第12話

 しばらくしてピンクのパジャマを着た明美さんが、脱衣所から出てくる。女性のパジャマ姿を生で見た事なんてないから、ドキドキして思わず目を逸らしてしまった。


「お待たせ~」

「うん」

「私のスッピン姿、おかしくないかな?」


 明美さんがそう聞いてくるので、目をやると明美さんは首に掛けたタオルで半分ほど顔を隠していた。


 俺はこれじゃ分からないと思ったが「全然、大丈夫だよ」と答えた。


「そう、良かった」と明美さんは答え、タオルから手を離す。するとハラリとタオルが顔から離れ、高校の時、俺が惚れた明美さんの顔が姿を現した。


「いま布団の準備をするからねぇ」

「──あ、あぁ……」


 明美さんをジッと見ていたら、明美さんは視線に気付いたのか、こちらに視線を向ける。


「なに?」

「いや、何でもない……」

「そう」


 明美さんはそう返事をして、ベッドの方へと向かい──布団を剥がし始めた。


「あ、俺。ソファで大丈夫だから」


 明美さんは「分かった」と作業を続けながら返事をする──そして敷布団と掛け布団を抱えながら、ソファの横に下ろした。


 えっと……分かったって返事をしたよね? どういう事だ? 俺は疑問に思いつつも黙って明美さんの行動を見守る。


 明美さんが布団を敷き終え、整えている所へ、もう一度「明美さん、あの……俺、ソファで大丈夫だよ」と言ってみた。


「うん、聞こえたよ」


 明美さんはそう返事をして、敷いた布団の上に正座で座る。ポンポンと優しく掛け布団を叩きながら「だから、落ちても大丈夫な様に、ここに布団を敷いたんだよ」


「えっと……そこには誰が寝るの?」


 俺がそう聞くと、明美さんは人差し指で自分を指し「私」と答える。


「いや、危ないでしょ」

「だから布団を敷いたんじゃない」

「──なるほど」


 腑に落ちなかったが、とりあえずそう返事をする──それにしても今日の明美さん、グイグイと攻めてきている気がする……昔はこんなだったっけ?


「さて、そろそろ寝る?」

「あ、うん。そうだね」


 ──俺達は寝る準備を済ませると、俺はソファに座り、明美さんは女の子座りで布団の上に座った。


「おやすみ」と、俺が声を掛けると、明美さんは何故か浮かない表情を浮かべる。俺は「どうかした?」


「えっと……恭介君。もうちょっとだけ時間貰って良いかな?」

「良いよ」

 

 俺がそう返事をしたのに、明美さんは聞き辛い事を聞こうとしているのか、俯き加減で床を見つめたまま黙り込む。


「──あのさ……あれから恭介君。恋愛できてる?」


 あぁ……そういう事か。そりゃ聞き辛いよな。


「いや……まったくだよ」

「そう……なんだ。それは弥生の事で?」

「──うん」


 俺がそう返事をすると、明美さんは落ち着かない様子で髪を撫で始める──ピタッと手を止めると「じゃあさ……忘れちゃいなよ」


 衝撃的な言葉に俺は一瞬、言葉を失う……徐々に腹が立ってきて「何でそんな酷いこと言うのさ」と、少し強めに言ってしまった。


「何でって……あなたが好き以外にある訳ないじゃない」

「え……何で? 明美さんは隆の事が好きだったんじゃなかったのか?」


 明美さんは顔をあげ首を傾げる。


「隆君? 仲は良かったけど、私がずっと気になってたのは、あなただよ」


 どういう事だ? 俺は過去に隆が好きだからと振られている。


「だけど弥生の方がどんどん仲良くなっちゃって、ずっと後悔していたんだ。もっと早く恭介君と仲良くなっておけば良かったなって」


 ──俺が弥生ちゃんと仲良くなったから未来が変わったのか!? 振り返ってみれば、過去にこんな出来事は無かったから、そうかもしれない。


 明美さんは俺に擦り寄り、上目遣いで俺を見つめる──胸に手を当てると「もし……弥生の事が忘れられないなら、私が今夜、忘れさせてあげる。だから、ねぇ?」


 やめてくれ……ウルウルとした宝石の様に綺麗な瞳に見つめられると、気持ちが鈍ってしまう。俺は目を逸らして、冷静にどうするかを考えた──。


 顔を上げ、明美さんに視線を向けと「ごめん、少し考える時間が欲しい」と伝えた。


 明美さんは苦笑いを浮かべると「うん、分かった……」と返事をする。そして更に口を開ける──が、言葉を飲み込むように、口を閉じた。


「明美さん、おやすみなさい」

「うん、おやすみなさい」


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