第21話 涙の理由は

「……っ、うぅ……んっ……」


 ガチ泣きとかではない。

 堂に入った染み染みとした号泣をしている少女の前で、俺は内心冷や汗が止まらなかった。

 だって、ガチの泣き方だもん。過剰なものもなく、あまりにも自然体すぎる泣き方。


 ……いやシャルミナが連れてきたのもあってマジの演技である可能性が高いんだけどさ……え、なんでこうなった?


☆☆☆


 とりあえず少女の面倒はシャルミナが見ることになった。

 なぜなら俺が変にずっと付いて回っても演技に支障が出るんじゃないかと思ったからである。

 生活を過ごす上でも同じ女性のシャルミナがいたほうが良いだろうしな。


 あと……ほら……もし俺に対する愚痴があった場合は二人で話せるようにしたほうがええやろ……という計らいである。

 うんまあ杞憂ではあるけど、シャルミナの雇い主として従業員の精神的健康には気をつけないといけないしな。

 俺が完璧な社長をやれているとは思ってないし。


 俺ができることは、ただ秘密結社としてやるべきことをやるだけだ。シチュエーション管理はもうシャルミナに任せきりになってしまっているが、いずれは分業なんかもできると良いなとか思ったり。


「……ダメね。あたしが近づいても怯えてしまうわ。あたしってそんなに怖いかしら……」

「あの怯えようだ。誰が相手でも変わらないだろう。それに、君はとても可憐で優しい人物だ。私が保証しよう」

「……っ、きゅ、急にどうしたのよ」


 ……いや、精神的健康って他者を褒めるところから始まるんじゃないかなぁ……って思ったり。仮面を被って演技してる時の俺って割と何でも言えるし。

 そんな俺の内心をきっとシャルミナも理解しているだろう。

 彼女は俺の言葉に照れたようにはにかむを見せた。……ふっ、俺の意図を即座に理解するとはどこまでも俺からシャルミナへの株が上がっていくというものよ。


「……いやなに、ただの本心さ」

「……そう。ところで……本当にお客さん来ないわね」

「一週間前は二人ほど来ていたのだがな。一人はまた来ると言っていた。時間の問題だろう」

「常連を一人作ったくらいで経営がまかり通るとは思えないのだけれど……」

「手厳しいな」


 その通りだから何も言えないよ俺は。 

 どうやらシャルミナも経営については思うところがあるらしいな。これはきっと演技とかではなく本心なのだろう。

 なにせ俺の資金の全貌とか知らないわけだしな。

 まだ給料日でもないからお金を渡していないし。


 えっと、年俸3000万でそこに時給3000円だから……。

 月々250万+34万くらいで……月の給料が284万円!!!


 銀行口座とか教えてもらってないから手渡しになるけど大丈夫かな。まあ、きっとあれだけの演技力と美貌だからシャルミナにとって284万円なんて端金に違いない。


 ありがと、なんて言って軽く受け取るに違いない。

 とりあえずはそれで資金はあるんだな、って察してくれたらありがたいけど……先のことだ。一旦は新メンバーについて考えよう。


 少女を受け入れてから一週間が経っている。

 その間、彼女は与えた自室に籠もっていて禄にご飯も食べていない。

 シャルミナがコンビニで買ってきたおにぎりとかサンドイッチとかを差し入れしているようだが、たまにしか食べていないようで俺としても不安になっている。

 ……え、演技だよな? 買い込んだりとかしてちゃんと食べてるんだよな? 俺、演技のために絶食とか不健康すぎるから許したくないですわよ。


「それにしても……名前も教えてくれないんだもの。あたしじゃ心を開かせるのは無理かもしれないわ。どうやら異能者そのものを警戒しているようにも見えるし……まあ、そうなったらボスはもっと無理かもしれないけれどね」

「……今日の喫茶店の営業終わりにも話してみようか。すまないがシャルミナは席を外してくれると助かるが……」

「ええ勿論。あたしから頼もうと思っていたわ」


 どうやら俺の説得フェーズが始まったようだ。

 

 うーん……初日の時も昼ごはんいらないとか言ってたし、もしかしたら人の作ったもん食わない可能性もあるけど(過酷な減量)……一先ず夕食でも頑張って振る舞って話をするとしようか。

 折角頑張って演技をしてくれているんだ。俺も演技の範囲内でできることをするとしよう。


 ……くぅ、特別な才能を持たない一般人であることが恨めしいなまったく!! 俺も人脈とか発想力とか、それこそ演技力がもっとあれば不都合なんてかけないかもしれないのに!!

 ……いや、んなもん関係ねぇ!!

 俺がやろうと決めたことだ。最後までやり通すのが男でありロマンってヤツなんじゃねーの? うん、そうだそうだ。


「……ところで、シャルミナはお腹が空いていないか? 何か適当なものを作ろうと思っているが」

「そうね。頂こうかしら。あたし、ボスの作る料理好きなのよね。なんか温かいっていうか……落ち着く感じがするの。ふふ、ボスに作らせる部下ってどうなの? って思うけれどね」

「料理は私の趣味のようなものさ。そう言ってくれるとありがたいよ」

「ふっ……くくっ、ふっ……料理が趣味の秘密結社のボス……ふふふ……」


 謎にツボに入っているシャルミナである。

 確かに料理が趣味です! って言ってる秘密結社のボスがいたら普通に面白いよな。ギャップとかじゃなくて、一気に謎の存在から親しみやすい食堂のおばちゃんみたいになるというか……。


 ハッ!? もしかしてシャルミナはそれを咎めているのでは……!?


 ……いや考えすぎか。

 世界中探したら料理が趣味の秘密結社のボスくらいどこかにいるやろ。知らんけど。



☆☆☆


 喫茶店の営業が終わり、シャルミナは「少し見回りに出てくるわ」と言ってビルを出ていった。きっと俺の説得フェーズを邪魔したいがための配慮だろう。できる女だぜまったく。

 

 そして俺はビルの階を上がって、主に従業員の居住地として使われている場所に俺は来た。……うーん、女子の部屋に突撃するよって罪悪感があるけど……ちゃんとノックはしますけど。


 そんなことを考えながら俺は少女の部屋の前まで来た。

 そして心を落ち着かせるためにゆっくりと深呼吸をすると、コンコンコンと軽くノックをした。


「…………あの」


 すると、カチャリと小さく扉が開かれ、中からは怯えるように俺を上目遣いで見る少女が現れた。どこかその目は泣き腫らしたように真っ赤にも見えた。


「ああ、すまないね。君が何も食べていないとシャルミナが聞いたんだ。私のビル内で餓死者を出すのもしのびない。軽く料理を振る舞おうと思っているがどうかな?」

「……わ、わかりました。いただきます」


 優しげな口調を意識して夕食に誘うと、少女は少しだけ怯えた表情を緩和させて俺の誘いに乗ってくれた。

 おお意外。シャルミナの誘いには乗らなかったのに俺の誘いには乗ってくれるんだな。


 あぁそうか。

 俺が少女を誘うことが物語の始まりになってるんだな?

 じゃないと次のシチュエーションを用意できないから。


 くっ……失念していた……ッ!!

 何もシャルミナは俺を放っておいて一人で楽しむような人間じゃない!! 俺をしっかり巻き込んだ上で設定を作り上げてくれる聖女のような人間……ッ!!

 

 俺から動く必要があるんだよ、と行動と言動で示してくれたわけなんだな。

 ごめんなシャルミナ。俺、まだまだだよ。


 心の中で激しく後悔しながら歩いていると、なぜか後ろを歩いていた少女がビクリッ! と体を震わせながら着いてきた。

 どうしたんだろ。まあ良いか。


「少し、待っていてくれ」


 俺は少女にそう言って、厨房に入った。

 何作ろうかなぁ、適当にオムライスとかで良いかぁ!!!





☆☆☆




 ────で、時は現在に戻り。

 なぜか俺の作ったオムライスを一口食べた少女は、その美しい瞳から涙をポロポロと流し始めた。それも大量に。


 え……なんか嫌いなものでも入ってた??

 もしかして不味かった??


 結構自信作だったんけどなァ……!!

 マジでどうしよう。こういう時に秘密結社のボスとしてかける言葉は……!!


「──っ、ご、ごめんなさい、泣いて……うるさくして……」


 ──っ、見えた! 隙の!!


「……幾らでも泣くと良い。君の涙を止める術は私には持ち得ていないが……心ゆくまで泣くことのできる環境を作ることはできる。それに……時には泣くことだって大事なことさ」


 そう言って俺はソッとその場を離れて扉を閉める。

 知らん奴にいきなり寄り添われても好感度は稼げないだろうと俺は踏んだのだ。だって、実際泣いた瞬間に「君の涙は俺が止めるよ」とか言われたら普通に怖いやろ。

 

 そういうのは信頼値を築いてからやりましょう。

 まあ、これが正解かは俺も分からんけどな。


 あくまで秘密結社のボスらしき俺の勝手なイメージで言ったことだし。……秘密結社のボスらしい言動ってなんだろうな!!

 俺も分かんなくなってきたけど、己の理想像を追い求めるくらいが丁度良いだろ。


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