第2部 第3話 双対の宿敵〜ジルカースとデオン〜
日が落ちた、霧の立ち込める森の中。
廃屋を背に立ったアカツキとテオ、そしてようやくその行手を突き止めたジルカースは睨み合うように仁王立った。
一体何が三人を再び巡り合わせたのか、ジルカースは分からなかったが、どこかで直感のようなものを感じていたかもしれない。二人の居る方角に呼ばれている気がする、そんな心地だった。
「テオを返せ!」
そう言って、目の前のアカツキとテオに向かい銃を構えたジルカースだったが、その照準は戸惑うように震えていた。
かつて名うての暗殺者ジルカースと呼ばれた彼であったが、別世界線の自分であるアカツキを前にすると、果たしてこいつを手にかけて良いものか、と相反する気持ちが生まれてしまうのであった。
アカツキは、別世界線の自分を殺せば、この世界線のお前もただでは済まないだろう、という事を口にしたのだ。
鵜呑みにするわけではなかったが、今や家族を持つ身の上となったジルカースが望むのは、テオとゼロの安全だけではなかった。
二つの世界線のジルカースを前に、テオもまた戸惑ったように胸に手を当てていたが、アカツキの制する腕の向こう側でそっと口を開いた。
「ジルカース、目の前の彼“アカツキ“は暗殺者であった頃のあなたよ。今のあなたにしかない、決定的に違うところがある、わかる?」
その言葉に一瞬考え込んだジルカースだったが、程なくしてその答えに行き着く。
それは、人を純粋に助ける善行を知らない事。
ジルカースの師匠であるグライドも暗殺者として育った人であったが、ジルカースは彼から暗殺術を学んだとはいえ、道を模索すれば暗殺者を辞めてアイラのように純粋に人助けをする道に生きる事もできたはずなのである。
それをしなかったのは、相棒のキスクがいた事も関係していたし、希望であるテオを見失っていたことも関係していただろう。そしてひとたび裏家業である暗殺者になってしまえば、容易にその道を変えることが難しい事もまた。
今現在アイラやキスクたちと共に“奴隷解放戦線“と銘打ち、徴用された人々を奴隷から解放する活動を行っているジルカースだが、アイラと知り合う前までは、真実そんな人助けのみに振り切った活動をしている人々がいるとは思わなかったのである。
それほどまでにこの世界は奴隷や裏家業の者たちのシステムをいいように利用してきたのだ。
そしてその当時のジルカースは“かつてその世界の管理者であり神であった自分が、それを見過ごしてきた責任“も感じていた。
師匠のグライドと出会う以前、この世界に降りてきたばかりの頃、ジルカースは記憶喪失だった。
しかしキスクと出会い、そしてテオと再会したことで、ジルカースの記憶は完全に取り戻された。けれどもそれは、神としての責任を自覚するという、新たな戸惑いの幕開けでもあったのである。
そしてもうひとつ決定的に違う点、それはアカツキは輪廻転生の玉を所持していないこと。
つまりアカツキは、自力による“時空を飛び越えての転移などはできない“のである。
アカツキがこの世界に来た時、“この世界にアクセスしている奴がいた“と言った。それはつまり、手法はともかくとして自発的に時空転移をしている者がいた、ということでもあった。
それが気に掛かったジルカースは、アイラとその部下の少年少女たちを偵察へ向かわせていた。結果は未だ届いていなかったが、何か良からぬことが起ころうとしている気配は察していた。
「居た!無事ですか師匠!」
「ジル兄、デロも加勢させてよ!きっと役に立つからさ!」
そう言って背後から追いついてきたのは、後を追ってきていたルトラとイヴァンたちだった。キスクは若い二人の体力にやや追いつけていない様子で、やや息を切らしながら遅れて現れた。
ルトラに、“デロ(先ほど降霊させた霊体)は対アカツキの役にたつ“と言われたジルカースだったが、肝心のデロとやらの姿を認識できているのはルトラとアカツキだけであるが故に、どう連携を取れば良いものか悩んでいた。
その隙をカバーするように、相棒のキスクはルトラとイヴァンたちと共に、アカツキの側面に回り込むようにしてジリジリと追い込んでゆく。
「デロっ!倒さなくていいから押さえ込んで!」
ルトラの指示に答えたデロの『了解』という低い声が、かすかにジルカースの耳にも届く。
その瞬間“そうか、声が聞こえるのであれば、それを基準に仕掛ければ良いのではないか?“という答えにジルカースは行き着く。
「ルトラ!なんでも良いからデロに掛け声を出すように伝えてくれ!」
「えっ!?デロ無口そうな奴だから聞いてくれるかな……とりあえずやってみる!」
ルトラの言葉を聞いたらしきデロの居るらしき方向から若干、舌打ちらしい音が聞こえた気がしたがジルカースは知らんふりをする。
生前“うるさいほど自分につきまとってきたお前なら、そのくらい容易いだろう“という考えの元だった。
「行くぞデロ!足止めぐらいはしてくれよ!」
『そっちこそ、足手纏いにならないでよ』
思えば彼とこんなふうに背中を合わせて共に戦うのは初めてのことだった。
相変わらずの悪態にジルカースは、彼、“デオン・ギロ“と刃を交えた日の事を思い出していた。
***
一方ではぐれてしまったゼロはといえば、いきなり知り合ったイルヴァーナという銀髪の少年と共に、お化け屋敷へ突入することとなってしまっていた。
煉瓦造りの研究施設内部は比較的綺麗な状態で残っていた。
ところどころ古びて朽ちた壁があったり、蜘蛛の巣が張っているところはあるものの、どことなく人が入ったような形跡もあり、不思議な場所だった。
研究施設を我が縄張りとでもいうように、各部屋内部へズカズカ入ってゆくイルヴァーナに対し、ゼロは恐々しながらもそれをイルヴァーナに悟られないよう、虚勢を張る様に歌を口ずさみながら進んでゆく。
「銀狼の夢を〜聞いたか〜、冬に歌う流れ星〜。不死鳥の愛を〜聞いたか〜、夏に踊る涙星〜」
「なんだその歌、初めて聞くな」
「“星の歌“っていう曲だよ、母さんが教えてくれたんだ、この国の人たちが昔、祭りの時に神様に捧げるために歌ってた曲だって」
「フーン」
そう言葉を交わしながら、おもむろに並んだ部屋の一室に入ったイルヴァーナは、“こっちから声がする“と言って、強制的にゼロの手を引っ張ってゆく。
「うわっと、いきなり引っ張らないでよ!」
「怖いなら僕の服でも掴んでなよ、さてこの奥から声がするけど、何が居るのかな」
ドキドキと胸を抑えながら、光が差し込む扉の向こう側を覗き込んだ二人の目に飛び込んできたのは、崩落した中庭にそびえる木に座り込んだ、不思議な少年の姿だった。
月光がまるでスポットライトのように、座り込んだ少年をぼんやりと光らせながら照らし出す。
腰まである長い黒髪にはライトブルーのメッシュが入っている。左目の隠れた顔、金色の右目、そして右耳に際立つクルクルと回転しているピアス。
どことなく中性的な雰囲気の漂う、不思議な空気を纏った少年だった。
『やあ、よくぞ私の庭へ、と言っても私もここから出られない身の上なのだけどね』
「……どういうことですか?」
不思議に思って問いかけたゼロに、名も語らぬ少年は自分の足に絡みついたツルのようなそれを見せた。
発光しているツルのような鎖のようなそれは、少年の体をこの場所へ留めているかの如く木と繋がっていた。
「かわいそう……なんとかならないかなぁ」
「不思議なツルだな、なんなんだこれ」
そう言って二人が触れると、少年を留めていたツルからパチンと音がして、弾けるように途切れる。
それを目にしたゼロは、以前同じように神力を持つ父母ととある現象が起きた事を思い出す。
「神力の相互作用……お兄さんももしかして神力を使う人?」
ゼロの問いかけに、納得した様子のイルヴァーナは、「ああ、だからさっき離れていても声が聞こえてきたのか」と明かす。
「私も私のことをまだよくわからないのだけれど、これが神力というのかい」
少年の言葉に、イルヴァーナは不思議そうに首を傾げる。
「変なことを言う奴だな、自分のことがよくわからないだなんて。まぁ僕も“ここに居た時は“そんなカンジだったけど」
「……?」
二人の会話の流れにどことなくついていけないゼロは、ふと鳴り響いた自分の腹の音に気づく。確かポケットに母さんからもらったお菓子が残っていたなと気づき、ポケットの中を探った。小銭ほどの大きさの焼き菓子を取り出すと、口に放り込む。
「母さんどうしてるかな……父さんがきっと探してくれてると思うけど、子供の僕の足じゃ探すって言ったって」
「母親と逸れてしまったのかい?可哀想に」
「あっ、何一人でうまそうなもの食ってるんだよ!僕にもよこせ!」
ゼロの挙動に気づいた二人が声をかける。
おもむろに立ち上がった少年は『よし決めた』と言って、ゼロとイルヴァーナの肩を掴んだ。
「せっかく自由になったのだ、私もお前たちについていくことにしよう。母さんを探しに行こうか」
その言葉に、今まで曇っていたゼロの顔がようやくパッと明るくなる。
お化け屋敷探検は終わりかぁと嘆いたイルヴァーナだったが、ゼロの表情を見て仕方なさそうに“いいよ、僕も一緒に行ってやる“と言ったのだった。
***
その頃、数キロ離れた先の東国の王都では、新たな征服者・王者になったデオンが、とある人物を探していた。
灯りのともった白壁が囲う王城の、真っ赤な玉座に伝うのは、デオンの銀色のテール髪である。我が物顔で座するデオンの元に、腹心参謀のメリルがやってきた。美しい艶のある黒髪の奥、丸メガネの中で、メリルの瞳が伏せられる。その手にはとある報告書が握られていた。
「どう、見つかった?ボクの宿敵、ジルカースは」
「動向が判明しました、現在はアイラ・ソルティドッグらと共に奴隷解放の意を掲げ行動しているようです。人民解放戦線リベラシオンは、現時点で結成されようとしている最中の模様、ジルカースらとの接触はまだ確認されていません」
「なるほどねぇ、まぁ何がきたところで僕たちには“永遠の命“が保証されている。神殺しの刀を所持している者でなければ、さしたる脅威ではないからね。ゆえに、ボクとジルカースは別格の存在なのさ」
はいと応え、うやうやしく一礼したメリルは、デオンの元にひざまづいた。
黒いショートグローブを着けた彼の手を取ると、そっとルージュも飾らぬ唇を寄せた。
デオンはうっすらと開いた糸目の奥に、ルビー色の瞳をちらつかせる。そしていつものにんまり笑いを浮かべて告げた。
「メリル、お前はボクの腹心の名に恥じぬ働きをしてくれれば良い。そうすれば君の一族の安寧は保証してあげるよ」
「ありがたき幸せ、必ずやご期待に応えてみせます」
そこへ現れたのは、今や将軍職となったレギオンだった。
金髪にコントラストの映える黒い軍服と紅いマントをひるがえしてデオンとメリルの元へとやってくる。息を切らしてやってきた、その表情はどこか憂いげだった。
「イルヴァーナが居なくなった。またいつもの道草だろうが、戦況に関わること。勝手な行動は慎んでもらいたい」
「ご無事のご帰還何よりです。私からもよく伝えておきます、あの子は自分の存在の重要性がまだわかっていないんです」
「イルヴァーナはボクと似てる戦闘好きなタイプだと思ってたんだけどね。戦うことに関してはさほど興味がないのか、あるいはボクにとってのジルカースのような存在ができれば違うのかもねぇ」
デオンの分析にやや思うところがあるのか、メリルとレギオンは黙り込むと、ふと顔を見合わせた。
デオンはかつて、十八の歳を最後に暗殺者Jに暗殺される、という予言を受けて育ってきた。父から受ける叱責で捻じ曲がった生育環境と、彼の鬱屈した感情が、ジルカースの暗殺により死を受け取ることに、彼なりの救いを見出す未来を作ってしまったのである。
そんな環境で育ったこともあってか、デオンは強者と戦うことと血を好む性格であったが、その"強者との戦いを好む性質"は幸か不幸かジルカースの中にもあったのである。
かくして二人は宿敵として巡り合い、死の予言、宿命からも逃れ、お互いを唯一無二として求める関係性となった。
ジルカースとデオン、二人にしか理解し得ないものがあるのやも知れず、しかしそれほどのものを今のイルヴァーナにもまた理解できているかといえば、間違いなくいいえであろう。
そこへレギオンの部下の兵士が一人やってきて、ちょうどと言うべきか、イルヴァーナの帰還を伝えてきた。
「ただいま〜!デオン、今日は僕のともだちを連れてきたよ!」
意気揚々と帰ってきたイルヴァーナの背後から現れたのは、デオンの目にはどこか見覚えのある面影の、黒髪の少年“ゼロ“だった。
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