第35話 金。感覚の違い

Side シャルミナ


 傭兵というのは思ったよりも稼げない職業だ。 

 まあ、こればっかりは身を置いてる組織にもよるのだけれど、少なくともあたしが以前所属していた組織は薄給だった。


 ……そもそもあたしにとってのお金は、生活できる程度稼げればどうでも良いものでしかないわ。

 夢も趣味も、何もかも全てを復讐に捧げてきた。


 だからこそ、お金なんて過分にあっても意味がないものだ。

 ……確かにお金があればできることは増える。

 武器や防具を揃えたり、役回りによっては人を雇ったり……あるに越したことはないにしろ、あたしにとっては依然として興味の対象としては薄かった。


 ……なんでいきなりお金の話をしてると思う?


 ──まあそれは、いきなりあたしにポンッと札束がギッシリと入った紙袋を渡してきたなのだけれど……。



☆☆☆



 敬愛……期待……親愛……。 

 あたしがボスに向かって抱いている感情は複数あって、どれか一つに定めることなんてできない。……少なくとも、健全な感情も……"不純"な感情も抱いていることは認めざるを得ないわ。


 あたしがボスに出会って一ヶ月。

 短い期間なのに、その刹那の間にあたしの価値観と感情はボスの優しさと強さに焼き尽くされて変わっていった。

 まさしくとはこのこと。

 

 日に日に彼の優しさと強さに触れてしまう。

 まるでそれは毒のようにあたしの体と心を蝕んで……閉じこもっていた感情が解きほぐされていくのを感じる。


 はぅ……こんな不純なこと、ボスにはとてもじゃないけど言えないわね。

 きっとボスはあたしのことなんてビジネスパートナーくらいにしか思ってない──


 ──ことは無いのよねぇ……。



『私が君の真意を知らなかったように、君も私の真意を知らないようだね。──どれだけ私が、君という存在に助けられているかを』



『嘘じゃない。この世で最も信頼しているさ』




 も、もぅ!!!

 どれだけあたしのことを悶えさせれば良いのよ!!!!


 あぁぁぁあ!!! まるで当たり前みたいに!! 何でもないことのように言って!!! 逆にボスはどれだけその言葉にあたしが救われているか知らないんでしょうねッッ!!!



 ……心の中で息切れしそうだわ。

 言葉に出さなかったあたしは偉いと思うのよ。

 もしこんな言葉を普通の人が受けたら、男子女子関わらず押し倒されると思うわ。いや本当に。


 あたしだって、漏れ出そうになった感情を必死に抑え込んだんだから。

 こんなことばっか言ってたら絶対にボスは誰かに刺される気がするのだけれど……彼は優しすぎる。

 いえ……一度懐に入れた人間にはとことん甘くなる……といったところかしらね。


 不殺を受け入れてくれたことも彼の持つ生来からの優しさであることには変わりないと思うけれど、それでも面倒事を避ける意味で不殺を許してくれる組織もそこそこある。

 でも、きっとボスは面倒事とかそういう意味合いじゃない。


 あたしと同じように、誰かが泣かない世界を創るために、たとえ敵であっても殺人を許さないのだ。……ふふ、本当にそういうところ、あたし好きなのよ。


 

『──と、いうわけでだ。この世で最も信頼している君に、働きに見合った報酬を授けねばいけまい』


 だからね?

 仕方ないと思うのよ。


 あんな激甘言葉の後にそんなこと言われたら、少しくらい期待しちゃうのも当然の話だと思わないかしら?

 も、勿論、えっちなことでは無いわよ?

 別にボス相手ならやぶさかではないのだけれど……多分ボスにそんな意図がないことくらいはあたしとて理解してる。


 だからこそ、例えば姫抱きしてくれるとか……特別な美味しい料理を作ってくれるとか……そんな方面での報酬を、あたしは期待していた。


 そう、期待して




 ──ボンッ、と机の上に紙袋が置かれた。

 嫌な予感がしたあたしがスッと上から紙袋の中身を覗き見ると──その予感通り、およそ100万円の札束が5個ほど無造作に入っていた。


 当然あたしは、自らの瞳が濁っていくのを感じた。


「……ボス、これなに?」

「君への給料だ。ああ、勿論月ごとの給与だ」

「そういうことを聞いているわけじゃなくて」

「ああ、心配するな。全て一万円札だ。千円札ではないから安心するといい」

「そういうことを、聞いているわけじゃ、なくて!!!」


 あたしが大声を挙げながら立ち上がると、仮面越しで表情は伺えないけれど、あたしには少し驚いているようにも見えた。

 そして何かを深く考え込んでいる様子でもあった。


「……もしかして少なかっただろうか……やっぱりか……ううん……これじゃあシャルミナ存続の危機だな……一千万? いや500万で少ないってことはもっと上げるべきか……」


 ブツブツとあたしに聞こえないくらいの声でボスは独り言を呟いていたけれど、どうにもあたしはその独り言に嫌な予感を感じざるを得なかった。

 


 なにか……致命的な勘違いをしている気がするわ……。



 あたしはゴホンと咳払いをしてから座り直すと、懇切丁寧にボスに向かって一から説明を始める。


「あのねボス。多すぎ、多すぎよ」

「……ふむ?」

「理解してなさそうな声ね。……そもそもあたしはボスに命を助けてもらってる。この隠蔽結界が張り巡らされた場所が無ければ、あたしはとっくに足がついて殺されてるわ。──それだけじゃない! ボスは……あたしにとって初めての仲間なのよ。同じ理念を持った、ね」


 再び立ち上がったたあたしは、正面に座っていたボスの隣に寄り添うように中腰に構えながら、彼の耳元で囁くように言った。

  

「──あたしはあなたに、命と夢をもらった。……これ以上を望むことなんて何も無いわ。……蜻蜒・美濃三郎の異能武器も無償提供されているのに、お金なんているわけないじゃないの。ばかね」


 あたしは笑ってそう言った。諭すように。

 ……むぅ、ボスの真意をあたしが知らなかったようにあたしの真意もボスは知らない。……ボスの言った通りのことではあるけど、それくらいの簡単なことは分かってほしかったわ、まったく。

 

「……君の働きは私の期待をも飛び越えていくほどだった。この一ヶ月の間にも、私一人では成し得なかったことを君は全て完璧にこなしてみせた。……勿論、お金だけが君の働きに報いているわけではない。感謝、労い……それら全てが君の働きを報いるものではあるが、……つまりは金銭的報酬こそが最も信頼する証拠になることには変わりないのだ」


 ……ふーん、ボスはそんなことを考えていたのね。

 確かにその思考はどちらかというと傭兵的な思考だ。


 ──働きには報酬を。

 ──その契約は、命以上の保証である。


 傭兵の二箇条を思い出す。

 

「でもね、ボス。それって情がないと思わないかしら。あたしはそんなものなくたって、ボスを信頼してる。頑張ったね、って……その、頭をぽんぽんってしてくれればそれで良いのよ。いやその違うのよ、頭を云々とかよりも、行動で感謝を示してくれれば、ただそれで良いのよ」

「………………これどっちだ……分からん……」


 再びボスは何かを考え込むようにブツブツと呟き始めた。  

 た、確かに組織の長と部下の関係性としては変かもしれないけれどっ、あたしはこの機会を逃すと……という嫌な予感が拭い去れなかった。

 なにか……本当に致命的な……嫌な予感がしたのよ。


 だから恥を忍んであたしは本心を伝えた。

 これが、伝わってくれると良いけれど……。


 するとボスは、少し沈黙した後に重々しく答えた。


「……分かった。君がそう言うのならその意思を尊重しよう。ただ、喫茶店のアルバイト代を出させて欲しい。こればかりは経営者としての意地だ」

「……分かったわ。それでも十分に多いけれど、受け取りましょう」


 ふぅ……良かった。

 一瞬、ボスとしてのメンツを潰しちゃうかな、とか思ったけれど……あたしもこればかりは絶対に譲れないことだから言うしかなかった。

 

 ……え、ってことはもしかしたら任務が終わる度にこれからご褒美貰えるのかしら……ちょ、ちょっと楽しみね……。



☆☆☆



 わ、分からん……マジで分からん……。 

 こんな少ないなら端からいらんわ!! ってガチギレしてるのか、良いシチュエーションを用意してくれてるし報酬なんかいらんで、って言ってんのかマジでどっちか分からん……。


 これ間違ったら雇用関係終わるやつだよな?

 とりあえず同意したけどこれで良いのだろうか……。


 ぐ、ぐぬぬぬぬ……。



 お、お金を!!


 シャルミナ、お金を渡させてくれ…………ッ!!!

 

 


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乙女シャルミナ降臨

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