【コミックス2巻発売記念SS】『全てを失った元公爵令嬢は、自分の人生を己で引き寄せる』

【コミックス2巻発売記念SS】『全てを失った元公爵令嬢は、自分の人生を己で引き寄せる』①

 いつも『国外追放された王女は、敵国の氷の王に溺愛される』をご拝読くださりありがとうございます。


 6/17(火)にコミックスの2巻が発売することとなり、短編を書きました。


 近況ノートはこちら

 https://kakuyomu.jp/users/zofui0424/news/16818792436275175670

    

 Webだけで読んでいらっしゃる方には本当に申し訳ないのですが、この短編につきまして書籍2〜3巻の間の話になってしまいまして、もしネタバレいやだぜ。という方は、本当すみません。

どうしてもこの話だけは書いておきたくて。


 Webの構想を練った時からずっと温めていた物語なので、ここで放出させてください。

 次の短編は、Webだけでも大丈夫なようにいたします。


 主人公は、アルム・オルテル。

 本作の主人公であったジョジュの義弟の親友の女の子です。


 もし読んでいただけましたら、これほど嬉しいことはありません。

                                                               _________________





 私の人生は、父のせいで全てが消えた。

 

 

『全てを失った元公爵令嬢は、自分の人生を己で引き寄せる』

 

 

 雪が降る。いつもと同じ景色の中で、階下から母の泣き声が聞こえ始めた。ロニーノ王国中心地であるプルペから幾分か離れた地方を治めている祖父母の屋敷は、母が叫ぶと音が消える。


「だから申し上げたのよ、あの方との結婚は嫌だって! 私はずっと我慢してきたのに……。家のために、お父様とお母様のために……」


 城の中にいた頃とは別人。王妃の女官として淑女と呼ばれた面影はもはや残っていない。自分の感情を隠そうともせずに、みっともない醜態を晒す母に対してうんざりするのに時間は掛からなかった。


 発作のように人生に絶望し喚く母をはじめのうちは祖父母も心配して叱咤激励していたが、今日は放置することにしたようだ。


 離婚の経歴とともに子持ち、年齢も若くない貴族の独身女に未来はない。


 もちろん、未来がないのは、娘である私も同じことだけれど。犯罪者、王家に謀反を起こした男の娘という烙印は一生つきまとうことになるだろう。


 窓を閉めて目を閉じる。親友の男の子と愛犬と城の中で遊んだ日々を思い出す。入ってはいけない城の隠し通路。地下の温室で隠れんぼ。厨房に忍び込んでメイドたちに『内緒ですよ』と貰った焼き菓子の味。


 頭の中で遊んでいる間は、少しだけ前に戻ることができるから幸せだ。黒髪の少年が白い歯を見せて私に手を差し伸べた時だった。


「アルム! どこにいるの! アルム」


 感情の矛先が私に向いたので、深いため息をつく。今日の安寧はここで終わりだ。


 母の部屋で向かう途中で祖母とすれ違う。丁寧に頭を下げると「なんだか、父親に似てきた気がするわね」と深いため息をつかれた。


 昔、両親とともに食事をした時のこと。『可愛らしい私の孫。困ったらいつでも私を頼りなさいね』と微笑んでいた彼女の姿を想像することの方が難しい。


 反論せずに、曖昧に微笑んで頭を下げたまま我慢した。


 そして、そのまま母の元へ向かう。今日は、何時まで続くんだろう。



 夜はゆっくり眠れますように。

 

 ***

 

 通常、貴族の娘は家庭教師が屋敷にやってきて勉強を学ぶ。

 

 しかし、私は地元の学校へ徒歩で通っている。理由は一つ。誰も私に教えたがった人間がいなかったからだ。
 

 私に勉強を教えていると噂が立つことで、仕事が減るのを恐れたのである。


 ザクザクと雪の上を踏みしめながら歩くのは好きだ。薄暗い雲の隙間から少しだけ顔を覗かせた太陽の光が、白銀の世界にスポットライトを照らす。まるで舞台の上のようだと、もう暗記してしまったお気に入りの詩を頭の中反芻させた後、口ずさむ。


「異国の砂漠である私の上に降り積もった雪を、大河であるあなたが流し去る。すべてを奪われ枯渇するか、実りとなってオアシスとなるか。先は誰にも分からない。けれども、私はあなたがくるのを遠い月とともに夜を凌いで待っていた。ああ、愛おしい。狂おしい」


 恋の詩。孤独とともに運命の人を待っていた女性の恋心を歌った一小節だ。


 まだ恋は知らないけれど、もしできるならそのくらい情熱的な恋をしてみたいと思う。空に浮かぶ雲をかき集めるくらい難しい夢物語だとは思うけれど、いつかできるなら。


 裕福でも貧しくもない平凡な地域。少女神サイアの銅像が置かれている教会の中へと足を運ぶ。昼間は学校として使われているのである。 


 子どもたちはすでに集まっていて、追いかけっこをしたり、友達同士で昨夜あった出来事を語り合ったりしていた。


 だが、私が教会の中へ入ってきたとわかると、その空気は一変した。まるで獰猛な化け物が入ってきたかのように、視線が逸らされ、誰もがおし黙る。


 祖父がこの地域を治めているので、誰も逆らわない。そして、私の父がやったことを、誰も言わないけれど、みんなが知っていて、みんなが軽蔑している。


 私は、一番端の一番後ろの席について、教科書と黒板を鞄の中から取り出す。


 ヒソヒソと会話が聞こえる。


『なにあれ』


『ちょっと、あの態度はねえ』


『貴族なんだから、屋敷で勉強すればいいのに』


『お母さんがあの屋敷で働いてるんだけど、家庭教師全部に断られたんだって』


『だからって、ここに来ないで欲しいんですけど』


 城も平凡なこの教会の中も、閉鎖的な空間の中で異物が入ると排除しようとする動きは同じだ。


 耳を塞いで、大声で喚きたい衝動を必死に抑えながら、私は教科書を開いて文字を追う。一つひとつ丁寧に。どんな文章だか分からなくても、文字を追っていれば時間が終わる。


 その日の授業は、王家レックス家の歴史だった。牧師の格好をした教師が新聞を回し読みするようにと指示を出しつつ「ガルスニエル殿下が、軍に入って目覚ましくご活躍されているようだ」と話を始める。


 彼の話す殿下は、私の知っている少年とは別人で、責任感が強く、王家、そしてエミリオン王に忠誠を誓い、日々の鍛錬を国のために行なっているそうだ。


 新聞は、私のところへ回ってくる前に教師のところへ戻された。別に、新聞くらい屋敷に戻れば手に入る。母が発狂して破り捨てていなければだけれども。


 稚拙な嫌がらせに、小さくため息をついて私は教科書の文字を追った。


 屋敷に戻ってすぐに新聞を確認した。手付かずに放置されていた新聞には、懐かしい友の活躍が記載されていた。


 もう二度と会えない親友の活躍の文字の部分をそっと切り取って、部屋と持ち帰る。


 ベッドの隙間に入れた創作を作るときに使う日記帳に、切り取った記事を挟んだ。


『アルム! 聞いてくれ大ニュースだ! 兄上と義姉上の新婚旅行に一緒に行けることになったぞ。もちろんお前もだ!』


 嬉しそうに赤い瞳をキラキラと輝かせて私のところへ駆け寄ってきた親友。


 彼にもう私は必要ない。必要であるはずがない。


 手放したのは自分だ。自分の父の罪を背負い、母とともに生きると決めた。


 いや、手放す以外に選択肢などあるはずもなかった。


 もう住む世界が違う。懐かしいなど、戻りたいなど、思ってはいけない。


「アルム! 戻ってきてるの? アルム!」


 母の声だ。不安なのだ。私を監視することで、私を捌け口にすることで、母の役割をしたような気になることで、最後の正気を保っている。


 泣いてはいけない。目尻に浮かんだ涙をそっと拭って、私は「はい。お母様」と返事をする。

 

 ***

 

「お前。邪魔なんだよ」


 あけすけにものを言われたのは、その日が初めてだった。

 どう返事をしたらいいのか分からなくて、私の席の目の前で仁王立ちしている少年の顔をじっと見つめた。


 農作業で外にずっといることが多いせいか、顔の中心にできたそばかすが印象的な顔だった。灰色の瞳の奥には、私を排除してやろうという敵意が見える。


「おい、返事くらいしろよ」


 仁王立ちしている少年の背後から、もう一人少年が出てきて私の机を蹴った。周りで、クスクスと笑い声が聞こえる。誰もやめようなど止める気はないようだ。


 もうすぐ牧師がやってくる。教師がくれば全員席に戻るしかなくなる。あまり相手にして刺激したところで、行動が過激になるだけだ。


 王宮の中で大人たちが繰り広げていた縮小版をまさか攻撃対象として体験することになるとは当時は夢にも思っていなかった。私はじっと息を顰めて、そしてゆっくり視線を外して教科書に視線を戻した。


 少年たちは私が声をあげることも、泣きもしなかったことに一瞬戸惑ったらしかった。 


 しかし、中心にいたそばかすの少年は、その態度が気に食わないと思わせてしまったらしい。


 アカギレだらけでマメのできた手で私の胸ぐらを掴み、視線を自分の方へ向けるように仕向けられた。


「おい、無視してるんじゃねえぞ。犯罪者の娘のくせに」


 視線が絡み合う。相手の怒りに呼応するように、私の中にも怒りが募る。


「離して」


 一言だけ静かに告げる。そんなことで離してくれるだけの脳みそを持っているのだったら、きっとこのようなくだらない行動はしないけれど、忠告はした。


「いつまでもお高くおとまってんじゃねえよ! 気に食わねえ、お前がここにいることでみんなが迷惑してるんだよ」


 私だって、ここにいたくなんかない。いたくているわけじゃない。


「もう一度だけ言うわ。手を離して」


 静かに告げる。そばかすの少年と私以外誰も口を聞いていなかった。この状況がどうなるのか固唾を飲んで見守っている。そんな印象を受けた。


 少年は視線を左右に動かし、何かを考えている様子だった。服の握りしめた手は緩められることはない。そして、何かを思いついたように瞳を私の方へ向けて、口を開く。


「お前の母ちゃん。金がないから、いろんな貴族の男に身体売ってるんだろ?」


 背後にあった教科書をそっと取って、私は少年の頭に叩きつけた。


 厳かな教会の中に、破裂音のような音が響き渡る。同時に、見ていた子供たちの悲鳴も聞こえた。


 叩かれた少年は一瞬何が起こったのか分からなかったらしい。


 しかし、次第に状況を理解したらしく、顔を真っ赤にして私の栗色の髪の毛を思い切りつかみかかってきた。


 人生で取っ組み合いの喧嘩をしたのは初めてのことだったが、私は思っていたよりも母のことを心から愛していたらしい。


 それと同時に、私の中にも心底軽蔑していたはずの父と同じ化け物がいたことに気が付いた。この目の前の人間を屈させるために、父は悪魔に魂を売ったのだ。きっと。きっとそうだ。


 その後、「何をやっているんだ!」という牧師の声がなかったら、私は相手が泣き喚き懺悔するまで攻撃する手を止めなかっただろう。鬱憤が溜まっているのは、この中の誰よりも私だ。


 幾分か気分が晴れやかであったが、周りはそうもいかなかったらしい。破れた襟元に殴られ青あざができた顔。


 悲鳴と共に屋敷中が大騒ぎとなり、教会から牧師がやってきて説明を終えたところで、祖母が倒れてしまった。


 事情を聞いた母は、私の部屋に来るなりいつも以上に大騒ぎしている。そして「これ以上私を追い詰めないでちょうだい!」と泣き続ける始末だ。


 ねえ、お母様。私、お母様の名誉を守ったんだよ?


 そう言葉をかけたくても、きっと言葉は届かない。


 騒ぎを起こした。その事実だけが、母は重要なのだ。父と同じように、世間様に迷惑をかけた。自分の名誉を傷つけるだけの異物。


 そっと距離を取ってベッドに手をかけると、隠していた日記がバサリと落ちた。


 母の視線が、音のした方へと静かに移動する。


「アルム、あなた……」


 日記の間からこぼれ落ちた元親友の記事。私の大事な思い出を無遠慮につかむと、母は「こんなもの!」と握りしめた。


「やめて! お母様! それだけはやめて!」


「口ごたえはおよしさない! もう戻れないのよ!」


 ああ、消えちゃう。私の綺麗な唯一の思い出が消えちゃう。


 破れ去っていく私の思い出を、ただ見ていることしかできない。


 どうして、親は子供の大事なものを操作できると思っているのだろう。どうして、人間は自分より下だと決めた人間に対して、こんな残酷なことができるのだろう。


 私は、一体なんなのだろう。このまま、この地獄を目の前の女性が死ぬまで続ける必要があるのだろうか。そもそも、この女性は、誰なのだろう。


 母の手は止まらない。


 ぼんやりした頭で破れ去る日記を見つめる。書き溜めた詩も、楽しかった思い出たちも無駄に消えた。

 

 ***

 

 気が付いたらプルペの街にやってきていた。どうしていつ出てきたのか分からない。


 はずむ息で、走り抜けてきたことだけはわかる。


 夜はすっかり更けていて、ガス灯が街を照らしていた。


 追放されたはずの街に戻ってきても、意外に誰も私が私だということには気が付かないものだと思った。


 城の近くに行ってみようと思ったが、追放された身分で迷惑をかけられるはずもなく、自分の住んでいたはずの屋敷は封鎖されていた。


 どこにも居場所はない。


 月光に導かれるように歩いていると、赤銅色の建物が見えた。昔、家族で何度も足を運んだ劇場。王妃様の護衛という名目で特別席に座ったこともあった。今から考えれば贅沢な経験である。


 お金はなかったけれど、ツテもないけれど、あそこに行かなくてはならない気がした。


 今夜も人気俳優のエフゲニー・ホロストの歌声が劇場の中に響き渡っている。美しい歌声だ。壁越しに小さく聞こえる彼の歌声に合わせながら、私は鼻歌を歌う。


『生まれて初めて恋焦がれた、あの人に会いたい。宵越しの逢瀬を何度も思い出しては涙と共に朝を待つだけ。目の前にいてくれるだけでいい。そっと微笑んで生きていてくれさえいれば、それで幸せなのに。少女神サイアに連れて行かれたあの人の顔が、輪郭が、次第にぼやけていく。手を伸ばしても、空気に触れるだけ』


 彼の当たり役『コルク夫人の一生』の山場の歌だ。


 毎日こんな歌声を聴きながら、ベッドで眠りにつけたら幸せなのに。

 

 隙間風が私の身体を突き刺す。上着は着てきたけれど、毛皮のマフラーも持ってくればよかったと後悔する。


 しゃがみ込んで膝を抱えているうちに、涙が溢れ出して止まらなくなった。


 悔しい。


 私もそっち側に行きたい。


 ずっと貴族の娘として我慢してきた。甘い蜜を吸ってきた自覚はある。


 でも、本当に望んだわけじゃない。贅沢だと叱られるかもしれないが、望んだことなど一度もないのだ。


 そちら側に行けないのなら、私の中の貴族の血を、化け物の血を、何かと取り替えることができたらいいのに。


 平凡でいい。平凡でいいから、新聞をちゃんと回してもらえる人生がいい。

 

 友達と一緒に笑って、お母様と一緒に手を繋いでゆっくり眠れる夜が欲しい。


 ただそれだけ。


 (②へ続く)

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