されて、すくすくと健やかな成長をとげました。

 背もたくさん伸び、体つきも男の子らしくガッチリしてきました。


「何か、日頃お世話になってるお礼がしたいな」


 桃タローは親孝行な男の子でもありました。


 生まれてきて親がいなかった自分に温かな愛情を注いでくれたおじいさんたち。

 桃タローはおばあさんのお手伝いの時にもらったお小遣いを貯める最中に、二人のために何かしてあげたいという心が芽生えつつあったのです。


「おじいさん、おばあさん」

「「何じゃ、桃タロー?」」

「俺、今から土地買ってくるわ」

「「桃タロー、何を言って?」」


 桃タローの意外な発言にいちいちハモってくる夫婦の方もウザかったのですが、桃タローの想いは変わらないままでした。


「鬼ヶ島という鬼が住んでいる土地があってさ、人々を困らせてる鬼たちを追い出して、二人のマイホームリゾートを建ててあげたいんだ」

「桃タロー、正気か? あそこは怖い鬼が巣くう危険な島じゃぞ。生半可な気持ちでは返り討ちにあうだけじゃ。なあ、おばあさん」

「そうじゃの。桃タローは何も言わずに私の手作りの吉備団子をずっと食べてればよいではないか」

「いや、二人ともこの計画にのってくれ。二人の未来のためを思って言ってるんだ」

「「ほおほお」」


 おじいさんとおばあさんはハモりながら、少しの間、悩んでいましたが、桃タローが自分で選んだ道ということで納得し、桃タローを新天地へ旅立たせることにしました。


****


「桃タロー、体に気をつけてのう」

「最近、物騒な風邪も流行っておるからの。もし感染したら無理をせず、治療に専念せえよ」

「ああ、ありがとう。必ず親玉の首を揃えて持って帰ってくるよ」

「いや、生首はいらん。想像しただけで鳥肌が立つからのお」


 桃タローはおばあさんから吉備団子の入った包みをもらい、鬼ヶ島への旅を始めました。

 吉備団子の包みは一晩で食べきり、餌を探すのも一苦労でしたが、後に仲間になってくれたウサギと亀の力により、何とか前線に復帰したのです──。  


****


「ジーラ君、この卒業論文は何かね?」

「……自分が目標にしてる夢」 

「桃タローとはあの昔話のアレンジかね? それが将来のパン屋と何の関連性があるんじゃ?」 

「……人の心をぐいと掴む、ユーモアのある斬新なパンのアイデア」


 二人っきりの進路相談室でジーラがエンガワ教師の前に一つの茶色い紙袋を差し出す。


「これは何じゃ?」

「……今日の登校前に作った吉備団子パン」

「なるほど、そういうことかね」


 エンガワ教師が袋から取り出したあんパンの形をしたパンは光沢を帯びて光輝いていた。


「……どうぞ、ご賞味あれ」


 ジーラにそそのかされるが、迷うことなくパンをしまい、その包みを静かにテーブルに置くエンガワ教師。


「いや、ジーラ君」

「基本、弁当以外、校内での食べ物の持ち込みは禁止じゃ。それが分かったゆえの行為なのかの?」

「……自分は先生に食べて欲しくて……うるうる……」

「ああー、分かったから泣くんじゃない。このパンは今日の昼飯にするわい」


 エンガワ教師の心意気にジーラは心から嬉しそうにしていた。

 ジーラにとって、人生初の手料理パンを食してくれるお客さんの誕生でもあった。


****


 ──その日のお昼休み。

 エンガワ教師が昼食中に突然倒れ、職員室は騒然とした。

 白目を剥き、泡を吹きながら、『濃厚でネットリした味じゃ……』と呟いて──。


 エンガワ教師のデスクの床には異色の緑のソースが垂れた食べかけのパンが転がっていた……。

  

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