第13話転ばぬ先のくし

 入鹿コロネがトイレに行くため席を立った後、僕は緊張が解けてちょっとぐったりしていた。でも意外に素直でカワイイコだな。彼女が机に向かって無心に問題を解いている時、ふっくらした胸元をチラ見してしまった。


 昨日、つまり金曜日の昼に「勉強教えて欲しいんですけどぉ」と甘々な声の電話を彼女から受けた僕はキョドり、ヒサメさんに相談してしまった。そして「あたいも相談がある」と言われたので放課後、学校近所の児童公園へ。


「あたい、誰かに勉強教えてほしいなんて思ったことねえから、女心って言われてもわかんねえな」

「本当は勉強出来るけどサキュバスであることを隠すためダブったんですよね?」

「つか、授業バックレ回数更新してたら、段々先生の言ってることがワケワカメになってくんだよ~」


 僕たちは公園のベンチに腰掛け、ジャングルジムや滑り台で遊ぶ子供達の姿を眺めていた。なんて平和な光景なんだろう。5年前は僕もああやって遊んでいたのか。


「コロネちゃん、スクールカースト上位フェイスの優等生だよな」

「……ええ」

「言っちゃ悪いけど、ハルマに教わることなんてアレしかねえんじゃね?」

「ぼ、ぼぼくが教えるんですか」

「映画館となりのカラオケボックス。あそこだけは入るなよ」

 真剣な顔のヒサメさん。


「サキュバスだから、妙な妖気が出てるのが見えちゃうんだよ。最悪出られなくなる」

「普通にみんな出入りしてるじゃないですか」


「ハルマにはあたいから魔力が流れ込んでるから、ちょっと話が違ってくる」

「分かりました、誘われても行きません」

「で、あたいの相談なんだけど」


 ヒサメさんは学生カバンから取り出したファッション雑誌をひろげた。そのページには白いブラウスに黒のスカート、そして白のストッキングをはいたモデルさんがポーズを決めていて、左下に『童貞を殺すコーディネート!』と太い活字で書いてあった。


「人間もこんな魔術使うのか、やべえなと思って。しかも流行ってるらしいじゃねえか」

 冗談を言ってるのかと思いきや、彼女は声を震わせていた。


「本気で戦慄してます?」

「あたいも殺しは、ちょっと」

「これは言葉のあやといって、実際には誰も死なないし魔術でもないです」

「ハルマがそう言うんなら。でも気を付けろよ」

 ヒサメさんは僕に、薄いピンク色のプラスチック製のくしを渡した。


「普通に髪に分け目をつけるのに使えるけど、な~んかやべえのが出てきたら投げつけて逃げな」

「これ、普段持ち歩いてるものですよね」

「ここで振り回すなよ。ガキどもの親に通報されちまう」


 僕は家に帰ってからヒサメさんから貰ったくしで髪を撫でつけた。その瞬間悟った。あ、これって。


 ここまでが昨日、つまり金曜日の話。そして今朝早めに起きた僕はピンク色のくしで髪型を苦心して整え、ズボンの左ポケットにくしを入れてこの図書館に来た。ここまでは異常無し。


 入鹿コロネがトイレから戻ってきた。おや、白いワンピースが似合う少女を連れている。歯ブラシのCMに出てきそうな清潔感あふれる美少女だ。


「名前はマチルダ、です。最近西のほうから転校してきたさかい、コロネさんに色々教えてもろてます、まっちいって呼んでくれたらうれしいどすな」

 少女はつやつやした黒髪おかっぱ頭をぴょこっと下げた。


「そっか、まっちいちゃんは何年生?」

「6年生。歳はぁ、きかんといて」

 はにかむ様が小学生。身長差でワンピースの胸元からブラジャーが見えてしまったが気付いてない。

 

「まっちいさん、いえ、まっちいはご両親が別居してて、お母さんと団地でふたり暮らしで」 

 女子小学生の背中に優しく手を添える入鹿コロネ。


 そっか。関西弁が微妙なのは転校を繰り返してきたからなのかな。詮索するのはよそう。


「お兄さん、まっちいな、行きたいとこあんねん」

「どこに?」

「映画館となりのカラオケボックス。コロネさんとそのカレシさんに連れてってもらうならお母さんも許してくれると思うしぃ」


 映画館となりのカラオケボックス!ヒサメさんが「行くな」って昨日言ってたところだ。でも「コロネさんのカレシさん」って言われてみるといい響きだな。


「ハルマさん、図書館で雑談してると」

 入鹿コロネが耳もとでささやいた。それもそうだと僕は美少女ふたり連れでカラオケボックスに向かった。いい気分だ。


 しかし。個室に入ると入鹿コロネは「ごめんなさい」と何故か僕に謝った。

「お兄さん、動かんといてな」

 まっちいちゃんはソファーに腰を下ろした僕の前にしゃがみ込み、ズボンのジッパーを慣れた手つきで楽しそうに引き下げた。

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