6話 木製入れ歯は生き恥なり!(前編)

「イーツ君、っては駄目だめ

 貴族きぞく道具どうぐにされてしまうわ!」

 もうおそいですよ、夜間やかん窓口まどぐち業務ぎょうむちょうのペトロナさん。

 ペトロナさんが勝手かって支部長しぶちょうしつびこんで来たのは、業務ぎょうむじょうよろしくありません。しかも、寝間着ねまき姿すがたですよ。だれかが夜間とう仮眠室かみんしつからしてくれたらしい。

 ペトロナさんの胸元むなもとあたりをタオルケットでおおうのは同じく夜間窓口業務のエリカさん。上司じょうし補佐ほさまでまわるなんて、すばらしいですね。


 僕は王室おうしつ侍従じじゅうちょうからの招聘しょうへいじょうを受け取ってしまいました。「受領じゅりょう」です。最悪さいあくです。副業ふくぎょう抜歯屋ばっしやおろそかにするつもりはありませんが、僕の本業ほんぎょうはスライム保護ほご活動かつどうです。

 こまりましたね。

 僕より遅れながらも、ちゃっかり支部長室にやって来た両親りょうしんも「王室侍従長名なんてらないが、招聘状にかし王室侍従長もんが入っている。ポーション品評会ひんぴょうかい最高賞さいこうしょう入賞にゅうしょうしたさいに、賞状しょうじょうおなじ透かし紋がはいっていた」と興奮こうふんしています。

 大変たいへん名誉めいよなのはわかりますが、僕が王宮おうきゅうって、抜歯屋の仕事しごとをして、何になるんでしょう?

 前世ぜんせの、果物くだものの品評会。「農林のうりん水産すいさん大臣だいじんしょう受賞じゅしょう」なんて、地方ちほうニュースではよくかけましたが。


 どうやら、僕はこのまま、出発しゅっぱつしなければならないのは本当だそうです。

「イーツ。出来ないことがあれば、無理むりせずに『出来ません』とあやまりなさい。ポーション調合師ちょうごうもそうだが、どんな職業しょくぎょうも、たのしいことばかりじゃない。くるしいことばかりかもしれない。

 でも、商売人しょうばいにんとして、お客様きゃくさま誠心せいしん誠意せいいつくくしなさい」

 恰好かっこういこと、貧血ひんけつの父親にわれても、説得力せっとくりょくけますよ。はぁ~。

 このあいだは支部長室であれだけ尋問じんもんを受けというのに。

 いまはケロッとわすれたかのようにものがおで、支部長と使者ししゃ無視むしして、僕をギューギューきしめる両親。

「それでは、王宮おうきゅうへ行ってまいります」

 まずはあつぐるしく、息子むすこ溺愛できあいの両親からはなれなければ、なりません。

 森番もりばんのケイトさんもブリッラちょうざかいもんまでやって来てくれて、「エンブレイス秘匿ひとく商談官しょうだんかん監視かんしまかせておけ。御前おまえの両親のことはらん。おや馬鹿ばかあきらめろ」とおくり出されました。

 息子さびしさに、わりにエンブレイスさんを人形にんぎょうにしているお父さん……。

 お母さんはエンブレイスさんのあたまをひたすらナデナデしています……。

 はい。両親は放置ちょうちかまいません。

拠点きょてんをよろしくお願いします!

 もしものとき、僕がくなった場合ばあいそなえて。委任状いにんじょう一筆いっぴつ

 エンブレイス秘匿商談官、よろしくおねがいします」

了解りょうかいした……」

 即席そくせきの委任状と、それを受け取ったエンブレイスさんも、お父さんのむねなかにまたもれていきました。


 ブリッラ町から王都おうとまで馬車ばしゃ二日ふつかたぶ

 太陽たいようやましずむと、もうよるがやって来ます。そうなると、旅人たびびとはきちんとした宿やど宿泊しゅくはくしなければならないのです。

 夜間やかんも馬車をあせってはしらせれば、密猟者みつりょうしゃ他国籍たこくせき奴隷どれい商人、盗賊、魔物まものおそわれてしまうのでしょうね。

 使者とのやりりは……まあ、またべつ機会きかいにでもお話しましょう。



 翌日よくじつ夕方ゆうがたには、無事ぶじ王都の門をくぐりました。

 商業ギルドかみサルメンタ本部ほんぶ一度いちどかおさなくていのかとおもいましたが……。

 あくまでも、本部の使者が抜歯屋一人一人に派遣はけんされているだけで、本部への報告ほうこく義務ぎむは無いそうです。(お行儀ぎょうぎわるい抜歯屋を王宮へあつまるまで地下室ちかしつ幽閉ゆうへいすることも、可能かのうだそうです。)


 僕と一緒いっしょに二日間の旅をした、この使者。名乗なのりもしませんでした。

 だから、僕は先入観せんにゅうかんで、「この使者は庶民しょみんの商人の息子だ」とおもいこんでいました。全然ぜんぜんちがいました。

 世襲せしゅう貴族きぞくの子は全員が「公爵こうしゃく侯爵こうしゃく辺境へんきょう伯爵はくしゃく・伯爵・子爵ししゃく男爵だんしゃく」の爵位しゃくいをもらえません。母親がんだ子の中で、まず正妻せいさい夫人ふじんの子だけが法的ほうてきに爵位を相続そうぞく出来ます。

 それはこの王国の紋章院もんしょういんが貴族の紋章および世襲を監督かんとくしているからです。

 そして、一番いちばん年上としうえの子が爵位をぎます。弟や妹は成人せいじんすると、独立どくりつしなければなりません。

 国家こっか官僚かんりょう地方ちほう官僚。教育者きょういくしゃ神官しんかん芸術家げいじゅつか

 そして、商業ギルド上サルメンタ本部がのこりの子をき取って、王族・貴族けの商売人にそだてあげるのです。


 僕を担当たんとうする使者。

 彼はある王都の町屋敷まちやしきにさしかかると、みずか自己紹介じこしょうかいはじめました。

「イーツ、おそれおののくなよ。

 私はチェトリオーロ王国貴族、パーロ公爵が三男さんなん、アンドレット・パーロ。

 商業ギルド上サルメンタ本部秘匿商談官だ。

 田舎いなかの庶民に名乗なのるのも、虫唾むしずはしる。

 嗚呼ああくさい。

 うしふん悪臭あくしゅうがする」

「アンドレット。王都は馬車がおおいので、馬糞ばふん臭いですね」と子どもらしくわらいかけてあげました。

 ド田舎の牛糞をっついてあそんでそうなおとこの子にたいして、相当そうとうなショックを受けてしまいました。


 アンドレットは使者という任務にんむ放棄ほうきして、町屋敷でこんでしまったようです。

 馬車にいて行かれた僕の相手あいては「パーロ公爵令息れいそく」のヴァレリオさま(長男坊君)にわりました。

 キラキラオーラをはっしながら、優雅ゆうがに「貴族っぽいのびやかな発音アクセント」で、ゆっくり話しかけて来ました。

愚弟ぐていがすまなかったね」

「庶民にあたまげる必要ひつようはありません、ぼっちゃま」とお世話せわをしている使つかいがたしなめた。

「じいや。

 御前おまえも愚弟がいれば、あやまらずにはいられない気持きもちがわかるはずだよ」

「あいにく、父母ふぼすでてんされておりますので、弟や妹になやまされる心配しんぱいはございません」

 ヴァレリオ様にむかえられ、なおかつ、じいやさんに案内あんないされて入った町屋敷の中は、貴族のお屋敷とはおもえないひろさです。

 というか、離宮りきゅうですよ。これ。

 王弟が王子おうじりて、王室おうしつ整理せいりおこなわれます。または、女王じょうおう君臨くんりんしている時代じだいには、女王の伴侶はんりょは王ではなく、王配おうはいばれる存在そんざいになります。

 そういうときに、便利べんり肩書かたがきとして名誉めいよ爵位としての「公爵」があるんでしたっけ?

 実際じっさいのところはかく公爵家のちによっても……。

「王族、とりわけ王の庶子しょしがもらう公爵位と一緒いっしょにするなよ」と、下世話げせわかんがえをめぐらせていた僕を、ヴァレリオ様はとがめました。

「君はイーツ・フォーリアでも、抜歯屋でも無い。

 この町屋敷の中に入った時点じてんで、パーロ公爵のこまとなったことをまず第一だいいち理解りかいしろ」


 ヴァレリオ様のんだ緑色みどりいろひとみが僕を見下みおろしています。


「いいえ、それはありえません。

 何故なら、パーロ公爵閣下かっか商談しょうだん契約けいやくむすんでおりません。

 また、主従しゅじゅう契約を結んでおりませんので、家臣かしん専属せんぞく騎士きしという立場たちばにもございません。

 これが、パーロ公爵閣下の客人きゃくじんたいする礼節れいせつなのですね」

 ええ。そうです。僕はヴァレリオ様を見上みあげるだけで良いのです。

 彼と目をわせずかおせるだけの、しもべたちとはちがいますからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る