第8話 嫌な噂
朝食を取り終えた俺は硬貨に付いた血糊を【霊衣】で拭っている中、ふとした疑問を持った。
「そう言えば、こっからの生活資金ってどうすれば良いんだ?」
そう、生活資金。
一応今はエリオットから奪ったものがあるが、このまま使い続ければそう遠くない内に枯渇する事は想像に難くない。
ともすれば何らかの手段で金銭を稼ぐ必要があるのだが、お生憎様就活が始まる前に転移したのもあって就業のイメージが全くと言って良い程無かった。
「どうするも何も、稼ぐしかないよね」
「いや、そうじゃなくって。どういう手段で稼ぐかだ。例えば冒険者ギルドとかそういうのあるんじゃないのか」
「無いよ。冒険者ギルド」
「え、無いの?」
「うん。少なくとも僕の探知できる範囲にそう言った場所は存在しないかな」
平坦に告げるジャックを前に俺は膝から崩れ落ちる。
アカンこれは駄目だ、と。
就業経験は皆無、コミュニケーション能力は中の下、異世界文字は読めども書けず、肉体労働には向かない貧弱ひょろひょろボディー。オマケに文系大学だから得た学びも文化圏がまるで異なるこの世界では活かしようがない。
お終いだ。願いを叶える以前に、金が稼げなくて死ぬ。なんて間抜けな死にざまか。
「ジャック、異世界にもハローワークってあるのかな……」
「……死んじゃいそうなところに追い打ちかけるようで心苦しいけど、異世界に就労支援の四文字は無いかな」
就労支援すらないと言う。……そう考えると、日本の就活のがまだマシかもしれない。いや、実際のところは知らないけれども。
「あ、でもでもモンスター自体は居るからモンスター狩りを生業にしてる人達ならいるんじゃないかな。冒険者ギルド自体は無くても自警団とか、あとちょっと毛色は違うけど騎士養成所もあるにははあるっぽいし」
「ギルドは無くてもしっかりモンスターはいるのかよ……」
こうなったら、いきなり騎士団養成所編を開始するしかないか。
普通こういう展開とかってある程度話数進んでからだと――いや、待てよ。ってなるとそれはそれで入学金が要るのでは?
「ジャック」
「な、何かな。目が死んじゃってるけど」
「……俺は貝になりたい」
「いや、いやいやいや。それじゃあ君の願いとか世界の命運はどうなっちゃうのさ!?」
「分からない……と言うか明日の生活のビジョンさえ見えない。……可処分時間に、嵩む出費……無職のレッテル……うぷっ」
「駄目だこの成人男性、就活のダークサイドに嵌っちゃってる」
『はぁ、就労如きで頭を抱えるな馬鹿者』
「とは言っても、じゃあどうすりゃあ良いんだよ」
『どうするもこうするもモンスターを屠れば良い。それで全て解決する』
少し呆れたような声音によって思考が停止する。
『この世界のモンスターは殺すとその肉体は【魔素】に還元され、還元出来なかった余分は形を変え貨幣や素材となる。故に冒険者ギルドなどというものは無くても構わない訳だ』
「RPG方式だったのか!?」
……悩んで損した。
けど、そうなると世界の経済とかどうなっているのだろうか。RPGにその手の疑問を持ち込むのは無粋だけれども少し気になる。
まぁそれは一旦置いておくとして、
「となると【欠片】が出現するまではモンスターを狩れば食べていけるって訳だ」
『ほう、随分と簡単に言う。命を刈り取る行為、という点では昨日の夜と何ら変わらないだろうに。これはどういった心境の変化だ?』
「俺は俺の為に動いて、自分で責任を負うって、そう決めたんだ。それに……綺麗ごとは、余裕が無くちゃ言えない」
『随分と俗物的な思想だな。だが、まぁ良い。存分に励めよ俗物』
「あー、ちょっと待った。一個相談に乗って欲しい事があるんだけども」
『……何だ』
「俺、まともに戦いなんてやったことない」
俺は生まれも育ちも地方都市だ。山でKEMONOたちと戯れたYAMA育ちという訳でも無く、平凡で平和な生活を今まで送って来た。つまり戦闘経験なんて全くない訳で。
それに加えて適性があるとか言われた火の魔法……この世界だと【
この状態でモンスターに勝てるか不安しかない。
『なんだそんな事か、ならば話は早い。近くの【旅人の祠】に向かえ』
「【旅人の祠】?」
『ああ、そこには姿を映した者の精神から情報を読み取り、鏡面に投影する特殊な性質を持った鏡が祀られている。それを用いれば現在の己の技量や隠された適性など自身についての詳細な情報を知ることが出来るはずだ』
「所謂ステータスって奴か。でも適性を知っただけじゃ強くはなれないんじゃないか?」
『己を知らぬ者に強くなる道理なぞ無い。付け焼刃の力程信用出来ないものは無いと知れ。安心しろ、閲覧したステータスを基に俺が最適な鍛錬を提案してやる。【魔王】ズ・ブートキャンプだ』
「【魔王】ズ・ブートキャンプ」
字面が絶妙にダサく見えるのは俺だけだろうか。
とは言え【魔王】の言う事も尤もだ。……就活でも自己分析は大事だという話は聞いているし。それに鍛錬を提案して貰えるというのだからもう至れり尽くせりだ。これは勝ったな。
「ジャック、【旅人の祠】って近くにあるか?」
「一回街から出ないといけないけど割と近い位置にあるかな」
「それじゃあ、一回【旅人の祠】に行ってみるか」
そして俺達は【旅人の祠】に向けて足を進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます