過保護

「ちなみに、ですけど、言葉は……?」


 そこでカーラさんがぴしっと手を伸ばし、泉さんに尋ねる。すると泉さんは笑みを消し……すぐに悲しそうに笑みを浮かべ直すと、その質問に答えた。


「あいつは……今回、呼んでない。今は落ち着いてきたとはいえ、疲れてるだろうし。それに……」


 そこで泉さんが言い淀む。どう言おうか、迷っているような様子だった。

 しかし言う言葉が決まったのか、彼は意を決したように顔を上げる。


「……小鳥遊は、芳乃みたいな女、たぶん嫌いだろうから……」


 その感想、分からないでもない。男好きで女嫌い。好きな男は誘拐する。いかにも言葉ちゃんが嫌悪しそうな人種だ。


 ……と、言うよりか。たぶん理解出来ないのだろう。男性が苦手な言葉ちゃんには、男性が好きで好きでたまらないという、芳乃美香の気持ちは。


「だから今回は、パレットと伊勢美の2人に頼みたい。俺たち男性陣は、別所で待機して、最悪お前たち2人が倒れたら行くつもりだが……ま、お前らなら大丈夫だと思ってるから」

「カーラたち、すごくいいコンビネーションする!! です!! 期待してて、ですよっ」

「……油断はせずに行きます」


 私たちの答えに、泉さんは満足そうに頷いた。そして、最後に。


「このことは、小鳥遊には内緒にしておいてくれ。あいつが知ったら、疲れてるのもお構いなしに来そうだし……。終わったら、その報告をしよう」


 あいつのことを、守りたいんだ。泉さんは、そう小さく呟いた。


 ……そこで私は、あいさんのことを思い出した。文化祭の時にお世話になった、いや、お世話をした、言葉ちゃんの2代前の生徒会長。

 彼女も言っていた。あの子の前ではいつでも気丈でいたいと。あの子は沢山の悲しみと苦しみを経験してきたから、自分のことで更にそんな思いをさせたくないと。


 ……泉さんと愛さん、考えることは一緒、か……。


 2人にとっては、言葉ちゃんは妹のようなものなのかもしれない。簡単な話、言葉ちゃんは2人より年下なわけだし。


 でも、それがどうにも過保護すぎるのではないか……と思うのは、私だけなのだろうか。それとも、大事に思っているのなら、それが普通……なのかな。


 分からないので、私はその言葉を肯定するように頷くだけだった。





 今回任務に挑むのは私とカーラさんということで、作戦会議は私たち2人が中心となって行われることになった。まあいつも通り大智さんと、助言のためか忍野さんも同席しているのだけれど。


 泉さんは仮眠を取ると言って、医務室に引きこもってしまった。言葉ちゃんの疲労具合を心配していた泉さんだが、彼自身もまだ疲弊が拭いきれてはいないのだろう。


「芳乃美香は会ったことがあるから、今回は俺の『Navigation』で居場所を突き止めることが可能だ」


 全員が着席するや否や、忍野さんがそう切り出す。探しにいかなくていい、というのはとてもありがたい。忍野さんの異能力はとても便利だ。風桐かざぎりじんの一件以来、使われてなかったけど……。


「会ったことがあるってことは……忍野さん、芳乃美香の異能力を受けたことがある、ということですか?」

「……まあ。でもすぐに気づいて、異能で対抗した」

「……そうですか」


 恐らく異能力を知らない状態で会っただろうに、すぐに気づいて異能力で対抗できるとは……やはりこの人、言動はあれだが、強いのだろうな、と思う。


「どういう経緯で会ったの? です」

「……向こうから声掛けてきたんだよ。まあ俺は顔が良いからな」

「「…………」」

「なんだよ、その顔は」


 思わず私と大智さんは黙って忍野さんのことを見つめてしまう。いやまあ、確かに顔は良いと思うけど。

 それ、自分で言うのか。私と大智さんの感想はそんなもので、一緒なのだろう。


 一方、質問を投げかけたカーラさんは、へぇ~、と無邪気に相槌を打っていた。その自尊心満々の言葉を特に気にしている様子はない。


「凶悪異能犯罪者と会って、何したです? 一緒に、犯罪?」

「……なかなかむごい質問するな、お前」


 呆れたように呟いた忍野さんに、むごい? とカーラさんは首を傾げながら聞き返す。聞き覚えの無い日本語だったのだろう。隣にいる大智さんが、ひどい、とかと似た意味だよ。と教えていた。そしてカーラさんは更に首を傾げていた。たぶん、そこまで変な質問をしたつもりがなかったのだと思う。

 いやでも、ここでその質問を肯定したら、カーラさんと大智さん警察が出ることになるのではないだろうか……。


 忍野さんは深々とため息を吐き、質問に答えた。


「向こうもそれ目的だったし、普通にんだよ」

「……???? 一緒に寝るためにわざわざ……????」

「……いや、そっちじゃなくて、セッ」


 そこで突如として大智さんがカーラさんの両耳を両手で塞ぎ、私は日本刀を取り出して忍野さんの首元に突き付けていた。示し合わせたわけではないが、完璧な連携だった。

 忍野さんは言いかけで黙り、私の日本刀を数秒見つめてから、怠そうに両手を上げた。


「……随分過保護だな、お前ら」

「……いや、過保護以前に、知人のそういう話聞きたくありませんよ……普通に……」

「純情なこった」


 忍野さんは鼻で笑い、上げた両手をそのまま後頭部にやって、手を組んだ。とりあえずそこから口を開きそうな様子が無かったので、私は日本刀を収める。

 突然耳を塞がれたカーラさんは、何も聞こえないよ、です。と大智さんに抗議していたが、大智さんは顔を真っ赤にし、何も聞こえていないようである。テンパっているらしい。私が肩を叩くと、大智さんは大きく体を震わせ、ようやくカーラさんの両耳から手を離した。


 と、まあ脱線もあったものの(いや、話の大半は脱線だった)、作戦会議はしっかりと進められた。そして作戦を固めると、すぐに出ることになった。


 医務室で仮眠を取ると言った泉さんだが、あまりにもぐっすり眠っていたもので、起こすのはやめることにした。俺がいりゃ十分だろ、という忍野さんの一言が決め手になった。


「いってきます」


 小声で医務室の中に声を投げかける。返事は、来なかった。

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