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「それは、匠海くんが守ってくれたからだよ。おばあちゃんは身を呈して守ってくれた事、本当嬉しかったと思う。鞄って、オレンジ色のちょっとくたびれたやつでしょ?今も使ってる」
「はい」
「あれね、おじいちゃんが買ってくれた唯一の鞄だから、何十年も使ってるの。それに今もそう、おじいちゃんが残してくれた大事なお店を、匠海くんが守ってくれてるんだもん」
「…俺なんて全然ですよ」
「そんなことない!匠海くんが来てくれておばあちゃん凄い楽しそうだし、お蕎麦は美味しいし、あの店には勿体ないくらい」
「やめて下さい、あの店なんて!俺は救われたんです、キヨエさんと邦夫さんが残したあの店に…!」
そう言ってから、匠海ははっとしたように顔を俯けた。「すみません、大声出して」と、しゅんとするものだから、貴子は何だか胸が苦しくなる。
匠海は、よく大きな声を出した事を気にする。匠海は、一見、強面に見える。だからか、大きな声を出しただけで誤解されたり、怖がられた事があるのだろうか。
大事なもの、好きなもの、守りたいものがあって、匠海はその気持ちを必死に伝えているだけで、それが分かるから、大きな声を出したからって、貴子は怯えたりしない。でも、そんな貴子の気持ちを、匠海は知らない。
貴子も伝えなければいけない、少しずつお互いを知れば、遠慮がちな匠海でも、匠海にとっての居心地の良い場所を、自分も作れたりするのだろうか。
そんな場所に自分がなりたいと思っている事に、貴子は自分でも意外な思いだった。
男達からの暴力を前に、匠海は自分達の家族だと訴えたのは本心だ。今、匠海の気持ちを改めて知り、こんなにもキヨエの事を大切に思ってくれているんだと、その気持ちを貴子は嬉しく思う。けれど、その思いを自分の気持ちと結びつけた時、貴子はその気持ちをどんな言葉で表せば良いのか、よくわからないでいた。
もしかしたら、弟がいたらこんな気持ちなのだろうか。愛おしく思えるような、しゅんと落ち込むその姿を、守ってあげたいような、抱きしめてしまいたいような。
そんな事をぼんやり考えていれば、無言になった貴子を不安に思ったのか、匠海がそろそろと顔を上げたので、貴子は慌てて思考の海を押し退けた。
「そんな、気にしないで!匠海くんと色々話せて嬉しいんだから。大声とか思わないし!それに、ありがとう、おばあちゃん達の事、大事に思ってくれて」
慌てて言葉を紡いだが、匠海にはちゃんと伝わっただろうか。匠海に変に遠慮されたりしないだろうかと、不安になったが、匠海はそっと表情を緩めてくれた。
「…いえ、俺の方こそ、ありがとうございます」
「ん?」
「…大事な家族って言ってくれて、あいつら相手に啖呵切ってかっこ良かったです」
「やめてよ、あの時は本当、心臓壊れるかと思ったんだからね!」
「…はは」
貴子がやや大げさに項垂れて嘆けば、匠海は控えめに、それでも堪えきれないといった具合に笑った。貴子はぱちぱちと瞬きをして、それからつられるように笑った。
初めて見た匠海の笑顔は、思ったより幼かった。
「…俺、この店に来れて良かった」
「私も匠海くんに会えて良かったよ」
「…恥ずかしいです」
「あはは、照れないでよ」
笑って食事をする頃には、一輝がスイカを持って現れて、それからはまた芋蔓式に人が集まり、賑やかな夜が始まった。匠海はずっと笑っていて、それが貴子には嬉しかった。
***
貴子が東京に帰る日は、あっという間にやって来た。
集落の皆に別れを告げると、貴子は匠海に車で駅まで送って貰った。
キヨエはまだ足を引きずっていたが、店が壊されたと聞いてショックを受け落ち込むどころか、今まで以上に元気な姿を見せていた。
今は匠海も居る、一輝も店を見回ってくれているし、何より店の再開を望んでくれる人がいる。くよくよしてる暇は無いのだと。
車の中では、思い出したように会話がぽつりぽつりと続く。匠海とは、いつもこんな感じだ。キヨエといる時はどうか分からないが、貴子といる時は、いつも静かな時間が流れている。けれど、そこに気まずさはなく、穏やかな時間は心地よさすら感じてしまう。悠々とした山々に、田畑にはぐんと伸びた青々とした作物が揺れ、流れる車窓の風景も貴子に寄り添うようだった。
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