馬鹿虫
「見えるか? お前を苦しめていた正体だ」
ガディはそう言った後に左手を一度ギュッと握り、ゆっくり開いて見せた。そこには、小さなホクロのような点が手のひらの真ん中に引っ付いている。
「よく見てみな」っとガディが言うもんだから、僕はガディの手のひらに顔を近づけホクロを凝視すると……
「蟻……?」
っと呟き、視線をガディの顔に向ける。するとガディは一度目を瞑ってから教えてくれた。
「コイツはフールアント。お前に分かりやすく言えば『馬鹿虫』と言うやつだ」
馬鹿虫? まぁ、フールアントでも直訳したら『馬鹿蟻』って言えなくも無い。でも、なんでそんな馬鹿虫が僕を苦しめてたんだろう?
って言うか、僕は苦しんだ覚えは無いんだけど。
僕の言葉を聞いたガディは「いや……」っと言って首を振って言ってくる。
「この馬鹿虫はな、頭が空っぽで日頃は餌に群がるだけが目的の虫で逃げることを知らない。だから簡単に叩き潰すことが出来るんだ。だがな……」
っと言ったところで一旦区切り、そして目を細めて再び話し始める。
「ただ、コイツ等は毒を持っているんだ。ちょっとでも噛まれたら口の中から分泌液を出して人の脳に負荷を与えてくる。早い話が、噛まれたヤツの頭に残る強烈な記憶を呼び起こすって事だ。まぁ、噛まれても痛くは無い。痒くなる程度だけどな」
そう言われて僕は考える。
考えて……考えて……考えて……
思い出した。
何かを考えている時、突然右耳の裏が痒くなると必ずおじいちゃんの声が脳裏に蘇ってきた。
でも、だからどうしたって感じがする。
だって、この馬鹿虫に噛まれて痒くなっておじいちゃんの声が脳裏に蘇って、たったそれだけで何がどうなる訳でもなくない? って感じだ。
僕の疑問を聞いていたガディは深刻そうな面持ちとなって声を出す。
「お前はどんな時にそこが痒くなったんだ?」
そう言われ、少し考えた僕はあまり口に出したくなかったけど、正直に話すことにした。
「王様やパーティーの仲間や他の人達にとても良くして貰った事を思い出した時かな? 恩を返さなきゃって思った時とか」
「それだ!」っと、ガディは僕に人差し指を突きつけて言った。
その行動もその言葉も全く意味の分からない僕は「はっ?」っと間抜けな声を漏らしてガディを凝視する。と、ガディは手のひらの潰れたフールアントに視線を落として声を出した。
「この馬鹿虫が馬鹿虫と言われる
っと、何だかオタクが食いつきそうな話になってきた。けど、どっちかと言えば僕もそっちよりな人間だし。だから少し食いつき気味にガディの話を聞くことにした。
「コイツの頭の中にワードとなる言葉を魔法で埋め込み、そのワードを魔力で感じたら噛み付くようにしていたのさ。そして分泌液を流し込み、強く記憶に残る言葉を甦させるって事だ」
そしてガディ軽く息を吸ってこう言った。
「つまり、あそこの国王はお前に手厚い接待をし、実は強烈な恩を刷り込ませた。そして疑問を持とうとした時に『恩』というワードに反応するようフールアントに魔法をかけてお前の頭に仕込んだって訳だ」
驚愕だった。
僕に恩を着せ、その恩を忘れないように馬鹿虫に魔法かけておじいちゃんの言葉を甦させる。
ただ、そこで僕は疑問に思った。
そもそも僕はこの世界の人間じゃない。しかも、とっくに亡くなったおじいちゃん言葉を知ってる訳が無い。なのに何故、あの王様は僕に照準を合わせて召喚させたのだろうか?
そんなのぼくが産まれた時からずっと見ていなきゃ分からないだろうに。
「見てたんじゃねぇのか?」
突然そんな事を言ってきたガディ。でも、果たしてそんな事が出来るのだろうか?
その疑問にすぐさま答えてくれる。
「別に産まれて来てからの事を見る必要はないさ。例えば……墓参りの時なんかでお前がそんな事を呟いたことは無いか? 亡くなったじいさんの言葉を忘れなように口にした事は無いか? 恐らくアイツらは『遠見の魔法』でその時のお前を見つけて照準を合わせた……って事だ」
そう言われれば確かにそんな事があった。
っと言うか、僕はおじいちゃんのお墓参りに行くと必ずその言葉を口にした。
『いいか、海斗。人にして貰った恩を忘れたら駄目だぞ!絶対にな』
でも、おじいちゃんのお墓参りはお盆の時に行くくらいだ。今はまだ七月だから、その『遠見の魔法』とかで僕を見つけたんなら去年の八月って事になる。
「召喚術ってのは緻密な儀式で準備にはかなりの日にちが掛かるもんなんだよ。だから日数のズレは当然だ」
確かに、RPGとかでは人を召喚する時は膨大な時間がかかるというイベントもあるくらいだし。
つまりあの王様はそれだけの時間を掛けてでも僕を召喚したかったわけだ。僕の性格を最大限利用する為に。
「まっ、義理堅いのも問題だな」
っと言ってガディは軽く笑った。
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