第32話 赤子、閻魔大王と再会する

 エドガーはただただ混乱していた。


 団員を失いながらも、妹の持つ転移の力で不死の魔鳥の猛攻から辛くも逃れ、ネロに助けを求めに来れば、何だこれは……!?

 一体、目の前で何が起こっている……??


 エドガーの目の前には、ゴツイ鎖で体を縛られ、鼻フックで口を開閉させられているネロの姿があった。

 一体、何をどうしたらこうなるのかはっきり言って意味がわからない。


「――む、むぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐっ!???」

「ほら、君の大好きな魂を用意したよ。思う存分食べるといい。まだまだお代わりはある。遠慮は不要だ」

「むぐむぐむぐむぐ、むぐー!?!?」


 俺は頭がおかしくなってしまったのだろうか。

 生後数ヶ月の赤子が脚立に上り、嬉々とした様子でネロの口に肉塊を突っ込んでいる。

 赤子の横には肉塊と化した鬼が積み上がり、とても悍ましい光景だ。

 しかし、赤子は嬉しそうに肉塊をネロの口に運んでいく。


「いや、君に会えて本当に良かった。体に霊力を貯めることができる者なんてそういない。おや? 食が進んでいないようだがどうした? 味変か? 味変が必要か?」

 

 どうやら赤子にはネロのはち切れんばかりの腹が見えないらしい。

 明らかにキャパシティオーバー。

 ネロの腹が破裂しそうな勢いで膨れていく。


「も、もうやべで……」


 ネロがそう懇願すると、赤子は不思議そうな表情を浮かべる。


「もしかして嬉しくないのか? 魂は君の好物だろう? それに君の霊力は今、かつてないほど高まっている。食べているだけで閻魔大王クラスの霊力を手に入れることができるなんて最高じゃないか」


 好物だろうが、大量の食料を強制的に食べさせられるのは拷問に等しい。

 ネロは涙を流し、咀嚼しながら尋ねる。


「も、もう少しって、あとどれだけ食べれば……」


 ネロの問いに、赤子は首を傾けながら答える。


「……そうだな。あと一万体といった所かな? なに、もう十体も食べたんだ。数日以内に食い終わるさ」


 エドガーは幻視した。数日経たず腹がはち切れ死亡するネロの姿を……。

 ネロも同様の想像をしたのだろう。

 思い切り顔が強張っている。


「……無理。無理無理無理無理、絶対無理です。死んじゃいます! いくら魂が好物だからといって短期間にそんな量摂取できる訳ないじゃないですかァァァァ!」


 ついにネロの言葉が敬語になった。

 しかし、赤子は手を緩めない。


「大丈夫だって、君ならできる。ボクはそう信じてる。それに、もしダメだったとしてもただ地獄に還るだけ……デメリットは何もない。気楽にいこう」


 地獄に還るのは明らかなデメリットだと思うのだが、赤子にとってはそうではないらしい。

 ネロは赤子に鬼の肉塊を食べさせられながら懇願する。


「もがっ!? も、もうやめて下さい! 満腹なんです。お願いします!」

「そうか。満腹か……それは困ったな……」


 ネロの懇願が効いたのか、赤子は珍しく困り顔を浮かべた。


「……実は獄卒鬼は閻魔大王が作り出した存在なんだ」

「一体、何の話を……」


 困惑するネロをよそに赤子は話を続ける。


「――閻魔大王は懐が深い。数体や数百体位であれば、獄卒鬼をどう扱おうが文句を言わないだろう。しかし、一万体となれば話は別だ。懐の深い閻魔大王でも怒り狂い犯人捜しを始めるだろう。だからこそ、君には早い所、閻魔大王クラスの霊力を身に付けて貰う必要があるんだ。わかるね?」

「な、ななな、何を言って……」


 言ってることが何一つ分からなくて震える。


「――何を言っているかわからないか? なら、分かりやすく教えよう。閻魔大王に気付かれる前に莫大な霊力を取り込み、地獄側からボクを手引きしろ。君に拒否権はない。今、気付かれたら計画がパーだ」

「計画がパーって、そんな……」


 すると、突然、部屋の明かりが消える。

 そして、部屋の気温が急激に上昇すると、壁に大きな穴が開いた。


「……残念。どうやら時間切れのようだ」


 壁にできた穴に視線を向けると、巨大な目玉がこちら側を覗いているのが見えた。


 ◆◆◆


 思っていたより発覚が早い。

 さて、どうしたものか……。


「やあ、久方振りだね。閻魔大王。元気にしていたかい?」


 とりあえず挨拶し、考えを悟られぬよう思考を巡らせていると、閻魔大王は目を血走らせる。


『やはり、お前か……獄卒鬼を鹵獲して何を企んでいる』


 どうやら閻魔大王はボクが獄卒鬼を鹵獲しよからぬことを考えていると思っているようだ。大正解である。

 しかし、正直に話す必要性を感じない。


「ボクが獄卒鬼を鹵獲? 知らないな……ボクはただタナトスと遊んでいただけだよ。君こそ何の用だい?」


 だからこそボクは嘘を付いた。

 何やら閻魔大王はボク関連でストレスを溜めているようだからね。

 優しい嘘という奴だ。閻魔大王の血管をはち切らせる訳にはいかない。


 すると、閻魔大王は声を強張らせながら言う。


「戯言を……あくまでもシラを切るつもりか」

「ああ、当然だろう? 証拠もなく嫌疑を掛けるのはやめてもらいたいね。仮に、ボクが犯人だったとしたらどうするつもりだい? 地獄にでも連れ帰ってくれるのか?」


 もしそうなら喜んで自白しよう。

 なんなら証拠を付けてもいい。

 地獄に連れ帰ってくれるのか……閻魔大王はその問いに間髪入れず、回答する。


『……それはあり得ぬ。が、地獄でも現世でも秩序を乱す輩には罰を与えねばならん』

「へぇ、既にボクは罰を受けていると思うけど、地獄に帰ることができない。それ以上の罰があるなら教えて欲しいくらいだ」


 そう告げると、閻魔大王は本日、何度目になるかわからないため息を吐いた。

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