7話 魔物の口を持つ王子様(後編)

「『歯列しれつ最適化さいてきか』」


 デンタルスライムがふたたびナトゥス王子おうじ殿下でんかくちびこみました。


 デンタルスライムは王子殿下の口の中でぷるぷる、小刻こきざみにややはげしくふるえています。

 さて、どうしましょう。


 前世ぜんせの歯列矯正きょうせいは、ワイヤーを使つかった矯正でした。

 プラスチックと金具かなぐ出来できた、あれ(なんうんでしたっけ?)。

 あれを一本ごとに接着剤せっちゃくざいでくっつけて、ワイヤーをとおして。って、めて、歯をただしくない位置いちから正しい位置にうごかしていました。ゆっくり、ゆっくり日数にっすうをかけて。


 あれには、ちいさいゴムを引っかけることが出来きました。上顎うわあごの歯と下顎したあごの歯に引っかけて、上下じょうげのガタガタもととのえることもありました。


 ただ、前世の歯列矯正は「矯正歯科しか」という専門せんもん施設しせつ治療ちりょう器具きぐがありました。

 奥歯おくばにはめる金属きんぞくっかで歯列のワイヤーを引っ張るから、負荷ふかがかかります。奥歯の金属輪っかにワイヤーをからませるチューブをつけることもかんがえると……。

 前世の歯科矯正をこの世界せかいでやるには、無理むりがありますね。



 ただし、この世界ではデンタルスライムが存在そんざいしています。

 彼等かれら魔物まもの口腔内こうくうない歯垢しこうえさにし、歯列を整えることで一時いちじてき住処すみか確保かくほしています。

 スライムの死骸しがい加工かこうにしか関心かんしん人類じんるいはスライムを殺めることしかかんがえていないのですから。

 かして歯列矯正に使つかおうなど、理解りかい出来ないでしょうね。


「王子殿下はおいくつですか?」

「十歳でいらっしゃいますよ」と王室おうしつ侍従長じじゅうちょうははきはきこたえましたが、「そんなことも知らないのか、田舎者いなかものが!」と耳元みみもと注意ちゅういけました。

 こわいですね。


男性だんせい王族おうぞく方々かたがた王妃おうひ陛下へいかの男性親族しんぞくの方々。いらっしゃいますか?挙手きょしゅをおおねがいします」

血縁者けつえんしゃ歯並はならびもるとおっしゃりたいのか!」と若い侍従は僕の両肩りょうかたをつかんで、さぶります。

「殿下の歯並びを、王室おうしつのせいにするおつもりか!」

「僕がきたいのは、血縁けつえん関係かんけいのある成人せいじん男性に、『きゅうがのびた時期じき』をおきしたいのです」

身長しんちょうがのびる以外いがいにも、身体は変化へんかします。きゅう成長せいちょうどう時期に、顎も成長し、歯並びもわるくなるのです」

「せっかくいま、歯並びを治しても、またぐちゃぐちゃになるのか?」

 王子殿下の不安ふあんそうな表情ひょうじょう代弁だいべんする、若い侍従の声。

「そうならないために、王子殿下の歯列を経過けいか観察かんさつする必要ひつようがあります。

 その目安めやすに、血縁者けつえんしゃの成長期についてお聞きしたいのです」


ちちであるわたしこたえよう。

 十四歳から身長が急にのびた。

 私はちいさいころ小食しょうしょくで。十歳、いや、十四歳くらいまで病弱びょうじゃくだった。

 ただ、王妃おうひの父であるパーロととも魔物まものりをするようになってから、食欲しょくよく旺盛おうせいになって、身体もおおきくなっていった」

 国王陛下にはなしられたのは、王子殿下の母方ははかた祖父そふ

 なんと。

 何と。

 新調しんちょうしたをむきしにして、ニヤリとわらってせるパーロ公爵こうしゃく閣下かっかでした。

 同年代どうねんだいやマスクで口元くちもとおおっている貴族きぞくかこまれて、入れ歯の宣伝せんでんをしてくれているようですね。


 貴方あなた、王子殿下のおじいちゃんなんですね。そうですか。

 そうですか。

 なにか、腹立はらだたしくなってきましたね。


「王子殿下をむさくるしい魔物狩りなどに参加さんかはさせませんわ!」

 王妃陛下は、王子殿下に近づいてきたパーロ公爵閣下からまな息子むすこまもるように、ピシャリとおうぎで、パーロ公爵閣下の手をはじきました。

 そうこうしているうちに、デンタルスライムの震えがなくなりました。

「そろそろ、デンタルスライムが歯並びを整えわりますよ」


「「「「「はああ!?」」」」」


 謁見えっけん一同いちどう、驚きの声を上げる。

 わらわらと、長椅子ながいす寝転ねころがっている王子殿下の口の中をのぞきこもうとするが、王妃陛下の扇がぶんぶんまわされ、ちかづけません。

 遠巻とおまきに、みんなが王子殿下の口をじーっとにらつづけています。


「ただし、王子殿下の歯並びは成長期中あるいはこれから成長期をむかえるので、また歯並びがくずれていきますね」

「そんな!イーツ・フォーリア、どうにかなさい!貴方、抜歯屋ばっしやでしょう!」

 王妃陛下がなげかれています。

「では、きれいになった歯並びをそのままかせるために。

 スライムの幼体ようたい脱脂だっしをマウスピースの素材そざいとして使います」

「マウスピース?」

「脱脂?」

「聞いたこと、あるか?」

「無いぞ。何だ?

 入れ歯か?」

 皆さん、王子殿下の口から出て来たデンタルスライムと、僕と、王子殿下の口の中をキョロキョロ見ています。

「スライムをりにして、いたにスライムをたたきつけて殺して、す。

 それが今までのスライム加工かこうほうでした。

 だから、スライムのかず減少げんしょうしていたのです」


「僕が使うのはスライムそのものではなく、彼等かれら肥大化ひだいか・成長する過程かていこる、脱皮だっぴならぬ脱脂だっしです。

 スライムに、危険性きけんせいはありません。

 がらですから、加工もしやすいですよ」


ヘビは脱皮する。だが、脱皮したものだけではどうにもならない。

 蛇はどくにくが手にはいる。

 スライムの脱脂になんとくがあるというのです?」

 王室侍従長は僕の頭上ずじょうとどまっているデンタルスライムをつんつん小突こづきます。


「デンタルスライムの幼体に歯列の最適化をめいじます。幼体は脱脂を操作そうさして、歯列矯正させます。

 デンタルスライムは口の中を住処とするのです。その候補こうほに、王子殿下の口がえらばれるだけでございます。

 食前しょくぜん食後しょくご就寝前しゅうしんまえの口腔ケアをぜん自動じどう最適化、はん自動最適化、手動しゅどうが選べます。

 全自動は食前・食後・就寝前に毎回まいかい、デンタルスライムそのものを口の中に入れます。

 半自動最適化は食前・食後・就寝前にデンタルスライム脂で作ったマウスピースをはずし、歯磨はみがき。それ以外いがいはマウスピースで歯並びを維持いじします。

 手動は歯磨き指導しどうですね。まあ、手動はむずかしいでしょう。虫歯むしばもなかなかふせげませんしね」

なにちがうのです?

 らくな全自動にすればいのでしょう!そうなさい!今すぐなさい!」と王妃陛下は鼻息はないきあらく僕の頭上のデンタルスライムをつかもうとします。

「自動は一生涯いっしょうがい、デンタルスライムをそばにひかえさせるということです」

 僕がそういうと王妃陛下は歯並びの良くなった王子殿下をつよく強くきしめて、「嗚呼ああなんてかわいそうな王子殿下!」と声をあげます。

 そうですよね。デンタルスライム脂ではなく、デンタルスライムを口の中でって、口腔最適化を維持するわけですから。まあ、食べかすをにせず、歯磨きもせず、デンタルスライムに口腔ケアを委任いにん出来るなら、らくですけどね。としれば。

 ですが、王子殿下はおわかいですものね。


「半自動最適化と歯磨き指導、半年はんとしに一度のデンタルスライムによる経過観察をおこなえば、十年後にはご自分じぶんで歯磨きがしっかり出来るでしょう」


早速さっそく、僕のマウスピースをつくってくれませんか?」


 王子殿下は決心けっしんしたようです。

あたためたデンタルスライム脂をこねて、はめるだけですよ。スライム脂がめれば、かたくなって、マウスピースの完成かんせいです。

 デンタルスライム、脱脂出来そうですか?」

 ぷるぷるぷると震えだしたデンタルスライム。

 にゅるんと透明とうめい本体ほんたいが飛び出して、抜け殻がぼとりと僕の手のひらちて来ました。


「少しだけあついおで温めたいのですが」

「ご用意よういいたしました。王子殿下の口の中に、温めたスライム脂を、うつしても問題もんだいない程度ていど湯煎ゆせん加減かげんしてございます。

 こちらへどうぞ」

 湯煎にかけている銅鍋どうなべにスライム脂を落とす。

 すぐにぐにゅぐにゅになって、のびています。


「さあ、王子殿下。まずは上の歯から入れますよ。お口をひらいてください。

 あーん」

 僕はもちやチーズのようにのびるスライム脂を王子殿下の上の歯に付着ふちゃくさせました。

 これで、特製とくせいのマウスピースが出来て、良くなった歯並びを定着ていちゃくさせることが出来るでしょう。




 ここはスライム保護区ほごく

 王都おうととは違い、田舎です。

 ブリッラちょうそとの、テンピのもり

 そこにはエンブレイス秘匿ひとく商談官しょうだんかん今日きょうかよいます。

「イーツくん、聞きましたよ。

 王子殿下の歯並びをなおしたそうですね。

 どうして、だまっていたんですか?」

 一か月ほどまえ出来事できごとでしたか。

 なつかしいですね。

 あのあと、パーロ公爵閣下のように木製入れ歯でおこまりの方々にたいして、スライム脂を使って入れ歯コーティングをしてさしあげました。

 まずは、王子殿下の歯並びが改善かいぜんされたことが大きなニュースとしてあつかわれているようですね。


「ブレイスさん。

 スライムたちに高級こうきゅうパンをえさとしてあたえていましたね」

「与えていません。私があやまって落としたパンを食べたのでしょう」

 謁見の間でスライムを鑑定かんていしたくに一番の鑑定魔術師は清潔せいけつさを証明しょうめいしてくれはしましたが、スライムが自然しぜんに無い、人間にんげんの食べ物(食べカスではなく)をひそかにしょくしていたことも発覚はっかくしています。

「では、スライムよう浴場よくじょうにエンブレイスさん用の脱衣場だついじょうが出来ているのですか?

 貴方、ふくいで、スライムと混浴こんよくしているんですか?」

「スライム脂でベトベトになることもあるので、スライム保護区管理かんり委任いにんされた私の福利ふくり厚生こうせい範囲内はんいないです」


「「おやおや、おたがさまですね」」


 エンブレイスさんと僕はわらうしかありませんでした。

 スライムたちはあれから、密猟者みつりょうしゃにも殺されず、安全あんぜんに生き物や魔物、人間の口の歯垢しこうを食べたり、人間の食べ物を口にしたりしています。

 もちろん、日光浴にっこうよくいかけっこ、擬態ぎたい競争きょうそうなんかも流行はやっていますね。


 ピョンピョン。

 豆粒まめつぶ程度ていどなにかが倒木とうぼくうえねています。

「スライムの新生体しんせいたいです。保護区であらたな世代せだいまれているようで、なによりですね。エンブレイスさん」と僕がエンブレイスさんに声かけをすると、エンブレイスさんは号泣ごうきゅうしていました。

「御前たち、安心あんしんしろよ。おいたんがまもってやるからな」

 おいたん……。

 ちょっと、まだ、高級パンははやいんじゃないですか?

 おいたん、ちょっと。

 ちょっと!

 嗚呼、あげちゃった。

「『べー』してますよ。個体こたいによって、きらいがあるんですね」

「『べー』出来て、えらいね。よしよし。おいたんが美味おいしい野草やそうを選んであげるからね」


 いまだ、スライム密猟者とは遭遇そうぐうしていません。

 油断ゆだんは出来ませんが。

 ちょっとしたよろこびや発見はっけん毎日まいにちです。


 僕は前世からこの世界に来て、スライムと出会であい、スライム保護ほご活動家かつどうかけん抜歯屋ばっしやとして、らしています。

 しあわせです。

 ありがとう、抜歯屋ばっしやA《エース》。



【イヒヒヒヒヒ。たのしそうにやってるじゃねえか。

 だがな。

 密猟者はいなくなってはいないぞ。

 抜歯屋ばっしやA《エース》の俺様おれさまにはかんじるぞ。スライムのいたみとくるしみがな。

 鈴木すずき いづる

 いや、イーツ・フォーリア。

 はやくどうにかしてやれよ?

 イヒヒヒヒヒ】

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