第14話 超掌編シリーズ 「壁と泥と悔しさと」

俺は一体、何をしてきたんだろう。

 真夏の日差しが、俺の心に影を作る。

「努力なんて、したって無駄だってこと」

 俺の心が、勝手に呟く。

 やめろ。うるさい。

 俺は、現実の理不尽に、打ちのめされる。

 それは、視線の先にあるバッターボックスに立つ、親友を見て思ったこと。

 俺はなぜか、ベンチの端で座っていた。

 そこにあるのは、大きく、分厚い壁だった。


 ※


 一年前に遡る。

 俺と親友は、河川敷を歩いてた。

 今日、3年生の夏が終わったからだ。

 先輩達は泣いていた。監督も泣いていた。俺達一年は皆俯いていた。みんなどんな顔していいのか分からないからだ。


「なぁ、俺達もいつかああやって泣ける日が来るんだろうか」

 親友は、俺にそう投げかけてくる。

 俺は、少し考える。

「今までと変わらず、やる事やっていれば泣ける時が来るんじゃないかな?」


 俺と親友は、小学生の時から野球をしてきた。俺がピッチャーで、あいつがキャッチャーで。

 考えることとかは、全然違うけど、野球だけは気が合う不思議な関係だった。

 それは中学、高校になっても変わらなかった。俺たちはずっと、進学先も一緒でずっと野球をしてきた。

 そして、二人で県の中でも有数の強豪校に入ることが出来た。合格が決まった時は、二人で騒いだのが懐かしい。

 そして、高校へ入学すると、野球での推薦で入ったのもあって、野球漬けの日々が続いた。毎日が汗まみれ、泥まみれで、必死に食らいついていた。

 

 河川敷に座り込んで、二人で空を見る。

 もう、日が暮れる一歩手前。世界が夜へと切り替わるのだ。


「なぁ、俺たちは来年どうしてるかな」

「わからない。でも、毎日あれだけやってるんだ。二人でスタメンになれてるといいな」


 先の見えない、そんな問答は、空へと融けて消えてゆく。


「あぁ、そうだな。やるしかないんだな」

 親友は呟いた。俺たちは来るとこまで来たんだ。今更俺たちは逃げられないんだ。


 ※


 あれから一年ほどの時間が経った。

 今目の前にある光景が答えだ。


 俺たちは2年生。レギュラーに選ばれる可能性は十分にある学年だ。

 そこで俺は、‪”‬呼ばれなかった‪”‬。

 親友は呼ばれたのに。あいつは驚いていた。だけども、一番驚いていたのは俺自身だった。

 初めての挫折だった。いや、今までが上手くいきすぎていたんだ。

 努力すれば、目標にたどり着けるって。俺には野球でその才能があるって勝手に決めつけていたんだ。


 それは驕りだ。情けなくなって、その場から逃げたくなった。その日、俺を必要としないチームは、完封で勝利した。

 

 その日の夜、俺は一人で河川敷にきた。

 空は真っ暗で、星が光り輝いていた。

 眩しいな、そう思っていた。

 でも、星を見ている度に、自分も知らないグツグツとした感情が湧いてくる。

 それの扱い方に困った俺は、自分を殴った。ひたすらに殴った。気が済むまで、ずっと。


 気が済んだのは、30分ほど経ってからで、頬に痛みが蓄積して、耐えきれなくなった後だった。

 俺は痛くてうずくまる。頬も痛いし、心も痛い。喉から得体の知れないモノが吐き出されていた。

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!! 畜生!! 俺は、俺は……」

 涙が止まらなかった。涙が溢れて、溢れて止まらなかった。手の甲で幾度となく拭っても、止まることはなかった。


 泣き始めて30分ほど。涙も涸れて、出なくなってようやく落ち着いた。

 口から出るのはため息ばかり。

 たまたま、河の傍に立つと、水面に自分の顔が映る。

「なんだよ、その顔。だっせぇな」

 ボコボコの頬。涙で腫らした瞼。

 こんなの他人に見せられない顔だ。その顔を見て、俺はお腹の底からぷくぷくと湧いてきた笑いが外に漏れだした。

「アハハ!! だっせぇ、だっせぇよ!! でも、でもさ」

 俺は、水面に映る俺にこう投げかけた。

「そうやって、野球に振り回されるくらいには、野球と向き合えてたんだな。本当は。偉いよ、お前」

 俺は、歩き出せる気でいた。一歩一歩は重くても、生きてる限り歩くしかないんだから。


 あれから二ヶ月ほどが経った。

 俺たちは、県予選、決勝で負けた。

 先輩たちの夏が幕を閉じた。


 先輩達は号泣だった。

 俺も、親友も、他の一年の皆だって泣いていた。

 俺はその時、「誰かの歩んだ道を見て、泣けるようになったんだ」という実感が湧いた。

 そう思えるくらい、先輩たちの背中を見て、そして助けてもらったんだと思った。


 次の夏、俺はマウンドに立てるだろうか。

 立てるだろうか、ではない。立つんだ。

 今年の悔しさを忘れるな。あれは、俺にとって糧になった悔しさだ。

 あれを知った俺は、もっと強くなれると、心に思いながら前を向いた。

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短編小説集「熟練度上昇中」 凪怜士(なぎれんじ) @KEmuri913

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