第6話 お題「1万円札」

 俺は座り込み、猛烈に悩んでいる。

 目の前には1万円札が落ちている。

 この前出たあのゲーム買いたいからこの1万円を拾って使ってしまいたい……。

 「何してんのー?」

 後ろから、声をかけてくるのは幼馴染のまなだ。

 「えっ? な、な、何でもないけど?」

 そう返すと、ジーっと俺の事を見つめてくる。

 「なんか、あやしー。何か隠してんなー?」

 「な、何言ってんだよ。何も隠してるわけないだろ?」

 すると、まなはうーんと腕を組み唸りだす。すると、何か閃いたように、俺とは対極に指を指した。

 「あ! あそこに100万円が!?」

 「ひ、100万円!?」

 俺は振り向いてしまった。

 「あー! やっぱり隠してた。1万円」

 げっ、バレた。俺は咄嗟に隠そうとしたが、彼女は、俺の身体を避けながら、落ちていた1万円を拾う。

 「これ隠してたわけかー、なるほどねー」

 「い、いやー隠してたわけじゃないよ」

 「その反応、苦し紛れすぎない? それ」

 「そんなことないけどなー。ちゃんと俺はこれを警察に届けようか、か、考えてただけだし」

 「めちゃくちゃ動揺してるじゃん。どうせ、使っちゃおうかなーとかそんな算段だったんでしょ?」

 札をひらひらさせながら俺に問うまな。俺は彼女の一挙手一投足を見る。隙を見て、あの1万円を取り返すためだ。しかし、彼女はその場から去ろうとする。

 「ちょっと! どこ行くの?」

 「どこって、警察よ。落とし物なんだから、届けないと」

 俺は彼女が歩くのを止めるために、右足にしがみつく。

 「ちょっと。何すんのよ」

 「警察になんて届けさせてたまるか!」

 「あ、あんた。足にしがみつくってどういう……」

 「う、うるさい! 俺は、俺は……。その1万円を使うんだー!」

 俺は足を掴む腕に力をこめる。まなは足を動かすことが出来ない。

 「あ、アンタ、バカなの!? てかそれで頭上げるんじゃないわよ。頭上げたら……」

 「えっ、何?」

 俺は、1万円に必死になりすぎた。頭を上げたら、そこにはまなのスカートの中の楽園が……。

 その瞬間、頭にズーンとした衝撃が走る。思いっきり殴られたのだ。

 痛みで頭を抱える。こいつ手加減ってもんを知らねぇのかと思いつつも、顔を見ると今まで見たことが無いくらい真っ赤だった。

 「ほんっと、アンタって最低なんだから」

 「いや悪かったって、そこまで気が回らなかったんだよ。だって」

 あ、あれ。まなが持っていたはずの1万円が無くなっている。

 「まな。1万円をどこやった?」

 「そういえば、無いや。どこ行ったんだろ?」

 2人でキョロキョロと見回す。すると、1万円は高く舞った後のようで、ひらひらと落ち、側溝に落ちそうなところまできている。

 「あ、あれ!」

 「拾った1万円、落としてたまるか。うおおおお!」

 俺は今までにないくらいの身体の動きで、側溝に飛び込む。

 まなも、飛び込みはしないものの、手を精一杯1万円に手を伸ばす。

 だが、そんなひらひらと舞い、俺たちの手をすり抜けて、空しく1万円は側溝の中へと落ちていく。

 もう拾うことが出来ない。残ったのは頭に残った痛みと、まなの楽園の記憶。

 1万円のことは虚しいが、虚しいけれど、楽園を見ることができたのは忘れない。

 まなはとても不機嫌だけれど、仕方ない。

 ありがとう、1万円。さようなら、1万円。また会うことが出来たら会おう……。

 

 

 

 

 

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