第15話 〝オウカ〟———斬魔の装

 敵は近い、トゥーリは急かす。対抗しなければならない。

 だが———魔法は使えない! 方法がわからない!

「どうやって⁉」

 敵は空の上だ。

「———がむしゃら!」

 くそ! 根性論!

 トゥーリに急かされるままに、力いっぱい跳びあがる。

 が————届かない!

 それどころかマックスは俺に敵意があると認め、爆撃の対象を〝オウカ〟に絞り、次々と爆弾を投下する。 

「ぐああああああああああああ!」

 周囲の光景が火炎で染まる。爆弾から発せられた、爆炎だ。

 どうする———? 

 ただの跳躍では飛行しているマックスには届かない。そして、武器はなく、魔力もなく身一つで戦わないといけない。どうするどうするどうする。今できることは両腕を前に組亀のように防御の体制を取ることだけだ。

「トゥーリ!」

「何⁉」

「ローナの魔力が俺に注がれているんなら、〝オウカ〟も魔法を使えるんじゃないのか? 魔力が足りないってわけじゃないんだろう!」

「そうだと思うけど……できてない……ってことは、ローナの魔力があなたの体質にあっていないか、それとも別の要因がある」

「原因は?」

「知らないわよ!」

 じゃあ、今は的になる状況を甘んじて受け入れるしかないってことか。

「でも手はある!」

「どんな⁉」

「ローナ! 藤吠牙に注いだ魔力が適合していないのなら、あなたが調律できるはずでしょう! 元々はあなたの魔力だし、〝オウカ〟を使えば可能のはずよ!」

「……ローナ何にもしないよ」

「はぁ⁉」

 ローナは不貞腐れたような顔を続けている。何なら今は頬を膨らませてさらに不機嫌さを表現している。

「何もしないって、そういうわがままを言ってられる状況⁉」

「ねぇ、ご主人様。どうして逃げないの?」

「え?」

「どうして途中で立ち止まっちゃったの? どうして今立ち向かおうとしているの? 全部無駄なのに、意味がないのに」

「……どういうことだ?」

「戦わなくても———見守っててもいいってことだよ。街が破壊されるのを……ただ」

「そんなわけには……」

「それが———ご主人様の望みでしょう?」

「————ッ!」

「そんな———わけないでしょ!」

 呆れた様にトゥーリに否定される。

「バリーの目的がユグドラシルの発動なら、どんな手を使ってでも藤吠牙を殺そうとするでしょう。ビフレストの欠片はソーガの手によってこの男に埋め込まれてるんだから」

「父さんのユグドラシルはじわじわとこの世界を侵食している。だから、別にビフレストの欠片は必ず必要って言うわけじゃあないのよ。時間がかかるっていうだけ。父さんは急ぎ過ぎている。別にそんな急ぐ必要なんて全くないのに。

 ————いずれこの地上は異世界に変わるんだから、染まり切ったら大丈夫でしょう?」

 ローナは平たんな表情で、淡々と言った。

「それって、この、俺たちの現実世界が滅びるってことじゃないか……」

「別にいいでしょ?」

「…………」

「本当にそう思ってる?」

 たたみ———かけるなよ。

 まただ。また同じ問いかけだ。前もやった問答……。

「思ってる」

「嘘。ためらった」

「…………」

 言葉が繋げなかった。

「……俺は、」

「いい加減にして! 今その話する必要ある⁉ 戦闘中なんだけど⁉」

 トゥーリの怒号でハッとする。

「もういい! ローナがやらないのなら、私がやる!」

 トゥーリが俺の席の背後———宝玉に向かって跳ぶ。

「何をする気だ⁉」

「〝オウカ〟を私色に染める———つまり、あなたの中に私が入る!」

「え⁉」

「だから———受け入れなさい!」

 トゥーリが〝オウカ〟のコアに触れた瞬間、彼女の体が、吸い込まれた。

 そして———、

「ウ—————⁉」

 入ってくる。

 心に、感情が、思考が、記憶が入ってくる。

 トゥーリの心が俺を侵食してくる———!

「受け入れなさい! 私は、父を正すためにこの世界に来た。この現実世界の人間の味方なんだから、あなたも私を認めなさい!」


 そうか———そうだったのか。


 トゥーリの、心、今までの経験すべてが見えて———同時に自分自身がどういった存在なのか理解した。

 パキィッと———頭の中にあった殻が割れて、何か大切なものがあふれ出てくる感覚がする。

 俺は、今まで俺じゃなかった……そんな感覚。

 この瞬間から———俺になるんだ。

「とりあえず————!」

 力がみなぎる。

「あのクロバエを————倒す‼」

 その力を右手に集め、放出するように腕を振る。

 右手に銀色の魔法の刀身が出現し————、


剣波ブレイク!」


 魔法の斬撃を————飛ばす。

 〝ソレ〟は想像以上の大きさだった。

 巨大化したマックスを両断する———だけじゃない。

 

 天を———断つ。


 もはや上に在る天を断つほどに巨大な斬撃の塊。

 マックスに向かって一直線に伸び———切り裂く。

 体を断たれた巨蠅は爆散し、欠片が地上に飛来する。

「な————⁉」

 驚愕したのはトゥーリの声だ。こんなに強大な魔法が発せられるなど思ってもみなかったと言う声色だ。

 トゥーリは通常の斬撃魔法を放ったつもりだった。

 だが、〝オウカ〟の魔力増幅機構と———そしておそらく……、

 もはや———通常斬撃魔法『剣波ブレイク』とは言えない。


 世界を断つ刃———『界刃イクスブレイク』という名がふさわしい。


「…………」

 俺は———理解した。

 〝オウカ〟の力が少しでも引き出されれば、どんなものでも倒せる無敵の力が発せられることが……。

 そして————戦闘が、終わった。

 だが、マックスが爆撃した街は戻ってこない。空襲を受けた後のような焼け野原の街を見下ろす。

「ここが、異世界に変わるってことか———」

「そうです! 時間が動き出したら、ここが私たちの世界に変わります!」

 ローナが嬉しそうな声を上げる。

「それはとっても素晴らしいことです!」

「…………」

 確かに良いことなのかもしれない。

 だけど————やっぱり、寂しい。

 そう思った瞬間だった。

「———ッ⁉」

 俺の胸が突然輝き始め———世界が閃光に包まれた。

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