6
「蝉とは寝ているの?」
端的な問いだった。薫は冷たい手で心臓を掴まれたみたいにぎょっとして、瀬戸の顔色をうかがった。
瀬戸の表情は平静だった。ただ、薫の手を掴んだ瀬戸の手は驚くほど熱かった。
熱い。
薫があえぐように訴えると、瀬戸は驚いたように自分の手を見下ろした。
「……俺も、随分必死だな。」
自嘲気味に呟くと、瀬戸はぱっと薫の手を離した。
するとなぜだか、薫の手はほとんど自動的に瀬戸のそれを追い、きつく握りしめていた。
瀬戸が、薫の手をじっと見つめる。
「……人恋しいの? それとも、俺だからって自惚れていい?」
なんとも答えられない薫は、震える手にさらに力を込めた。
人恋しいのは、多分いつもだ。6つで親を亡くしてから、薫はずっと人恋しかった。手を握り、肩を抱き、傍らで眠ってくれる誰かが欲しかった。けれどそれは、瀬戸という個人の姿をしてはいない。もっと靄のように、ぼんやりとした『人間』を欲していた。蝉でも、瀬戸でもなく。
それに気がついてしまうと、薫は悲しくなってきた。とても、とても悲しく。
もしも空襲で両親を亡くしていなかったら。
そう考えることはよくあった。
そして、今強く思うのは、もしも空襲で両親を亡くしていなかったら、蝉にも瀬戸にも抱かれなかったということ。
こんな人恋しさなど知らず、誰に抱かれなくても生きていけたということ。
今の薫にとって、セックスは仕事を越えたなにかだった。もっと必死で、切羽詰まった、血の匂いさえするなにか。
「蝉さんとは、寝ています。」
声の掠れは隠せなかった。唇がやけに乾き、薫はそっと舌を伸ばして自分のそれを舐めた。
すると、瀬戸も薫の唇に顔を寄せ、舌と舌とを絡めるように唇を舐めた。
そっか。
瀬戸のその声は、ほとんど感情の色が含まれていないように聞こえた。ただの、戯れの短いため息みたいに。
「でも、お金はもらっています。いつも。必ず。」
でも、で接続する内容なのか、薫にはよく分からなかった。ただ、言わねばならないような気がしただけだ。誰とも自分は無料では寝ていないと。
そっか、と、薫の舌を舐めながら、瀬戸はまた呟いた。
風の音が強く聞こえる。寒い、と、薫が呟くと、瀬戸は薫の肩を抱き込んで、手のひらでさすってくれた
その仕草は、10年前に薫を拾ってくれた女のそれに重なった。
寒い晩、女は幼い薫を抱きしめ、肩をさすって眠ってくれた。
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