第15話 赤子、監視者を監視する

 もはや、何度目になるかわからない。

 クラウス商店を潰すため、賄賂を持ち、スワンの下を尋ねたクリボッタ商会の会頭、ネロは自警団詰所に入って早々、怒鳴り声を上げる。


「――おい、どうなっている! これでは話が違うではないか!」


 あれから数週間。

 既に九千万近い金額を渡している。

 にも関わらず、クラウス商店が潰れる気配は見られない。

 それ所か、賊の執拗な嫌がらせにめげず健気に商いしているとの噂が立ち、人々がクラウス商店を助けようと大盛況となっている。

 それを知ってか、知らずかスワンは不貞腐れながら言う。


「そんなこと言われたって仕方がないでしょう? うちだって精一杯やっているんですよ」

「せ、精一杯……?」


 その言葉を聞き、ネロは愕然とした表情を浮かべる。


「あれだけ賄賂を渡して、これが精一杯!? ふ、ふざけるなァァァァ!」


 詰所内に響き渡るネロの怒声。

 スワンは怒り心頭なネロを前に微笑を浮かべる。


「……ふざけてなんていないさ。クラウス商店を救うため、民衆が立ち上がるのは俺たちにとっても想定外。こっちも自警団とバレるリスク負って商売してんだ。協力して欲しいなら、今まで以上の賄賂をもらわねーと割に合わないな」

「ぐっ……! 足下を見おって……!」


 しかし、スワンの言うことももっともだ。

 民衆が立ち上がるのは、ネロに取っても想定外。

 最近では、妨害工作を行うスワンたちに堂々と文句を付ける民衆がいると聞く。

 暴力が効かない以上、他の手段を考える必要がありそうだ。

 ネロは憤りを抑え、息を整えると、出口に足を向ける。


「わかった。もう頼まん。ワシはこれで帰らせてもらう」


 一千万イェン入った鞄を手に持ち、外に出ようとすると、スワンが声をかけてくる。


「おい。待てよ。依頼を途中解約するなら、違約金を払っていけ。それが嫌なら、今度はお前の商会に嫌がらせするぞ? クリボッタ商会が賊を雇い、クラウス商店や他の同業に対し嫌がらせをしていたという噂付きでなぁ」


 スワンの言葉を聞き、ネロは唖然とした表情を浮かべる。


「――な、なんだと? 貴様、失敗しておいてこのワシを脅迫する気か?」

「ああ、当然だろ」


 なんという強欲。しかも脅し付き。

 ネロがスワンを睨み付けるも、悪びれる様子が微塵もない。


「……っ! お、おのれェェェェ!」


 クラウス商店を含む、過去、同業に対して行った嫌がらせや営業妨害依頼はすべて契約書面に起こしている。

 契約を逆手に脅されたとあっては、こちらも折れるしかない。


「一千万イェン入っている。これでいいだろ……」


 ネロは鞄を乱暴に放ると、悔しげな表情を浮かべる。

 スワンは鞄の中身を確認すると、ニヤリと口を歪めた。


「毎度あり。また用があれば遠慮なく言ってくれ」

「……ふん。誰が貴様らなどに頼むものかっ!」


 そう告げると、ネロは乱暴に扉を開け、詰所を後にした。

 詰所を出てすぐネロは、歯を喰い縛って悔しがる。


「――おのれ、おのれ、おのれ、おのれ、おのれェェェェ!」


 失敗したとはいえ、クラウス商店を潰すために、一億イェン近い金額を拠出している。

 民衆がクラウス商店の味方に付いた今、ここでクラウス商店を潰さなければ、手が付けられなくなる可能性が非常に高い。


「――ランス! ランスはいるか!」


 ネロがそう声を上げると、馬車の扉が開き、一人の男が降りてくる。


「お呼びでしょうか?」

「確か、クラウス商店の周囲の建物は買収済みだったな?」

「……はい」

「そうか、ならば話は早い。今日からその建物に住み込み監視しろ。クラウスの弱味を探るんだ。どんなことでも構わん」


 ランス・サーベイは、隠密に長けた魔法士。

 彼ならば、必ずやり遂げてくれるはずだ。

 こんなことになるなら、最初からこいつに任せておけばよかった。


「お任せください」


 そう言うと、ランスはクラウス商店のある方向へと歩き出した。


 ◆◆◆


 クリボッタ商会所属の魔法士。

 ランス・サーベイの朝は早い。

 魔法で作り出した分身を配置すると、引越しの挨拶を装いクラウス商店の前に立つ。


 ここがクラウス商店……監視対象の店か。

 良い物を安価で客に提供する店。

 利益重視のクリボッタ商会と運営方針が完全に真逆。

 いや、余計なことは考えるな、今はどうやったら任務を遂行できるのか。それだけを考えろ。


「こんにちは、隣に越してきたランスと申します。本日は引っ越しの挨拶に伺いました」


 チャイムを押しながら挨拶すると、数秒で玄関の扉が開き、男が出てきた。


「――初めまして、クラウスと申します」

「…………っ!」


 この男がクラウス商店の店主。

 正直、毎日のように暴漢に店を襲撃されていると聞いていたので、表には出てこないと考えていたが、まさか姿を現すとは……!

 敵愾心を持たせぬよう柔和な笑みを浮かべると、持参したお菓子を差し出す。


「改めまして、隣に越してきたランスと申します。こちら、お口に合うといいのですが……」

「これは、ご丁寧にありがとうございます。こちらは当店で利用することのできる割引券です。もしよろしければお使いください」


 そう言われ、渡された割引券を見ると、半額割引と書かれている。

 半額割引とは……しかも、金額制限がまったくない。

 薄利多売で生計を立てているだろうに、金額制限のない割引券など配って大丈夫なのだろうか。


「あの……半額券を頂けるのは嬉しいのですが、大丈夫なのでしょうか?」


 暗に、こんな割引券を配っていて商売になるのかと問いかける。

 すると、クラウスは満面の笑顔を浮かべた。


「――はい。勿論です。クラウス商店は、良い物を安く提供し、お客様の暮らしの助けになることを経営方針としておりますので」


 なぜ、眩しい笑顔でそんなことが言えるんだ。素晴らしすぎるだろ、その経営方針……。

 強欲の権化であるクリボッタ商会の会頭、ネロにクラウスの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。

 しかも、この半額券……なんと、百枚綴りとなっている。

 破格のサービス精神。民衆がクラウス商店の味方に付く理由もわかる気がしてきた。


「それでは、ありがたく頂戴いたします。今後ともお付き合いの程、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 引っ越しの挨拶を終えたランスは、クラウス商店の店内がよく見える建物に移動すると、割引券で購入したアンパンを食べながら双眼鏡を覗く。


「残念だが、あれは早々に潰れるな……」


 サービス精神が旺盛過ぎて、原価計算がまるでできていない。

 半額券に価格制限を付けていない時点でお察しだ。

 半額券を利用しクラウス商店で購入したアンパンの価格は三十イェン。

 そして、このアンパンの原価はおそらく四十イェン……。

 差額にして十イェンの原価割れ。売れば売るほど赤字となる。

 引っ越しの挨拶をしただけで、百枚綴りの割引券をもらえたのだ。

 おそらく、クラウスはこれと同じ割引券を客に配りまくっている。


 クラウス商店に訪れる人々の手元を双眼鏡で眺めると、割引券の綴りを持っているのが見て取れた。


「……やはり、そうか」


 となると、色々話が変わってくる。

 最初は賊の執拗な嫌がらせにめげず頑張るクラウスの姿を見て、民衆が立ち上がったと思っていた。

 しかし、実態は違う。

 百枚綴りだ。

 破格の割引券百枚綴り。これをばら撒くことで集客し、美談に仕立て上げた。


 クリボッタ商会が強引な合併(強制)を繰り返したお陰で、この町には、クリボッタ商会とクラウス商店以外の小売店は存在しない。

 クリボッタ商会が販売する品物は、品質は大したことないのにどれも高い。

 客がクラウス商店に流れるのは当然の理。

 しかし、そのクラウス商店は賊に扮する自警団により悪質な嫌がらせにあっている。

 当然、町の住人は賊が嫌がらせをするような店に入りたいとは思わない。

 いつ自分がターゲットになるかわからないからな。

 そこでクラウス商店は策を練ったのだろう。

 赤字覚悟で常識を超える割引券を大量に配布した。

 そう。普段から高く、品質の悪い物を買う以外の選択肢のない町の住人に、常識を超える割引率の割引券を配布したのだ。

 当然、客は殺到する。

 そして、沢山の人がいれば、賊が嫌がらせをしていようが関係ない。数の力は偉大だ。

 しかし、そんなに上手く行くものか?

 実際そうなっているので疑う余地はないが、なにか引っ掛かる。


「……いや、結論を出すのはまだ早い。それはこれから明らかにすればいいことだ。監視を続けよう」


 私の目的はクラウスの弱味を握ること。

 今はそれだけに集中すればいい。


 双眼鏡片手にそう呟くと、残りのアンパンを口に放った。


 ◆◆◆


「……とまあ、ボクたちを監視する賊はそんなことを思っているようだ。実に浅はかだよね」


 ステラが情報を提供し、クラウスの力で実現したマジックミラー越しに、アンパンを食みながら双眼鏡でクラウス商店を覗き見る変質者を見てステラは言う。


「――彼の名前はランス・サーベイ。あえて言うまでもないと思うが、クリボッタ商会の会頭、ネロの下僕だ。彼はクラウス……君の弱味を握るため、監視の任に付いている。ふふっ……愚かだね。どうやら彼は、思い違いをしているようだ……」


 ランスの想像は一見的を得ているように見える。しかし、実態はまるで違う。

 クラウス商店が破格の割引券を発行した。

 これは紛れもない事実だ。

 それを町中に発行した。これも事実。

 しかし、赤字覚悟で発券した訳でも、数の力により客が賊を恐れなくなった訳ではない。

 赤字覚悟で割引券を発行したように見えたのは、ネロ・クリボッタ。彼が自警団に渡した賄賂の分だけ割引券を発行しただけのこと……。

 客が賊を恐れなくなったのは、威勢のいいことを言いながら土下座し、退店する姿が客に口コミで広がったためだ。

 もちろん、そのことがクリボッタ商会関係の人間に伝わらぬよう、ボク自身が動き工夫を凝らしたが、『賊の執拗な嫌がらせにめげず頑張るクラウスの姿を見て、民衆が立ち上がった』などというストーリーを組み立てるため、動いていた訳ではまったくない。

 しかし、思い違いしてくれているならやり易い。


「精々、彼には、ボクたちの都合のいいよう動いて貰うことにしよう」


 そう言うと、ボクは深い笑みを浮かべた。

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