第4話 黒髪の少年と赤髪の女冒険者

 突然の魔法に呆けていた私は、我に返ると少年を見る。

 年は十五くらいだろうか。

 身長は私よりも恐らく小さく、同業者なのかと疑いたくなるほどに細身。それに少年はおよそ中層では、無謀と呼べる見窄らしい装備をしていた。

 少年の手には、武器が握られていない。

 さっきの魔法が彼によるものだとするならば、魔法使いなのだろうか。

 しかし、おかしい。私の知る魔術師は、魔法を構築する魔道杖(ロッド)を媒介に魔法を発動している。それなのに彼の手には何も握られていない。

 まるで、一から魔法を発動させたかのような。

 魔法に精通しているわけではない。けれど、それでも彼の魔法が異常だということは直感で分かった。


「えっと……」


 なぜか少年は、黒髪をポリポリ掻きながら苦笑する。

 彼の容姿は、幼い頃に読み聞かされた御伽噺を連想させる。

 三百年前に邪竜から救った勇者の姿だ。

 実際に見たことはない。だが、誰もが人生で一度は御伽噺で聞いたことがあるだろう。

 異世界からの来訪者、漆黒の勇者。その瞳は深淵よりも黒く、悪魔さえも恐る。

 だが、その心は白く。純白に輝く聖剣を携え得た姿は、紛れもない英雄。

 人々を助け、英傑と呼ばれる仲間を集め邪竜を打ち倒した存在。

 私の憧れであり、乗り越える目標。


「ごめんなさい。もしかして邪魔しちゃいましたか?」

「えっ?」

「いや、返事がないので。邪魔しちゃったのかなって」


 そこで私は気づいた。

 ずっと返事もせずに彼を見つめていたことに。


「すまない。いや、助かった。君の助けがなければ、私は死んでいた」

「それはよかった。立てますか?」

「ああ、助かる」


 差し伸べられた手を掴み立ち上がる。

 やはり小さい。私の目線より下に頭があるということは、一六〇センチちょっとだろうか。

 少年も自分より大きいと思っていなかったのか、呆気に取られながら見上げていた。


「改めて礼を言いたいのだが、ここでは魔物と遭遇してしまう。よければ、少し戻ったところの安全地(セーフティーポイント)まで同行してくれないだろうか?」


 歩くことは可能だが、戦闘となるとやはり厳しい。

 こんな状態で魔物と遭遇してしまっては、生き延びた命は呆気なく無意味になる。


「ええ、俺もそう提案しようと思っていました。すみませんが、先導をお願いしてもいいですか? ここら辺には詳しくなくて」


 この道は正道。多くの冒険者が行き交う道が詳しくないのは少し引っかかる。


「かまわないが……。では行こう」

「その前に、俺はルーンって言います」

「私はアリシアだ。短い間だがよろしく頼む」




_____




 ルーンはやってしまったか、と後悔した。

 激しい獣の方向。それに人の雄叫びを聞きつけ、向かえばそこには倒れた女性がコボルトに襲われていた。

 思わず助けてしまったが、無言で見てくる女性を見ると余計なことをしてしまったのかと後悔した。

 だが、それは杞憂で終わった。

 感謝もされ、安全地(セーフティーポイント)なる場所があると情報も手に入れた。何より、ここで良好な関係を築ければ外に出る手がかりになる。

 ルーンにとっては決して逃してはならないチャンスだった。


「はいこれ、君が倒した分の魔石だ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 道に落ちた魔石を拾い袋に入れると、先ほどのコボルトの分をルーンに渡す。

 渡し終えると、彼女は突き刺さった大剣を引き抜いた。

 その巨大な純白の剣に、目を見開いた


「……豪剣グラム」

「あ、ああ。これを知っているのか? そう、これは豪剣グラムと呼ばれている剣さ」

「でも、それはアーレウス家の宝剣のはず」

「まさか、そこまで知っているとは……。そのとおり、この剣は我が家系の宝剣だ」

「ということは、アーレウスの令嬢ってことですか? いや、だけどイーリアスには娘なんていなかったような……」


 イーリアス・アーレウス。

 王国一の剣豪であり、剣聖と言われた女騎士。

 そして、勇者の剣の師であり、聖女の恋敵だ。

 剣術を教えていく中で、勇者に恋心が芽生えたのだとかなんとか。豪胆な性格故に、献身的で女性らしい聖女とはいがみ合ったり、獣王や精霊王とは酒を酌み交わす仲になったりと、勇者パーティーと深く関係を持った人物。

 賢者であるルーンは、剣もまともに振れないもやし野郎と罵られていた。勇者と多く接しているルーンを妬んでの皮肉だが、それは事実で少し傷ついたのは内緒だ。それでも運動は苦手だから改善はしようとしなかったが。


「我が先祖の名前まで。一体何者だ? 私はその末裔だよ。もっとも家に捨てられた落ちこぼれだが」


 アリシアは自嘲するように笑う。

 が、ルーンは気づかない。それ以上に気になる発言をしていたからだ。

 娘や孫ではない。末裔といった。

 娘や孫なら末裔とは表現せずそういうはずだ。

 考えられるのは一つ。


「未来、それもずっと先の世界に来てしまった?」


 そんな魔法は知らない。

 ルーンは全てを知っているわけではないが、それでも魔法に関しては熟知しているつもりだ。

 時間操作の魔法は存在はする。

 ルーンも時間操作の魔法を使えはするが、小さい物の時間の経過を遅くさせるくらいのものだ。これを消費期限早い食料によく使っていた。


「いや、時間の巻き戻しを対象の体に使用し、停滞の魔法をさらに上乗せすればいけるのか?」


 理論上はできる。

 だが、それはただの空論に過ぎない。

 もっとも、ルーンの思考は大きく的を外しているのだが、それを彼はまだ知らない。


「お悩み中すまないが、そろそろ移動してもいいだろうか? 安息期でも魔物は発生すると、さっき痛い目にあったんでね」

「あ、ああ。大丈夫です」


 安息期という単語も気がかりだが、今はボロが出ないように最善の注意をしながら情報を集める必要がある。

 余計なことは口にしないでおこうと心に決め、二人は移動を始めた。

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