転生貴族は何でも屋を開業するそうです
グリゴリ
第1部:追放からの出発 第1章:転生と覚醒
第1話:勇者の最期と新たな始まり
「人助けなんて、マジで割に合わねぇな……」
それが、俺――佐藤遼太が、この世界で最後に思ったことだった。
目の前にいたのは、助けたはずの母子。その背後には、今まさに崩れ落ちようとするビルの一部。
俺は咄嗟に二人を突き飛ばし、自分は―――
「あ、終わったか」
痛みはなかった。ただ、視界が暗転し、次の瞬間には真っ白な空間に立っていた。
そこには俺以外に誰もいない。ただ、目の前に「勇者としての評価」と書かれた半透明のウィンドウが浮かんでいた。
```
【勇者としての評価】
・名前:佐藤遼太
・年齢:17歳
・世界:現代日本(地球)
・称号:勇者(剣の使い手)
・総合評価:C-
・特記事項:任務放棄、現実世界への帰還、ゲーム依存
・最期:見知らぬ母子を助け、崩落物の下敷きとなり死亡
・転生先:レムリア王国 アーデルハイト辺境伯家 三男
```
「はぁ? なんだこれ?」
俺は首を傾げた。なんの冗談だろう。俺が勇者? 任務放棄?
そういえば……小学生の頃、なぜか異世界に召喚されて、魔王を倒す勇者として冒険した記憶がある。でも、それは子供の頃の夢か妄想だと思っていた。まさか本当だったなんて。
だが、そんなことを考える暇もなく、白い空間が歪み始めた。
「おい、ちょっと待て! 説明しろよ!」
叫んだところで何も変わらない。俺の体は光に包まれ、意識が遠のいていく。
「くそっ…………」
そして、全てが闇に沈んだ。
***
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
自分が泣いている。いや、泣かされている。
意識ははっきりしているのに、体は赤ちゃんのそれだった。小さな手足、力の入らない体。視界はぼんやりとしていて、周囲の声は反響して聞こえる。
「無事に産まれましたわ! 男の子でございます!」
年配の女性の声。おそらく産婆だろう。
「三男か……」
これは男の声。低く、威厳がある。
「立派なお子さまですよ、辺境伯様。奥様は……」
産婆の声が沈む。
「わかっている。妻の死を無駄にはしない。この子はしっかりと育て上げよう」
死? 誰かが死んだのか? もしかして、俺を産んだ母親が?
こんな状況なのに、俺の頭の中は冷静に状況を分析していた。どうやら本当に転生したらしい。しかも生まれたばかりの赤ん坊として。
転生。
あの白い空間での「評価」が本当だったのなら、俺は今、レムリア王国のアーデルハイト辺境伯家の三男として生まれたことになる。
「名前は何と?」
「エリザベスが遺した手紙によると、ライアン・フォン・アーデルハイトと名付けてほしいとのことです」
「ライアン……妻の望み通りにしよう」
俺は——いや、これからはライアンという名前になるのか——静かに泣き止んだ。
生まれたばかりなのに、こんなにも意識がはっきりしているのは明らかに異常だ。前世の記憶がほぼ完全に残っている。
「スキルチェックはまだでしょう?」
「はい、生後数日経ってからが良いかと」
スキル? チェック?
どうやらこの世界には、前世で俺がハマっていたオンラインRPGのような「スキル」というものがあるらしい。
そういえば、あの評価表には「勇者(剣の使い手)」という称号があった。もしかして、前世で俺が持っていた能力も引き継がれているのだろうか?
俺は自分の内側に意識を向けてみた。すると——
《絶対破壊(アブソリュート・デストロイヤー)》
《絶対守護(アブソリュート・プロテクター)》
《無限進化(エターナル・エボリューション)》
《万物召喚(ユニバーサル・サモナー)》
《次元収納(ディメンション・ストレージ)》
《魔力感知(マナ・パーセプション)》
《万能錬成(ユニバーサル・クラフティング)》
七つのスキル名が脳裏に浮かび上がった。しかし、どれも灰色で表示されていて、その詳細を知ることはできない。まるで使用制限がかかっているかのようだ。
「すまないが、この子を西の棟の部屋に連れて行ってくれ。乳母にも連絡しておく」
「かしこまりました、辺境伯様」
俺は誰かに抱き上げられ、部屋を出ていった。
妙な話だが、生まれたばかりの赤ん坊である今、俺の心はむしろ穏やかだった。
前世では、勇者として召喚された後、なぜか日本に帰還し、その後はずっと陰キャの引きこもり。学校にもほとんど行かず、オンラインゲームばかりやっていた。
そんな人生が突然終わり、今度は貴族の子として生まれ変わった。しかも、七つものスキルを持っているらしい。
このまま普通に貴族として育ったら、どんな人生が待っているのだろう?
***
生後一ヶ月が経った。
俺の目はようやくはっきりと物を見られるようになり、周囲の状況も把握できるようになっていた。
部屋は西の棟の一室。広くはないが、赤ん坊用の豪華な揺りかごと必要な家具が置かれている。窓からは遠くに森が見える。
乳母のマーサは優しい中年女性で、俺をよく世話してくれる。毎日、抱きかかえては子守唄を歌ってくれる。
「ライアン坊ちゃま、今日はとても機嫌がいいですね」
俺はただ微笑むだけ。当然、まだ言葉を話すことはできない。
実は、俺の意識ははっきりしていて、退屈でしかたがなかった。おしめを替えられ、ミルクを飲まされ、あとは寝るだけの毎日。
唯一の楽しみは、自分の体内にある七つのスキルについて考えることだった。
《絶対破壊》《絶対守護》《無限進化》
これらは「ゴッドスキル」と呼ばれるものらしい。なぜそう分かるのかは自分でも謎だが、それらが桁違いの力を持つことは確かだ。
《万物召喚》《次元収納》《魔力感知》
これらは「固有スキル」と呼ばれるもの。やはり特別な力を持つスキルのようだ。
《万能錬成》
これだけは少し違う。「一般スキル」というカテゴリに属するようだ。
すべて使用制限がかかっているため、詳細はわからない。しかし、スキル名から想像するに、とんでもない力を持っているのは間違いない。
「あら、またカール様がいらっしゃいましたよ」
マーサの声で我に返る。
ドアが開き、威厳のある男性が入ってきた。辺境伯カール・フォン・アーデルハイト、俺の父親だ。
「息子の様子はどうだ?」
「とても健やかですわ。よくお食べになり、よくお眠りになります」
父は俺の揺りかごに近づき、無表情で俺を見下ろした。
「エリザベスに似ているな……」
父の目に一瞬、悲しみが宿る。エリザベスは俺の母親の名前だ。俺を産んですぐに亡くなったらしい。
俺は父を見つめ返した。普通の赤ん坊なら、無意識にあやされるのを待つような反応を示すだろう。だが俺は、意識をフルに働かせて父の表情を観察していた。
「……変わった子だ」
父は眉を寄せた。
「どのようなことでしょう?」
「いや、何でもない。引き続き世話を頼む」
そう言って、父は部屋を後にした。
どうやら、俺の反応が普通の赤ん坊と違うことに気づいたようだ。気をつけなければならない。この世界では、前世の記憶を持つ転生者などいないのだろう。不審に思われないよう、普通の赤ん坊らしく振る舞う必要がある。
しかし、問題はもう一つある。
なぜ俺はこんな強そうなスキルを七つも持っているのに、使えないのだろう?
そして、あの評価表にあった「任務放棄」とは何だったのか?
考えれば考えるほど疑問は深まるばかり。
だが今の俺には、何もできない。ただ成長を待つしかない。
赤ん坊の体で、俺は静かに天井を見つめた。この世界で、俺はどんな運命をたどることになるのだろう?
謎は多いが、一つだけ確かなことがある。
俺、ライアン・フォン・アーデルハイトの新たな人生が、ここから始まったのだ。
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