この学園では一番危険な、精神操作系の異能力者

 私はその背中を、追いかけることも出来ないまま見送り……。


「……どう思います?」

「……いやぁ……どーだろうねぇ……」


 私の声に反応し、物陰から出てくる人物。私のストーカーこと、小鳥遊言葉だった。途中から、話には加わらないものの、こっそり盗み聞きをしていた。


「聖さんが何かを話そうとした兆候はあった。でもそれがどういう話かっていうのが分からないと、何ともね」

「……ですよね」

「でもとーこちゃん、話を聞き出せそうになったのはじょーでき。ご褒美に飴あげる」

「だから、いりません」


 と言ったものの、無理矢理飴を握らされてしまった。今回はスイカ味か……美味しいのか? スイカ味って……。


「っていうかとーこちゃん、わざと瀬尾さんのこと煽ったよね?」

「わざと……というか、私が思っていることは、大体人を嫌な気分にさせることだと知っているので……思ったことをそのまま言っただけです」

「君ってほんと良い性格してるぅ〜〜〜〜☆」


 聖さん可哀想~、と言葉ちゃんが笑う。確かに……聖先輩にはどさくさに紛れて、酷いことを言ってしまった。……謝った方が、いいだろうか。

 すると私がよっぽど酷い顔をしていたのか。……何故か言葉ちゃんは、私の頭の上に、優しく手を乗せた。


「……何ですか」

「んーん。聖さん優しいし、そんな気にしてないんじゃないかなぁ。ま、それにしても、気にするなら謝っておけば?」

「……はい」

「でも僕たち、聖さん接近禁止令出てるからねぇ」

「……そうですね」


 ケラケラと笑う言葉ちゃんに、私はため息交じりにそう返す。確かに、少し前進はしたが……後退もした気がする。これで余計、聖先輩へのマークが強くならないといいのだが。


「……また聖先輩に話を聞かないといかなそうですけど……どうするんですか」

「チャンスがないわけじゃないよ?」


 すると言葉ちゃんがあっさりそう言い放つものだから、私は肩透かしを食らったような気持だった。今まであんなに聖先輩に話を聞けていなかったというのに。じゃあ何で今までその手を使わなかったんだ。

 そう思う私を他所に、言葉ちゃんは黙って歩き出した。それに付いて行き、言葉ちゃんが指差したのは……。


「……これは……」

「じゃーん!! ちょっと普通にしては遅めのイベントでーす!!」

「……体育祭……」


 確かに、普通は5月にやるような学校行事だろう。もう6月だ。それを今更やるとは……。


「ここでは風紀委員会はすっごい忙しいからね!! 腐っても風紀委員会委員長だからね。流石にずっと聖さんに付いてる、っていうのは出来ないんじゃないかなぁ」

「……貴方は忙しくないんですか」

「うんめっちゃ忙しい」


 やっぱりそうだ。腐ってもこの人は生徒会長。この学園で1番偉い存在だ。そんな人が忙しくないわけないだろう。

 ……ということは……。


「……私が何とか話を聞き出すと……」

「そゆこと!!」


 言葉ちゃんは満面の笑みを浮かべて私を指差す。分かってんじゃん~!! とでも言いたげだ。分かりたくなかった……。というか、いいのだろうか。こんな口下手に任せて……。


「というかそもそも、聖さんが瀬尾さん以外と話しをしてるとこなんて、初めて見たんだよね」

「……え?」


「まあ良くも悪くも、聖さんって浮いててさ。ほら、聖さんってめっちゃ美人だし……瀬尾さんっていうセコムがいるから、あまり他の人と話そうとしないんだよ。それに、異能力も異能力だからさ。だからね、僕驚いちゃった。君があっさり聖さんと話すものだから」

「話すというか……一方的に話していただけですけど……」

「仕方ないよ。異能力がああだとね」


 その発言に、私は顔を上げた。それはつまり……異能力のせいで、喋らない?

 てっきり私は、聖先輩は喋れないものだと思っていた。でも、異能力のせいで……?


「……あの、聖先輩の異能力って……」

「……ああ、話してなかったっけ」


 キョトンとする言葉ちゃんを睨みつけつつも、その言葉の続きを待つ。確か、聖先輩は、そう……。



 ──この学園では一番危険な、精神操作系の異能力者。



「『Siren』。声を聞かせることで、人を意のままに操ることが出来る能力だよ」



 セイレーン。ギリシャ神話の中に出てくる怪物の名前、だったか……。

 ああそうか、と私は納得する。あの時、聖先輩が微かに息を呑んだ音が聞こえただけで、私を眩暈が襲ったのは……。

 ……異能力が効いていたかも、しれなかったんだ。

 確かに美しい声だった。いつまでも聞いていたいような……そんな声。

 ……私、危なかったんだ。


「聖さんは異能力を使うつもりがないのはよく分かる。異能力を使って、しつこく話を聞こうとする僕たちに『もう金輪際関わるな』と言えば済む話だからね」

「……確かに……」

「まあ、とーこちゃんと一緒で、異能力の使用を制限されてるから、っていうのもあると思うけど……。でもそれがいつ変わるか分からない」


 君も何だかんだ、異能力を使ったしね、と言葉ちゃん。いや、誰のせいだと。

 しかし私のツッコミになぞ気づかず、彼女は真面目な顔で告げる。


「君にかかってる。けど、気をつけてね」

「……」


 言わんとすることは分かる。けど……。

 ……気をつけるって、どう気をつければいいんだろう……。


【第5話 終】

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